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間話:学食アルタイルでの一幕

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今日もアルタイルは混み合っていた。三百席以上あるはずの座席は全て埋まり、外まで注文を待つ生徒たちの行列が並んでいるのが見える。

 俺とジャンヌは窓際の二人がけの席に向かい合って座っていた。

「じゃあ、その呪いって言うのはもう大丈夫なの?」

「ククク……我を誰だと思っている?」

「痛い人」

「違う! 我は第十三式闇魔法【棺流】の正統後継者、k」

「シチュー冷めちゃうわよ」

「あらやだ、じゃない! く、ククク……貴様、よほど我をおちょくりたいようだな」

「別に」



 既に食べ終わっているジャンヌは頬杖を突いて外を眺めている。



「だけど呪いを受けたクラウスは本当に大丈夫なの?」



 不意にジャンヌが俺の目を見た。その表情は不安げで、声のトーンも落ちている。割と本気で心配してくれていることに今気付いた。

 今気付いた、と言うのはさっきまで俺が別のものに注意を払っていたので気付けなかったのだ。別のものというのはまあ、あれだ。机の上に置かれたジャンヌの胸である。



 一つのオブジェクトみたいな言い方になってしまったが、事実、彼女は己の制服から大きく膨らんだ胸を「よいしょ」の一言と共に、机の上に乗せたのである。

 これはジャンヌと学食を食べるようになって、暫くしてから観察されるようになった行動の一つである。

 って何このジャンヌ観察日記。



 何故乗せるのだろうと聞きたかったが、それだと俺が露骨に彼女の胸を見ているみたいに聞こえるではないか。バチクソ見てるけど。

 まあ論理的に考えれば、ここは学食だしメインディッシュという意味なのだろう。嘘ですごめんなさい。

 ただ彼女の口から「あー、肩が凝る」とか、乳を乗せた後に「ふぅ、楽になった」などの言葉から推察するに、胸の重みで彼女は非常に肩の凝りやすい体質なのだろう。だから机の上に置くと楽になるから乗せているのだ。



 にしても、最初は俺の視線を感じると「どこ見てんのよ」と言わんばかりの目つきで俺を睨んでくるので興奮し、いや、怖かったのだが、一週間ほど前からは全く動じる様子がない。最早「見たきゃ見ろ」と言わんばかりの態度になった。

 慣れたのだろうか。それとも呆れられたのだろうか。



 そもそもジャンヌは何故俺と昼食を取ろうと思ったのだろう。ジャンヌは俺と違ってクラスに友達がいるし、以前はその友達とご飯を食べていた。もしかしたら一人で食事を取っている俺を不憫に思ったのかもしれない。ジャンヌは優しいからな。



「ククク……心配には及ばぬ。かの不幸の女、ルナ・グレイプドールを灼いていた永劫の呪いはこの第十三式闇魔法【棺流】の正統後継者、クラウス・K・レイヴンフィールドの糧となったのだ!」



 俺は手に持ったスプーンで右目を隠して言った。

「視力検査?」

「違う!」



 俺は一度咳払いをして、自分なりに真っ直ぐ、ジャンヌの目を見た。



「ジャンヌ。貴様のお陰だ」

「誰に向かって貴様って言ってるの?」

「ごめんなさい」



 何で今更そこにツッコむんだよお! 怖いし! 



「冗談よ」



 ジャンヌは一度前髪をかき上げた。その仕草に少し鼓動が早くなる。正確には髪をかき上げた事によって動いた胸にどきっとした。



「で、どうしたの? 何が私のお陰だったの?」



 ジャンヌはクスリともせず、真っ直ぐ俺の目を見返している。あれ? 俺怒られてる感じですか?



