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狂想曲

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 魔法決闘を簡単に説明すると、要は魔法使いの「果し合い」である。

 魔法使いの二人が互いに違う意見を持っており、どちらも相手の意見を受け入れられないとする。

 その時、自分の主張を通すために相手と一対一で戦い、勝った方が主張を認められるという、かなり原始的なコミュニケーション手段である。



 俺はちらりと相手のエンゲルベルトに目をやった。紫色のローブに身を包んだ男は、身体のあちこちに数多の装飾品付けており、いかにも下品な感じがする。金や銀に光る装飾品はジャラジャラと鳴り立て、うねった赤髪の間からこちらを覗く不気味な瞳が勝ち誇ったような笑みが湛えてこちらを見ている。



 その顔を見て俺はもう一度、自分はハメられたのだと確信した。女子の下着を盗んだのも、それを俺のカバンに入れたのもエンゲルベルト、もしくは彼の息のかかった奴の仕業だ。





 あいつは恐らく俺を追い出したかったのだ。自分より強い魔力を持つ俺のことを邪魔に思ったのだろう。

 しかも逃げ場を無くした状態で俺を決闘の場に引き摺り出し、聴衆の面前でボコボコにしようと言うのだから奴の性格の悪さがよく分かる。



 前述した通り、彼は学園一の魔法の使い手である。

 対する俺は……俺は魔法が使えねえ!(ドン!)



 くそっ、魔法じゃなくてイチゴ栽培対決なら勝てるのに……!



 しかし全くの無策でここに来たわけではない。俺は握り締めている杖に目をやった。この杖は、魔力はあるけど魔法を使えない人用に作られた高性能な杖だそうだ。

 様々な属性の魔法を打つことが出来、その威力は所有者の魔力に応じて高くなる。



 つまり魔力だけはイッちゃってる俺が使えば、エンゲルベルトにも負けない強い魔法が打てる。この杖さえあれば、少しはまともに戦える、いや、勝機はあるはずなのだ。



 ちなみにこんな良いものをどこで手に入れたのかと言うと、何と今まで一度も話したことのないクラスメイトがくれたのだ。このまま魔法決闘に赴くと一方的にやられるだけだと可愛そうに思ったらしい。

 いやあ、味方はいないと思っていたクラスメイトにも一人は良い奴がいるもんなんだなあ。







 その時、闘技場の上に備え付けられている鐘が一度打ち鳴らされた。決闘開始の合図だ。



 やるしかない。



 俺は即座に杖を両手で持ち替え、辿々しく呪文の詠唱を始めた。対するエンゲルベルトは不敵な笑みを崩さない。舐めやがって。お前が笑ってられるのも今のうちだ。



 強力な闇魔法にも一つだけ弱点がある。そう、「光魔法」だ。光は闇を打ち消し、世界を照らす。俺の光魔法なら、エンゲルベルトの闇魔法も貫ける!



「シャイン!」



 叫びと同時に俺の着ている衣服がポップコーンのように弾け飛んだ。

 すごい勢いで俺は全裸になっていた。

 観客席から悲鳴とも罵声とも付かない叫びが巻き起こる。



 恐る恐る下に目を向けると俺の股間がシャインしている。うーん、有能な光。

 いや有能じゃねえ!

 何だこれ! 何だこのインスタントストリップショーは! 俺が思ってた光魔法とだいぶ違うんだけど! 





 俺が焦って何度も杖を振り回していると、今度は勝手に杖が輝き出した。柔らかい光が俺の全身を包んでいく。

 こ、これは……まさか装備魔法か!? そうか、これは魔法少女的な変身シーンだ。

 光が解けると魔法を跳ね返す甲とか鎧が出てくるのでは……!



 なお、光の消失と共に俺の股間からヒマワリが咲いていた。

 魔法少女へんたい☆クラウスの爆誕である。主な任務は畑を耕すことだお☆



 観客席が俄かに殺気立ち始めた。何せ下着泥棒だと疑っていた奴が自ら変態性を露わにし始めたのだ。彼らの疑いは確信に変わったに違いない。



「変態を殺せ! 変態を殺せ! 変態を殺せ!」

 の大合唱である。

 くそっ! どうしてこうなる! 俺は変態なんかじゃないのに! 



 その時、エンゲルベルトが動いた。

 垂れ下げていた右手をゆっくりと俺に向け、手のひらをかざす。



 魔法を打つつもりだ!



 エンゲルベルトの手のひらからドス黒い闇が逆巻き始める。まるで俺を喰らい尽くそうとするのを今か今かと待っているかのようだ。



 俺は全身の毛が逆立つような寒気を感じた。

 クッソオ!! 俺が全裸なのにお前だけちゃんと魔法打てるのズルいぞ! お前もランドセルを食べながら

「ティナたんのランドセル美味しいおぉん!!」

 くらい言ってイーブンに持ち込めよ!  格差を是正しろよ! ウィンウィンが何かを考えろよ!



 ふと、ここで降参すれば命だけは助かるんじゃないか、と言う考えがよぎる。

 いや、まだだ! 俺は激しくかぶりを振った。

 この杖を貸してくれた奴がこれは高性能な杖だって言ってたじゃないか! まだ戦えるはずだ! 



