冤罪で魔法学園を追放された少年はいかにして世界最強の闇魔道士になったか

忍者の佐藤

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アーサー

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 言語授業が終わった後、俺は紅花と共に魔法料理学部の調理棟に向かった。紅花がアレを「油淋鶏」と言い張って聞かないので、一体どんな工程であの呪いの物体が生み出されるのか気になったのだ。

 料理が目当てというより単純に好奇心と怖いもの見たさである。



「しかし貴様、本当に出るつもりなのか? その、大魔法料理対決とやらに」

「当たり前ヨ! 魔法料理学部の人はほとんど参加するヨ!」



 あれ(自称油淋鶏)を見た後では、ほとんどが参加したとしても紅花は自重した方が良いような気がするんだが。



 調理棟は正門近くにあり、魔法料理学部の生徒が座学を行う校舎とは分離している。二階建だが非常に大きな建物で、遠くから見ても抜群の存在感を放っている。一体中には何があるんだろう。



「おい、紅花」



 不意に後ろから声がした。ニックの声ではない。二人で振り返ると、そこには口を真一文字に結んだ少年が立っている。

 栗色の髪がくるっくるっと巻いているのが特徴的だ。



「何ヨ」



 紅花の声は何だか尖っている。いつも笑顔を絶やさないはずの紅花なのにどうしたのだろう。



「その男とどこに行くつもりなんだ」



 少年は俺と紅花を交互に睨ねめ付けながら言った。



「あの人嫌な人ヨ。いつも私の料理に難癖付けてくるネ」



 紅花が俺に耳打ちした。詳しいことは分からないが因縁の相手らしい。



「おい、聞いているのか」

「私はただ大魔法料理対決の練習をしに行くだけヨ」

「お前は人を殺す気か!!」



 どういう返し!?

 少なくともこれから料理をしに行こうとしている人にかける言葉では無い。

 ただの比喩的な表現だよな。毒も入っていない料理で人を殺すことなんか……。いや、さっきの料理(と呼んで良いのか甚だ疑問だが)は命を刈り取る色艶フォルムをしていたのは確かだ。



「人殺さないヨ! 私の料理でみんな笑顔にしたいヨ!」



 いやあの呪詛の塊を食べてハッピーになる奴はこの世の者ではない。





「お前に魔法料理の才能は無い。大人しく普通の料理人を目指すんだな」

「嫌ヨ! そんなのアーサーに決められたくないヨ!」



 アーサーと呼ばれた少年は不意に俺の方を見た。



「そこの男。お前は紅花の作った料理を食べた生徒が鶏になったのを知らないのか」



 何そのちょっと面白そうな事件。



「紅花の料理を食べた生徒は三日三晩鶏のように鳴き続け、今は回復したものの口から卵を産める体質になってしまった」



 全然回復してねえ! むしろ悪化してる!!



「他にも調理棟を全焼させかけたり、紅花の料理を畑に捨てたら作物が全部人の顔の形になってて超不気味だったりしたんだからな!」

「嘘ヨ!」



 紅花が叫んだ。



「あの人の言ってる事の3パーセントは嘘ヨ!!」



 97パーセントってほぼ本当じゃねえか! 人の顔の花ってなんだ不気味過ぎるだろ!



「本当に嫌な人ヨ。どうしていつも私に絡んでくるヨ」



 紅花は嫌悪感に満ちた目で少年を見ている。確かに紅花から見たら常に小言を言ってくる嫌な奴に見えるかもしれないが、今の話を聞く限りだと少年の主張はもっともだ。

 ……もしかしてこの少年は嫌な奴なのではなく、ただ常識的な人なのでは?



「アーサーに何を言われようと私は絶対、大魔法料理対決に参加するヨ!」

「ダメだ! お前の料理を人に食わせられるわけないだろ!」



 ですよね。



 叫ぶ紅花の声は少し揺れていた。



「私の料理は人殺さないヨ! それに鶏になった人は私の料理を食べたから鶏になったわけじゃないヨ! ただ鶏になる時期だっただけヨ!」



 どんなシーズンだヨ。

 完全に穴だらけの、というかそれ自体が穴みたいな論法だが、先ほどまで正論で紅花を詰めていたアーサーは何故か黙ってしまった。



「そこまで言うなら! アーサーが私の料理を食べてヨ!」



 いやその理屈はおかしい。



「今、あるのか……?」



 何で食べるつもりになってるのこの馬鹿。



「ここにあるヨ!」



 紅花はカバンから例の紙袋を取り出し、中から例の物体Bが飛び出てきた。 

 ドス黒い煙が立ち上り、周りの空気が澱んでいく。これもう食べ物どころか触れていい物体じゃないだろ。今すぐお焚き上げした方が……いや、もうカリッカリに焦げてるんだったな。

 しかしアーサーは一歩一歩紅花の方へ歩いてくる。



「それは……油淋鶏だな」



 何で分かったの?!



