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第7話 秘密の花園と淑女の卵

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 お母様に教えられた城の中のお客様にお泊りいただく、最も最上のお部屋のある別棟。それは第二庭園の側にあった。

 庭の方はともかく、この別棟に来るのは私も実は初めてだったりする。廊下の絨毯がふかふかで、これ柔らか過ぎじゃない?

 あっ。ここはクルーガ様のお部屋ね。竜の間だっけ。ドアの両脇に二人の衛士がいるけど背中に棒でも突っ込んでるのかな。うわっ。視線だけ動かして生きた彫刻みたい。

 ……バーゼルを見て二度見してるけど。

 私は長い廊下を行きつ戻ってバーゼルの部屋を慎重に確かめた。何か白鳥の紋様が印の部屋とお母様は言ってらしたけど。このドアの上の鳥黒くない? でも形は白鳥よね。

「ここみたい、バーゼル」

「大爺様の隣か。まっいいか」

 バーゼルが肩をすくめて、すると無言でうちの城の者ではないクルーガ様の新しい衛士が二人やって来て、ドアも開けずに部屋の中の方へ厳しい視線を向けた。

 ドレイブル家のメイドも二人、執事が一人 並んで来ると、ここに滞在中は私達がお世話をさせていただきます。とうやうやしく挨拶をしてバーゼルに深くお辞儀をした。

「ありがとう。でも君達。そっちの君達はドアに張り付かなくていいいよ。僕もそう言うの連れて来てないし」

 バーゼルが衛士の人達にそう言ったけれど、私達がクルーガ様に怒られます。と彼らは引き下がらない。

「無粋だねえ。僕は淑女と部屋に入るってのに、僕が大爺様にはキチッと断りを入れる。僕、二度も三度も同じ事言うの嫌いなんだ」

 涼やかで丁寧な物言いだけど、バーゼルも強情そうね。淑女って何? 誰の事?

 執事がドアを開けてバーゼルを部屋の中に招き入れた。ああん。私がやりたかったのに。するとバーゼルが私の肩に手をかけて自分が先に、そして私を連れて入ってくれる。

「エルザ。とても素敵な部屋をありがとう。僕は気に入ったよ」

 メイドがお水とお茶のポット。お菓子のお盆をテーブルの上に置いてから、御用がありましたらお言いつけください、と言って、また頭を下げて出て行った。

 執事は念入りに、部屋の家具や調達品に目を配ってから、やっぱり同じ事を言うと、私達に頭を下げて出て行く。

 うへえ。私の城、家の事なのに私がびっくりしていた。案外私は城の人達に緩く接せられて、好きに放っておかれていたのね。私には専属のお世話係もいる事はいるけど、基本私が自分で出来る事は手を出しちゃいけないってお母様に言われているらしい。そっちの方がいいけど。

 一度キョロッと部屋の中を見回していたけど、バーゼルは豪華な調度品には、ほとんど興味が無さそうだった。むしろ何かがっかりとしている。

「気に入ったって言ってくれたのに、私もいいお部屋だと思うけどな」

「あっ。違う。エルザ。ごめんよ。嘘じゃない。でも見たい物があって、それがここには無かっただけ」

「見たい物? バーゼルは何が見たいの?」

 一瞬ためらってバーゼルが頭をかきながら、照れたように言った。
「ドレイブル城には古い本物の剣や盾があるって聞いてたから、もしかして飾ってないかなあと思ってたんだ」

 剣? お父様の書斎には何本もあった気がする。あんな物を見ても私は面白くないけど。

「本物の剣? 衛士の人達の持っている物じゃダメなの」

「うーん。戦場で昔に実際に使われたヤツ。アズガン・ドレイブル侯爵の今使っている剣みたいなとか。興味あるね。僕ああいうのに憧れるんだ」

「お父様の剣かあ…… 頼めば見せてもらえるんじゃないかしら」
「本当!?」

 バーゼルが私の言葉に目を輝かせた。緑色の瞳がキラキラして、そうか。バーゼルは男の子だから、そういうのに惹かれるのかな。

 でも軽く言っちゃったけど、お父様は私の前では普段、剣を持っている姿を見せてくれた事が無いような。書斎にだって入ったのは小さい時で、何度もないし。

 お父様が出征される時に抱き上げてもらって腰にすごく長い剣を差されていたけれど、近くで見た事があるのはあれぐらいな気がする。今日は…… 武器は持たれていなかったな。短剣はあったっけ。

