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大魔法料理対決

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 通常の授業が終わり、俺はいつものように外国人向けの言語授業へと向かっていた。あと一月ほどで夏休みがやってくる。



 だいぶ日も長くなってきた。空を見上げると、モコモコに厚みを増した雲が濃い青空に浮かんでいる。



「夏だなあ」



 俺は意味もなく呟いていた。今まで夏休みなどというものを人生で一度も意識したことは無かった。俺の夏といえば、ただひたすら炎天下の中での畑仕事だった。

 夏休みってちゃんと休めるんだろうか。まさか炎天下の中リーザ先生に尻を叩かれる農作業とかカリキュラムに組み込まれてないよな。





 丘を登り、メインの校舎から離れた寂れた建物に入る。

 誰かの声が聞こえる。

 明るい、紅花の声だ。何を言っているのかは分からないが声色からしてかなり興奮している。

 何かあったのだろうか。俺は歩む足を早め、教室のドアを開けた。



 ニックと話し込んでいた紅花がこちらを向いた。花が開いたように彼女の顔も明るくなる。



「あ! クラウス! これ見てヨ!」



 底抜けに明るい声と共に、紅花は手に持っていたポスターを広げた。そこには向かい合うように杖を持ち、魔法を放つ男女が描かれている。

 しかし何故か二人とも調理服を着ており、背景には野菜や牛肉などの食材が踊っている。



「何だこれは?」

「大魔法料理対決のポスターだヨ!」

「大魔法料理対決?」



 聞けば、大魔法料理対決とはビナー魔法学園において年に一度開かれる、魔法を使った料理の大会だという。

 優秀な魔法料理人育成と、日頃の成果を示す場の提供を目的とし、この学園に魔法料理学部が設立された年から毎年行われている。

 魔法料理学部の半数以上が参加するため非常に規模が大きく、この学園では一大イベントとなっている。

 どうやら国外においてもかなりの知名度があるらしく、ここで入賞した生徒はかなりの高待遇で就職が約束されるという。



「ほう、そんな大会が開かれるのか。しかしそんなポスターをどこで?」

「廊下に貼ってたから剥がしてきたヨ!」

「戻してこい」



「紅花はこの大会に出るんだとよ!」



 ニックが言った。確かに紅花は魔法料理学部の生徒だ。



「楽しみだヨー! やっとお父さんの味を世界に広める時が来たヨー!」



 以前、紅花のお父さんは元宮廷料理人だと聞いたことがある。今は独立して料理屋を開いているそうだ。



「その大会で優勝出来たら色んな国からスカウト来るヨ! 仕事選びたい放題! やったネ!」

「でもオメエよお、大丈夫なのか? その大魔法料理対決って上級生も出んだろ? 凄ぇ奴もいっぱいいるんじゃねえのか」

「大丈夫ヨ! 私は入学してから足を磨いてきたヨ!」

「おいおい! それを言うなら首だろ! ガハハ!」



 腕だろ。何で二人がかりで外すんだよ。

 それはそうと、そんな面白そうな大会が開かれるなんて知らなかった。俺も一応料理への心得はあるので、見物出来るものならしてみたい。



「私、二人に料理作ってきたヨー。前祝いだと思って食べて欲しいヨー」



 そう言って紅花はカバンから分厚い紙包を取り出した。何だか香ばしい匂いが漂ってくる。



「お、美味そうな匂いだなあ! 何持ってきたんだよ!」

「油淋鶏だヨー!」



 油淋鶏といえば鶏肉を揚げて、そこに刻んだ長ネギと醤油ベースのタレをかけた炎武の料理だ。俺も最近まで知らなかったが、学食のメニューにあったので何度か食べたことがある。思い出してたら腹が減ってきた。



「早く! 早く包み開けろよ!」



 ニックは身を乗り出し、ヨダレも垂らしながら言う。犬みたいな奴だ。飯のためならお手くらいするかもしれない。



「焦らない焦らない。油淋鶏と紅花さんは逃げないヨー」



 紅花は包みを剥がしていく。

 剥がしていく。

 結構分厚い。

 剥がしていく。

 ……。

 ぬぅっ、と真っ黒な物体が出現した。

 その体躯は見る者を引きずり込みそうな深淵を湛え、まるで怨念のようなドス黒い煙が立ち上り、

 キィィィィィィ……。と謎の音を立てている。全身が呪いのようだ。ルナの呪いよりよっぽど凶悪そうである。

 待て。紅花は先ほどこれを何と言った? 油淋鶏と言わなかったか? スサッポクドドハァの聞き間違いではないよな?



「え、えっと、これは」

「油淋鶏だヨ」

「嘘をつくな」



 すると紅花むすっと頬っぺを膨らました。



「嘘じゃないヨー! どこからどう見ても油淋鶏だヨー!」

「いやどこからどう見ても人間が食べられる物ではなさそうなんだが!」



 百歩譲って育成に失敗した炭もしくはスサッポクドドハァである。



「ちゃんとこだわりを持って作ったヨ」



 これをこだわり持って作ったとしたら完全に俺たちを殺す意図である。



「二人には素材の味を楽しんで欲しいヨ」



 いや素材が何なのか分かんねえよ! こいつの素材を特定するためには検死作業が必要となる。



「でも頑張れば食えるんじゃねえか?」



 いや頑張りでどうにかなるレベルの黒さじゃないぞそれは! 世の中にはなあ! 頑張ってもどうしようもない事もあるんだぞニーック!

 俺達が戸惑っていると、紅花の顔がどんどん悲しみに満ちてきた。



「ううう。折角作ったのに、あんまりだヨ……」



 悲しげな声を聞くと何だか罪悪感が湧いてきた。卑怯だぞ。俺は一切悪い事してないのに。



「油淋鶏も二人に食べてもらいたがってるヨ」

「いやそんなわけあるか」

「油淋鶏に聞いたから間違いないヨ」

「どうやって聞いたんだ!!」

「ほら……耳を澄ますと油淋鶏の声が聞こえるヨ」

「聞こえてたまるか!!」

「ンヌチャア……」

「何だ今の声!?」

「油淋鶏の声だヨ。地球を大切にしないから怒ってるヨ」

「何で環境問題になっているんだ!」



 この教室の中で一番地球を汚している存在がいるとしたら間違いなくお前だぞ黒ずみ。





「じゃあよお! 紅花が先に自分で食えよ!」

「嫌ヨこれ人の食べるものじゃないヨ」



 じゃあ何で俺たちに食わそうとしたんだよ!!

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