 ここは防御魔法で防ぐぞ。俺は震える手をどうにか落ち着かせ、呪文の詠





「防御魔法・エターナルシールド!」

 唱えた瞬間、俺とエンゲルベルトを隔てるように、地面から眩い光が漏れ始めた。

 事前の説明だと、この魔法は聖なる光の「盾」を出現させ、敵の攻撃を跳ね返すらしい。あいつは今俺を舐めている。反撃のチャンスは今しかない!



 一際眩い光が地面から空に放射されたかと思うと、俺の目前に一人の男が立っていた。髪が薄い中年太りのおじさんが全裸である。



「……誰?」

 俺は恐る恐る訪ねた。

「伊達です」

「誰ぇ!?」

「強いて言うなら、光の伊達だてですかね……」



 こんな時にダジャレかよ!!



「おい」

 冷たい声が正面から聞こえた。

「死にたくなかったら避けろよ」



 エンゲルベルトの手から、滑るように黒い塊が飛んできた。致死量の熱気。俺は咄嗟に横っ飛びに転がった。

 背後に凄まじい轟音と熱波を感じて振り返ると、さっきまで俺の立っていた場所が抉れ返り、穴の中の土は不自然に溶けている。



「悪いな。第九式闇魔法は強力だから、これ以上手加減出来ないんだ」



 ワカメヘアーはニヤニヤしている。こいつ、確実に殺しに来ている。遺書書いとけば良かったぜ! ああ、こんなことなら地元で大根かじってる方がマシだったな。



「倉本さん、諦めるのは早いですよ」

 全裸のおっさん、伊達が言った。



「倉本って誰だよ! そもそもお前何なんだよ!!」

「こうなったら、これしか手段はありません」



 そう言って伊達は布切れを一つ差し出した。ブラジャーである。

「え、何これは」

「ブラです」

「知ってる」



「時間がありません! 早く付けてください!」

 伊達は俺の肩を掴んで前後に揺すった。思い出して欲しいのだが、伊達は全裸だし、俺は股間にひまわりである。

 夏本番だな。



「さあ、早く! 相手の攻撃を防ぐにはこれしかないんです!」

 再びエンゲルベルトは闇の炎を手に帯び初めている。今は藁にもすがる思いで信じるしかない。こいつも光の盾として出てきたからには、何かしらの役目があるに違いない。



 俺は急いでブラジャーを装着した。前で止めるタイプだったのでスムーズに着けることが出来たとかいう最初で最後のブラ装着レビュー。

 エンゲルベルトの魔法は今にも放たれそうだ。





「これを着けるとどうなるんだ!?」

 振り向きざまに言った。

「心が安らぎます」

「まああああああああああああw!!」



 俺はブラを引きちぎって地面に投げつけた。

 その時、再びエンゲルベルトの魔法が放たれた。黒い塊がまるで矢のように飛んでくる。

 俺は弾かれたように走り出した。

 背後に爆音が響く。当たったら、死ぬ。俺は夢中で走った。股間のひまわりを揺らしながら。

 この状況を例えるなら狂想曲。狂ったように終楽章フィナーレに向けて突っ走る俺は五線譜上のオタマジャクシだ。



 エンゲルベルトの容赦ない追撃が追ってくる。先の闇魔法と同等の威力を持った魔弾が次々に放たれているのだ。

 怒声と爆音が入り混じり、もはや自分が何をしているのかも分からなくなりそうだ。

 反撃を……どうにか反撃をしなければ……!

 俺は息も絶え絶えに詠唱を始めた。



「雨を降らす神々よ、敵に終焉の雨を降らせよ!」



 俺の叫びと共に、俄かに空が陰った。空気は重く立ち込め、今にも驟雨になりそうだ。

 どうやらここにきて、やっと当たりを引いたらしい。

 俺は青く光る杖を振って叫んだ。



「ゴッドスコール!」



 雲間を割いて、夥しい数の雨粒が降り注ぐ!……はずだった。

 ひらり、ひらりと俺の叫びと共に落ちて来たのは、おびただしい数のスクール水着(女子用)だった。闘技場中を埋め尽くす勢いで、それこそ雨のように降ってくる。

 何この(スク)水魔法。



 今の俺の状況を整理する。股間にひまわりを付けた男が全裸のおっさんと密着して会話した後、闘技場中を走り回ったと思ったら、大量のスク水を空から召喚したのだ。

 まるで将棋だな。



 後で分かった事だが、これらのスクール水着は近くの初等部で盗難されたものだったらしい。



 クソォ! どうしてこうなる! どうして変態でない事を証明しようとしているのに俺が変態である証拠ばかりが集まってくるんだ! 



 ハッとして観客席の方を見ると、最前列にこの杖をくれたクラスメイトの姿を認めた。

 笑っている。嘲るような笑みを浮かべている。



 俺はまた、騙されたのか……。



 俺は静かに両手をあげた。降参の合図である。

 その時、股間のひまわりが静かに地面を打った。スク水の降る中、生まれたままの姿を、俺は全校生徒に晒した。やけにスク水の紺色が鮮烈に見える。



 何だこれ。何だこの人生。



「殺せ! 殺せ! 殺せ!」



 観客たちの怒号がいつまでも耳元でこだましていた。
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