「お父様に聞いてみてあげる。でもう、言ったばっかりで気がついたんだけど、お父様は私の前では剣を持っていた事がなくて、もしかして子供には見せてくれないかも」

「ああ。そうか。ドレイブル城には宝物庫があって、代々の勇壮龍騎兵の武器や防具もあるらしいけれど、じゃ難しいかな」

 バーゼルは気を遣ってくれたのか、あまり今度はがっかりとはしなかった。

 私はバーゼルは王子様らしいから、もっと大きなお城に住んでいて、いろいろたくさん、どんな宝物だってあるんじゃないかと思ってしまった。そう聞いたら。

「宝かあ。もちろんあるだろうけど、僕やエルザが見てその価値が分かる物はどれだけあるかなあ。そうだ。エルザは大事にしている宝物はあるかい?」

 ニコッと笑顔で逆に聞き返されてしまった。

 ! 私が大事にしている物。
 あるっ。

「バーゼル! 私の宝物はこっちのお庭にあるの」

 私とお母様とソフィアが作っている花壇を見てもらおう! これはがっかりさせない!

 私は窓にバーゼルの手を握って引っ張って行った。そしたら何よ、この窓、えらく物々しくてどうやって開けるの。分厚いカーテンも閉まってるし。ってか私の背じゃ窓の取っ手に全然手が届かないよ。窓の下の壁が出っ張っていて、ここに上がらなきゃ。これ大人じゃないと開けれない。張り切っていたのに、これじゃ見せてあげれないと私ががっかりとした。

「執事を呼ぼうか? バーゼル」
「大丈夫こうやるんだよ」

 バーゼルは苦も無く大きな厚い窓を横にずらして開けてくれた。垂れている紐も引っ張ってカーテンが開くと外の光が部屋に差し込んで明るくなった。バーゼル何か大人みたいで格好いい。開け方は一応覚えとこっ。

「ありがとう」

「どういたしまして」

「……あ」

 背伸びして窓の下の縁に顔が出るかどうかの私を、バーゼルが後ろから両脇に手を入れて抱えると、そっと窓辺に座らせてくれた。ドキッとしていたら、彼は私のすぐ横に身を乗り出して庭を覗き込んで来る。

 座っている私の顔のすぐ前に、バーゼルの横顔がある。私は紹介しようとしていたお庭の事を忘れて、彼の顔に見入ってしまった。

「君の宝物ってどれ? ここから見えるのかな」

「あっ、あの…… 池の周りの花壇は私のお花なの」

「可愛い花ばかりだね。君が育てているの?」

「うん……」

 バーゼルは私の返事に、へえっと感心した表情になった。

「綺麗なお庭だ。エルザはいつもここで遊んでいるのかい」

「うん、あっはい。私、お城でこのお庭が一番好き。池にはお魚がいっぱいいるし白鳥もいるし、みんな私やお母様が行くと寄って来るわ」

「本当だ。でっかいのがいるなあ。鴨もいるね」
「あの鴨の夫婦は住みついちゃってるの。毎年ヒナを孵すのよ。すっごく可愛いんだから」

 私はバーゼルの顔を見ているとボーッとしちゃうから、目を逸らして夢中になって私の大好きなこのお庭の事を説明した。

「あの綺麗な花壇が君の大切な宝物なんだね」

「そうよ。私は生き物が好き。お花も大好き。本当は猫や犬もいたらいいんだけど、絵本でしか見た事がないの。お母様に欲しいってお願いしているんだけどな……」

 そう! 私には犬って憧れの生き物だったのだ。なぜかこの城には一匹もいないんだけれど。猫もいない。

 私が犬を見た事がないのに、バーゼルが不思議そうになった。やっぱりそんな珍しい動物じゃないわよねえ。

「犬か。僕の所にもいないなあ。父上はたくさん飼ってるけどな」

「えっ? 僕の所ってバーゼルはお父様と一緒じゃないの?」

 その言葉に驚いて私はまたバーゼルを見た。バーゼルは私の花壇をジッと見つめていた。

「うん。僕は父上の城には今いなくて、ちょっと離れた所にいるんだ。父上は狩りが好きで猟犬をいっぱい持ってるね」

 何か、バーゼルの声は淡々としていて、私はお母様は? と続けて聞くのをやめてしまった。バーゼルの父上ってこの国の王様。お母様はお妃。バーゼルはハンサムな男の子だけど、私は彼の今の着ている服とか見てると、ついシオレーネの家の周りで見た町の子供みたいな感じで話しちゃう。