「……この学園に来て、何も知らぬ我を助けてくれたのは、ジャンヌ、あなただ」

「『あなた』ってなんか気持ち悪いから『貴様』って言って」



 どっちなんだよ。



「その、我は前の学園で様々な混沌ケイオスと絶望カタストロフィを味わった」

「いじめられてたの?」

「違! ……わない」



 ここで否定しなかった自分には少し驚いた。今の俺の状況とキャラ的には絶対隠しておきたいはずの過去のはずだったのに。もしかしたら少しづつ過去を肯定出来る様になってきたのかもしれない。





「だからこそ、貴様が優しくしてくれた事がとても嬉しかった。骨身に滲みたのだ。貴様のように我も、彷徨える亡者がいるのならば救いの手を差し伸べようと思った。ジャンヌよ」



 俺はもう一度ジャンヌの目を見た。



「ありがとう」



 俺は頭を下げた。顔を上げると、ジャンヌはキョトンとした顔で俺を見ていた。まさかこのタイミングでお礼を言われるなんて思わなかったのだろう。しかし、そこからのジャンヌのリアクションは少々予想外だった。



「べ、別に。ちょっと道案内しただけだし。大した事なんて何もしてない」



 ジャンヌはモゴモゴと言って顔を背けてしまった。彼女の横顔が紅潮しているのが分かる。おやおや?



「いや、我にとっては非常に有り難かったのだ」

「だから大したことなんてしてないってば! もう!」



 ジャンヌは不機嫌そうな声を出すが、顔はどんどん赤くなっていく。



「もしかして、照れてる?」

「て、ててててて照れてない!」



 ジャンヌは机を思いっきり叩いた。騒がしかった学食の中が一瞬静かになり、こちらに注目が集まる。



「と、とにかく! 私はただ当たり前の事をしただけ。感謝される筋合なんてないんだから!」



 ジャンヌは小声で言った後、外を向いて黙ってしまった。何だろう。かなり意外なジャンヌの一面を見てしまった気がする。普段はあんなに鋭い目つきで、誰にも媚びないサバサバとした態度を取っているのに、お礼を言われ慣れてないんだろうか。

 案外可愛いところもあるんだな。





 俺はふと、ジャンヌが頬杖を突いている左手に指輪がはめられているのを見つけた。今更見つけたのは例によって胸に気を取られていたからである。



「その指輪は、魔道具なのか?」



 俺は話題を変える事にした。これ以上お礼を言ったら怒って机をひっくり返されそうだ。少しづつ顔色の戻ってきたジャンヌは、中指にははまった指輪を大事そうに摩った。



「これは父さんがくれたの」



 少しジャンヌの声が低い。彼女の表情からは何か闇めいたものが感じられる気がした。



「父は有名な冒険者だった。私が生まれてからも、危険を顧みず、色んな場所にモンスター討伐へ赴いていたわ」



 ジャンヌは相変わらず指輪を摩っている。その手が止まった。摩っていた手で指輪を握り締める。少し間を置いて、ジャンヌはこう話してくれた。



 彼女の父親はある日、とても強いモンスターの討伐に駆り出される事になった。はっきり言って勝ち目は薄く、ジャンヌの父親が生きて帰れる保証など無かった。



「行かないで」

 と、ジャンヌは父親が出撃する朝までずっと泣き喚いていたそうだ。まあ今のジャンヌからは想像出来ないが、昔は泣き虫だったらしい。



「その時、父さんがこの指輪をくれたの。ううん、正確には貸してくれたのね。とても大切な指輪らしくて『俺が生きて帰ったらその指輪を返してくれ。もし俺が帰らなかったら、お前が大切に持っていてくれ』と、その時言われたわ」



 ジャンヌは顔を伏せ、相変わらず指輪を握り締めている。俺は今更ジャンヌが何故神妙な面持ちをしているのか理解した。

 今、ジャンヌの指にそれがあるという事は、彼女の父親はもう……。



「そうであったか……変な事を聞いてすまぬ。その指輪が父親の形見だとは思わなかったのだ」

「いや生きてるけど」

「生きてんのかよっ!!」



 俺はキャラ作りの口調も忘れて叫んだ。



「討伐は成功したし、ほとんど無傷で帰ってきたわ。その後不倫して母さんと喧嘩したときの方がよっぽど死にかけてた」

「で、では何故貴様が指輪を持っているのだ?」

「私が指輪を気に入って、返したくないって駄々をこねたから、そのままくれたってだけ」



 え? じゃあさっきまでの思わせぶりな表情と態度は何だったの? 演技? 



「おい貴様。まさか我をからかっていたのではあるまいな……?」



 ジャンヌは眉を上げ、珍しく悪戯っぽい表情で笑い、



「どうだろうね」



 と言った。中々見せない彼女の笑顔に、俺は内心かなりドキドキしていた。うーん、昼休みは最高だな。

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