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前編

17.追手を振り切って逃げたは良いもののこの後どうすればいいのか途方に暮れるエラ。そうこうするうちに危なそうな人たちに絡まれます…!(1)

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トン……

……トンッ……トン……



 意識がない中で何かがエラを突っついている。

「ここは…」

 エラはゆっくりと目を開ける。
 まず視界に入ったのは眩しすぎる程の青い空だった。そして、次に目にしたのは、

「ぎゃっ!起きた!逃げろー!!あははは」

 棒を持った三人の子供達の笑う姿だった。子供達はねずみの顔をしていて、エラを嘲笑するたびに、ぴこぴこと尻尾が上下した。みすぼらしい服を着ていて見るからに平民だった。どうやら、その子供達がエラをつついていたらしく、エラが起きると笑いながら逃げてしまった。

 周囲は下級街の建物が並んでおり、人もそれなりに行き交っていた。エラは下級街の道の端っこで眠っていたのだ。

 エラはしばらくぼうっとしていたが、ようやく、自分の現状を思い出した。昨晩、エラは兵士から逃げ切る事ができた。そして、ここまで逃げてきて疲れきって気絶するように眠ってしまったのだ。
 ついで思い出したのは昨日の惨劇だ。エラは自分の顔を触る。顔の凹凸の感触が、かつての美しさをもう取り戻せないんだという事を伝える。

 エラは周りを見渡した。昨晩は何も考えず無我夢中で走り、そのまま寝てしまったが、どうやらここは下級街のようだ。
エラが下級街に来たのはこれが初めてだった。上級街はノドム族が多かったが、下級街では四頭身で帽子を深々と被っているボウシ族や、頭が丸々動物になっている獣人など、様々な種族の人たちが行き交っている。皆それぞれの仕事のために忙しなく動き回っていた。

 行き交う人々はひそひそと話しながら、エラをじろじろ見る。

「ひぃっ…… 。」

「……っ……やだ……。」

「通報した方がいいかしら…。」

 エラが顔を向けると、皆恐ろしさに顔を歪める。
 エラは慌てて両手で自分の醜い顔を隠した。エラは突然自分が恥ずかしくてたまらなくなった。

 周囲の道にはゴミが所々落ちていて、小さなボロボロのカゴも落ちていた。エラはカゴに飛びついてかぶった。とにかく顔を隠したかった。カゴは目の位置が丁度くり抜かれていた。不審に思ったが、このカゴはただのカゴではなく、ボウシ族が被っていた物なのではないか、と気づいた。ボウシ族は、帽子を深々と被って顔を見せないようにしている四頭身くらいの種族だ。エラは上等な帽子を被ったボウシ族しか見た事がないが、平民ならば、使わない家具などで代用する事もあるのかもしれない。

 カゴを被る事で、奇異な物を見るような視線が少しだけやわらいだように感じた。もしかしたら、エラの事をボウシ族だと勘違いする人もいるかもしれない。だが、依然として、格好は昨日のドレスのまま。敗れたり汚れたりしている。足は裸足だ。どう見ても、エラはこの場で異質な存在だった。子供は遠くの方でエラを指差し笑って、大人はヒソヒソと何かを話している。

 エラは人気のない路地に飛び込んだ。
 青々とした空の下、その路地だけまるで別世界のように真っ暗だった。だが、この暗さが今のエラには心地よかった。
 エラは路地の奥まで進むと、ペタリと座り込んでしまった。路地は細かったが、人が通らないのでエラが座ってても誰かの邪魔になる事がなかった。

「叔母様と叔父様に会いたい……。」

 誰かに聞かせるでもなくぽつりと呟いた。エラは心の底から寂しくなった。おじさん達が恋しくてたまらなかった。昨日の騒動の後、彼らはどうなったのか。きっとただでは済まされないだろう。

(私のせいだわ……。私のせいで、叔父様達に迷惑をかけてしまった……。私がダンスパーティーに行きたいなんて言わなければこんな事には……。きっと私を深く恨んでいるに違いないわ……。)

 エラは膝を抱えて、カゴを被ったまま顔をうずめた。空腹でお腹が鳴るし、喉も乾いている。だが、何か行動を起こそうという気力が起きない。それどころか、このまま死んでしまっても良いとすら思っている。
 エラはまた涙が溢れるような気がしたが、何も出てこなかった。昨日も散々泣き散らしたので、疲れて泣く気力もわかなかった。あるいは、エラの『2番目に大切なもの』として涙を奪われたのだろうか。

「お嬢ちゃん、何か困ってるの?」
  
 エラはびっくりして立ち上がった。気づいたら、4人の男達がエラを取り囲んでいた。耳が長く凶悪そうなノドム族が二人と、トカゲ頭の獣人と、少し背が低くて片目が潰れたドワーフだ。

「手伝ってやろうか?」

 男達はニタニタ笑っている。

 男達は屈強な体に立派な武器防具を身に付けている。皆胸に月の刺繍があしらわれた胸章をつけている。エラはこの胸章を見た事があった。
 ギルド『歩く月』のメンバーだ。

 エラ達の国_ローフォードでは、現女王が即位してからは周囲国との小競り合いが頻発するようになった。特に、南のヒートンとはここ2年緊張状態が続き、もういつ全面戦争が起きてもおかしくはない。それに伴い、兵力を増強する必要があった。しかし、自由にクエストを受注して金を儲けるギルド文化が栄えていたローフォードでは、下手に兵士になるよりもギルドに入った方が稼げるし条件も良い。従ってなかなか兵士の数が増えず、国力を高める事ができなかった。そこで、女王は「公的なギルド以外を認めない」という法律を定め、『歩く月』をこの国で認める唯一のギルドであるとした。鍛冶ギルドや、商人ギルド、魔物討伐ギルド、後はとても公では口にできないような闇仕事を担うギルドまでもが『歩く月』に吸収されて、国の便利屋のような位置付けになったのだ。戦争が起きた時も騎士団に並ぶ主戦力として重宝されている。『歩く月』は、スキルや力の強さが一定の水準を満たしていないと入る事はできない。市民達の間では一目置かれる存在だ。エラ達貴族の間でも、騎士になれなかったら『歩く月』に入りたいという貴族が少なくない。
 『歩く月』のトップは女王だ。
 すなわち、今目の前の男達は、女王の手下、という事になる。
 エラは身体中から汗が流れるのを感じた。

「私……助けなんていらないです。」

 エラは本能的に逃げ出そうとしたが、既に周りを囲まれてしまい逃げられなかった。

「ボウシ族……?にしちゃデカいな。色々と。」

「あんたのその格好、訳ありなんだろ?…おっと、別に通報しようなんて考えてねーって。ただし、ワチ達最近懐が寂しんだ。嬢ちゃんの身に付けてるネックレスやら宝石やらをくれたら助けてやってもいいぜ。」

「そのドレスも破れてはいるが、随所にある宝石は高値がつきそうだな。」

「女ひんむかせるならついでに遊んでかね?」

「ばっか最初からそのつもりだよ。」

 男達は次々と好き勝手言って大笑いしている。エラは恐怖で身震いした。さっきまで死んでも良いとすら思っていたのに、今は目の前の脅威から一刻も早く逃れたかった。

「いいから、ワチ達と来なって。」

「やめて……!」

 男達の内、トカゲ頭の獣人に腕を掴まれて咄嗟にエラは振り解いた。それが気に障ったのか赤毛のノドムが凶悪な顔で睨みつける。

「あんま調子乗ってんなよ、このアマ。まだ逆らうってんなら__」

「お前達、何をやってるんだ!」
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