「たくさんいるんなら子犬もいるんだろうなあ。可愛い?」

「うん。いたね。可愛いよ。猫も君、見た事がないの?」

「猫はあるよ。シオレーネの、私の二人目のお母さんなんだけど、シオレーネのお家に行った時に道にいたわ。でもすぐ逃げちゃう」

 なんだか口に出してはお互いに言わないけど、二人が相手の言う事に驚き合ってる感じがする。バーゼルも考えあぐねた表情になってる。

「二人目のお母さん?」

「私が赤ちゃんの時にお乳をくれた人、だからベルネットお母様にシオレーネ母さんに、ソフィアもお母さんなの」

「乳母なのか。僕にもいるな。うん」

「でしょう? でもねえ。シオレーネには本当の子供がいるから、もうこの城には来てくれないの。私もなかなか遊びに行けないし。今日久しぶりに会えたんだけどシュリア元気にしてるかな。シュリアはシオレーネの娘なんだけど私と仲がいいのよ。シュリアはちょっと私よりお姉さんなんだけど……」

 いつの間にか私のおしゃべりの癖が始まっていた。あっ。お客様にいけない。セム爺みたいに黙っててくれないかって思われちゃう。バーゼルを見たら真面目な顔で私をしげしげと見ていた。

 ううっ。シュリアの事なんてバーゼルには分からないわよね。お母様にも人の話を聞かないで自分ばかり話すといけないって言われるのに。

 でもバーゼルは私が黙るとニヤアッとした。

「エルザはなんか……楽しい子だな。他の僕の知ってる貴族の子と少し、いや全然違ってるなあ」

「?」

 どう言う意味? キョトンとしたらバーゼルが優しく微笑んだ。
「君は面白いや。あ、失礼。シュリアはお母さんと一緒に来ていないんだね」

「……うん。来てくれたらいいのに。でもいつか私がもっと大きくなったら会いに行くわ。友達だもん。それにシュリアはお姉ちゃんだから」

「そうか。ありがとうエルザ。君の宝物は素晴らしい。僕にもその価値がすごく分かるし、この花壇はかけがえの無い君とお母様達だけの世界に一つの物だ。それに…… この庭だけ他と雰囲気が違っている」

「そう? どう言うふうに?」
 バーゼルは本気で私の花壇を褒めてくれているのが伝わって来て、すごく私は嬉しくなった。

「ドレイブル城は代々の戦城で、後の時代に造られた僕達王族の華美な城より全然武骨だ。でもここだけ柔らかい女性の香りがするよ」

「……」

 女性の香り。まあ確かにお父様はあまりいらっしゃらないけど。お父様に小さな花。正直似合わない気がする。

「うん。君の、何て言うか。気難しい大爺様さえ、あんなに参らせちゃってる秘密も、大切に育てられている花を見て分かる気がした。君は素敵な女の子だ」

 私は改めて花壇を見ながらそう言ってくれているバーゼルの顔を、また知らぬ間にボオッと見つめていた。

 私が素敵。……木やいろんな物に悪戯をして、ソフィアやセム爺に時々悲鳴を上げさせているのは、絶対に内緒にしなくちゃ。

「いつまでも眺めていたいが、逃げていく物でもないし、僕もそろそろ着替えなくちゃね」

「あっ。そうだったっ! はい」

 バーゼルがまた私を抱き降ろそうとしてくれるけど、私はとっさに自分で床に飛び降りてしまった。今バーゼルに触れられると心臓がバクバクしてしまう。

「着替える? 私は出ていかなくちゃ」

「うん。ごめんね。少し待っててくれる?」

「はい」

 私は顔が赤くなっているのを隠したくて、顔を伏せて頷いて慌てて部屋を出て行った。


 ドアの脇には衛士の人が立っていて、私もバーゼルを待つ間真似をして並んでみた。

 衛士の人と話してバーゼルを待っていようと思ったんだけど、私が話しかけてもこの人達って,真っ直ぐに前を見たままで絶対に答えてくれない。

 このお仕事、かなりつらそう。ずっとしゃべれないって結構苦痛じゃない?

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