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ぶっかけ

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 人が多くてよく見えないが、どうやら先ほど席を占拠していた自警団の一人が、目の前の女生徒に向かって何かを喚いているようだ。喚いている男は割腹が良く、いささか太り過ぎのように見える。



 学食が静かになってきた。誰もが事の行く末を固唾を飲んで見守っている。



「な、何が起こったのでしょう?」



 ルナが不安そうに眉を下げ、俺の手に自分の手を絡めた。怖くて見れないけどジャンヌの視線がもう痛い。



「ごめんなさい!」



 自警団の前にいる女生徒が何度も頭を下げている。彼女の顔は青ざめ、今にも泣き出してしまいそうだ。



「ごめんで済んだら自警団はいらないんだよ。俺様は第二自警団団長、メスナー・ゲイボルグだぞ! この落とし前をどうしてくれる!」



 よく見ると、メスナーと名乗った自警団の制服の腕にシミのようなものが付いている。お茶をこぼしたのだろうか。



「何があったの?」



 ジャンヌが小声で、近くの生徒の聞いている。



「自警団の連中があの女の子をナンパしようと手を引っ張ったんだよ。そしたらお茶がこぼれて逆ギレしたのさ。ひでえ話だぜ」



 聞かれた生徒も小声で、自警団の様子を伺いながら答えている。彼の言うことが本当なら100:0で自警団の方が悪いことになる。最早逆ギレどころか当たり屋の所業だ。



「あの、洗濯代ならお支払い致します。ですから……」

「謝れ」

「え?」

「地面に這いつくばって誠意を見せろ!」



 自警団の男はいきなり少女の頭を持ち、地面に擦り付けた。女生徒は痛みと恐怖で悲鳴を上げる。

 しかし仲間の自警団達はケラケラと笑っているだけだ。店内も騒然として来たが、助けるものもいない。



 全身がざわつく。これを黙って見てろって言うのか? 

 俺が立ち上がったのとジャンヌが立ち上がったのはほぼ同時だった。



 立ち上がった事で視野が広くなる。少女が押さえ込まれている横を、お盆を持ってひょこひょこと歩く男が視界に入った。

 こんな時に何をやっているんだと思っていると、男は少女が押さえ込まれている場所の手前で、何につまづいたのか盛大にずっこけた。同時に盆が投げ出される。

 数百人の観客が見守る中、男の手に持たれていた盆から、蒸気をたなびかせた碗が美しく宙を舞い、少女を押さえ込んでいる自警団団長の顔にすっぽり被さった。100点の着地である。



「熱っつ!!!!!!!」



 余程熱かったのか、男は跳ね起きた後、頭をかきむしりながら床を転げ回った。店内に居た全員が唖然とした。誰もが手出しするのを恐れている第二自警団の、それも団長が熱々のスープをぶっかけられたのだから当然である。



「お前何してやがる!」

「ぶっ殺されてえのか!」



 他の自警団が立ち上がり、にわかに殺気立ちはじめた。



「あー、いやいや! 滅相もありません! ごめんなさい、手が滑ったんです!」



 そう弁明する男の所作は完全に落ち着いており、まるで自警団を恐れているようには見えない。彼はいつの間にか、先ほどまで押さえ込まれていた少女と自警団の間に立っていた。



「反乱分子なら今すぐ逮捕するぞ?」

「いえいえ、本当にそんなんじゃ無いんですよ! あの、制服も弁償して差し上げますのでどうかお助け下さい!」



 言いながら男は跪いた。その時右手を後ろに回し、クイクイと動かしているのが見えた。自警団達からは見えなかっただろうが、女学生を逃そうとしているのだ。

 うずくまっていた少女は立ち上がり、一目散に逃げ出した。男のサインに気付いたのだろう。



 自警団達は少女を追う様子はない。血走った目でぶっかけた男を見下ろしている。いずれも屈強な男達で、ぶっかけ男に勝ち目は無いように見えた。

 その時、ぶっかけられた方のメスナーが立ち上がって来て、静かにぶっかけた方の男の前まで来た。どうでもいいけどこんな人生でぶっかけ連呼することになるなんて思わなかった。



「おい貴様、俺様を誰だと思っている?」



 跪いた男は「うーん」と顎に手を当てて考えていたが、やがて思いついたように



「相撲部の方ですか?」



 とにこやかに言った。その瞬間、メスナーが男の腹を思いっきり蹴り上げた。男の身体は一瞬宙に浮き、地面に転がる。その転がった男の身体を自警団の連中が蹴り、踏みつけ始めた。

 容赦は無い。頭も、腹も、本気で壊れてしまうのでは無いかと思われるほどの勢いで踏み抜かれ、蹴り込まれている。しまいには近くにいた生徒達の皿を取り上げ、麺類やスープなどを男にかけ始めた。

 駄目だ、あいつ死ぬ。



「止めなさい!」



 騒然としていた食堂を凛とした声が遮った。声の主はジャンヌだ。



「学園内での暴行沙汰はご法度よ! 分かってるの!?」



 ジャンヌは物凄い剣幕で自警団達に近づいていく。自警団達は流石に驚いたらしく、一旦男をいたぶるのを止めた。

 自警団団長を名乗るメスナーが前に進み出た。



「おい女。俺様を誰だと思っている!」

「誰だったら無抵抗な人を蹴って良いのよ!」



 さっきまで俺を詰めていた時のジャンヌが可愛く見えるほど、その声と態度は威圧的である。屈強な男達を前にして一切引く気配がない。

 自分の存在にビビらない生徒が存在するとは思っていなかったのか、メスナーは面食らったような顔になった。



「貴様、こいつと同じ目に合いたいのか?」

「私に勝てるの?」



 今度は非常に落ち着いた声で応える。その低く冷静な声がジャンヌの確固たる自信を伺わせた。メスナーがジャンヌを知っているのかは分からないが、歯噛みして彼女を睨みつけているのを見ると、彼我の実力差に気付いているのかもしれない。彼の額からは大粒の汗が滲んでいる。

 先ほどまで威勢の良かった取り巻き達も急に静かになっている。学食内も完全に沈黙し、固唾を飲んで二者のやり取りを見守っている。



「俺様を愚弄すると、どうなるか、わかっているんだろうな」



 メスナーは絞り出すように言った。



「どうなるのか知ったことじゃないけど、男だったら正々堂々勝負しなさいよ。魔法決闘ならいつでも相手になってあげるわ」



 最初から最後までジャンヌの態度は落ち着いていた。対してメスナーは目を充血させ、血管が切れそうなほど顔を真っ赤にして怒りに満ちている。

 その時、自警団の取り巻きの一人がメスナーに耳打ちをした。何を聞いたのか知らないが、徐々にメスナーの血の気が引いていき、やがて顔色が元に戻った。



「今日はもうお前に割く時間がない。今度会った時は覚悟しておけよ!」



 そう言って踵を返し、取り巻きを引き連れて学食を出て行ってしまった。

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