「うっ」



 実物を前にしてアーサーはたじろいだ。口を抑え、吐き気を堪えているような仕草。そうだ。鶏になりたくなければ、そのまま止めるんだ。

 しかし、そんな彼を紅花が鋭く睨んだ。



「食べない? 負け犬ヨ」



 紅花の目はいつになく挑発的だ。紅花もこんな表情をすることがあるのか。



「ハアハア、ま、負け犬……?」



 よせ! 乗るなアーサー! 



「俺が、それを食べたら、今の言葉取り消せよ……!」



 何だかこの少年のやりたい事がよく分からなくなってきた。最初は紅花の大魔法料理対決への参加を止めさせたい常識的な人だと思っていたら、何故か呪詛の塊を頑張って食べようとしている。



 突然、アーサーは黒い塊を鷲掴みにし、口の中に放り込んだ。



「ああっ!」



 俺は思わず叫んでいた。目の前で誰かが飛び降り自殺をする場面を見たのと同じくらいの衝撃。それを今感じている。



 ごりっ、ごりっ、という乾いた音を立てて紅花の料理を咀嚼するアーサー。いやそれもう犬が骨を齧るときの音じゃん。どこに油淋鶏要素があるんだよ。どうやって二人はそれを油淋鶏だと認めあったんだよ。



 ぎゅっ、と音と共にアーサーは咀嚼していた物体を飲み込んだ。まるで魚を飲み込む取む鳥のような動作だったが、彼は今のところピンピンしている。



「ふっ! どうだ! お前の料理で俺は死なんぞ! 残念だったな!」



 アーサーは紅花を指差して得意げに言った。本当に何がしたいんだろうこの人。



「俺は鶏にならないし」



 と言うアーサーがグリンと白目をむいた。

 一気に生気が失われていく。

 その時。

 屈み込み、次の瞬間、廊下のガラスに向かってピョーンと飛んだ。

 ガシャン、と甲高い音と共にアーサーは庭へ飛んでいく。

 まるで縮まったバネが一気に伸び上がるような動作。美しい放物線。



「ンヌチャアアアアア!」



 そしてンヌチャアをひと添え。

 初夏を彩る油淋鶏ンヌチャア風意味。

 あいつ確実に脳みそを呪詛の塊に侵されている。



「だ、大丈夫か!」



 俺は慌てて窓の方に駆け寄ったが、そのまま立ち尽くしてしまった。外では、花壇の上をアーサーが丸太のように転げ回っている。



「鶏! 俺は鶏!」



 ずっと叫んでいる。鶏になるって、鳴き声がコケコッコーになるとかじゃなくて自分に言い聞かせてなるスタイルなのかよ。



「さ、クラウス、早く調理棟行こうヨ」



 紅花は俺の手を握って引っ張る。ふにっと柔らかくて、少し湿った手の感触が新鮮だった。



「待て待て! あのアーサーとやらをあのままにしておけないだろう!」

「アーサーなら手遅れだから大丈夫ヨ」



 駄目じゃねえか!



「それに、あの人があんな風になるの初めてじゃないから問題ないヨ」

「え? もしかして、さっきの卵を口から出せるようになったのって……」



 その時紅花はいつもの、全てを溶かすような明るい笑顔に戻った。見慣れていた、とても安心するはずの笑顔。

 しかし、暮れかかった夕日で半顔を赤く染め上げられた彼女の表情は、言い知れぬ恐怖を俺に与えたのだった。



「行こ?」



 紅花は強い力で俺の手を引っ張って行く。



「紅花ぁ! 考え直せ! お前はマッシュオークでも僕は鶏ぃ!」



 後ろでアーサーの叫びが聞こえる中、俺たちは調理棟へと向かっていた。果たして俺は生きて帰ることが出来るのだろうか……?

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