底辺奴隷の逆襲譚

ふみくん

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第七章 逆襲の狼煙

新たな王④

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 私の全てを込めた攻撃。

 高い天井すれすれからの落下による重力。
 くるりと回転したことによる遠心力。
 左足を引くことによる反動。

 そこに全力の蹴りと、最大出力の魔力。

 エディ様から訓練の合間に教えていただいた知識を活かした、今の私にできる最大限の威力を持った攻撃。

 そんな攻撃が、傭兵団長の頭上へまっすぐ振り下ろされました。

ーードゴッ!ーー

 リオたちの攻撃でヒビが入ったところから魔法障壁が砕け、かろうじて頭を動かすことで脳天への直撃を避けた傭兵団長の左肩を襲います。

「ぐっ!」

 攻撃を受け、よろめく傭兵団長。

 一撃必殺とはいきませんでしたが、格上の相手に、間違いなくダメージを与えられています。

「この機を逃すな!」

 ローが声を上げ、次の指示を出そうとしています。

 あと一息。

 そう思った私の耳が、異変を捉えました。

「ダメです! すぐにここから出てください!」

 理由が分からない私以外の獣人たち。

 でも、みんなを説得している時間はありません。

 私は窓を蹴破って外へ飛び出し、それに続いて私の奴隷であり、私の指示には従わざるを得ないリオが飛び出しました。

 リオが飛び出したことで、残る三人も後をついてきてくれます。

 でも……。

「クククッ。よく気付いたな。だが、遅かった」

 傭兵団長の家の周りは、数十人の傭兵と思しき男たちに取り囲まれていました。

「おー、いてて。誰かすぐに回復しろ。肩が上がらねえ」

 扉からゆっくりと外に出てきた傭兵団長が、私の攻撃で潰れた左肩を押さえながらそう言いました。

 部下であると思しき男から魔法による治療を受けながら、傭兵団長がにやりと笑います。

「まさか、本当に魔力が使える獣人がいるとはな。あんたの話は嘘じゃなかったってことだ、『軍師』さん」

 軍師と呼ばれた男の顔に、私は見覚えがありました。
 エディ様に助けられた後、初めての戦闘で、エディ様と戦っていた相手が確かこの男だったはずです。

「驚いたか、ウサギちゃんたち。俺は負ける戦いはしない。お前ら二人が助けに来たときすぐに、仲間は呼び集めておいた。まさか隠密のプロでもあるこいつらに気付くとは思わなかったが、気付くのが少し遅かったな」

 私たちを取り囲む男たちは、卑猥な笑みを浮かべながら、私たちを舐めるように見ます。

 男たちは雑兵ではありません。

 数人は二つ名持ち並の実力を持っていそうです。
 五人がかりでたった一人の相手をしていた私たちにとっては、絶対絶命に近い状況でした。

 ただ、私には跳躍があります。
 全員は無理でも二人は連れて逃げることができます。

 リオともう一人を誰にしようか考え始めた私を他所に、急に殺気立つ私以外の四人。

「あらあら。騒がしいと思ってきてみれば、リオちゃんにミーチャたちじゃない」

 そう話すのは、いつの間にか傭兵たちの中に紛れていた、妖艶な雰囲気の三十歳前後の女です。

 そんな女を、はちきれんばかりの殺気を孕んだ目で睨みつける私以外の四人。

「……ミーチャもあの女を知っているのか?」

 女を睨みながらそう尋ねるリオ。

「……リオこそ。あの女のせいで、私はみんなを犠牲にした」

 ミーチャはその鋭い牙で唇を貫くほど下唇を噛みしめながらそう言いました。

「私も似たようなものだ。あの女は絶対に殺す」

 今にも飛びかかりそうな二人を横目に、私は女の目を見ます。

「あなたは知らない子ね。でも、ウサギさんは好きよ。……ちょっと薬を与えるだけで、すぐに発情して、いっぱい稼いでくれるから」

 私を見ながらそう言葉を発する女に苛立つ四人を横目に、私は打開策を考えます。

 この女が現れたことで、傭兵団たちは、急に大人しくなりました。
 この女が特別なのは確かです。

「アマンダさんよ。虎と狼二匹は俺のモンだぜ」

 アマンダと呼ばれた女を牽制するかのようにそう話をする傭兵団長。

 そんな傭兵団長へ笑顔を返すアマンダ。

「もちろんよ。おそらく特別なのはそのウサギさん。だからウサギさんさえもらえれば、後はどうでもいいわ。獣人を魔力が使えるように変えられるなんて、考えるまでもなくお金の湧き出る匂いしかしない」

 そう言って微笑むアマンダの目は、いつも性欲に塗れた目で私を見てきた人間の男たちと同じでした。

 エディ様を助けるための仲間探しのために色々な人物を調べた際、王国出身のアマンダのことはもちろん調べてあります。

 自分が儲かるためたら、何だってする。
 相手をうまく信用させ、最後には全てを毟り取る。

 そんな女がアマンダです。

 例え跳躍で逃げたとしても、すぐに戻ってこの女を襲いそうな雰囲気の四人。

 リオは最悪、奴隷契約の魔法で無理やり言うことを聞かせることはできます。
 ただ、本人の意思を無視した命令は、奴隷の精神に影響を与えると、エディ様から伺ったことがあります。
 極力避けるべきでしょう。

 私はない知恵を振り絞るように頭をフル回転させて、打開策を考えます。

 アマンダという、四人にとっての仇とも言える存在がいる以上、このままでは傭兵団との全面衝突は不可避。

 それはそのまま、私たち五人の全滅という結果に繋がるでしょう。

 私以外の四人は才能の塊。
 一ヶ月後ならこの傭兵団とも渡り合えると思いますが、魔力を使えるようになったばかりである今はまだ、時期尚早です。

 私は考えました。

 戦闘は愚作。
 極力戦わずにこの場を切り抜けなければなりません。

 損得勘定ではなく、性欲と征服欲で動く傭兵団長相手に、交渉は難しいでしょう。
 交渉するならアマンダです。

 ただ、相手は交渉ごとが本職と言っても差し支えない、凄腕商人のアマンダ。
 まともに人と接して来なかった私が、対等に交渉するのは、戦闘以上に困難でしょう。

 ……まともに交渉すれば、ですが。

 私には他の人にはない武器があります。

 それは、人間より遥かに優れた聴力を持つ長い耳。

 遠くの音や、密室の声を聞くだけが、私の耳の利点ではありません。
 魔力を込め、集中すれば、感情や嘘を見抜くのも可能です。

 私はアマンダを見つめます。

「貴女に提案があります」

 私の言葉に、少しだけ目を見開き、こちらをじっと見るアマンダ。

「この後に及んでどのような提案かしら? 貴女に残された将来は、私の所有物として、魔力を使える獣人を大量に作り出す以外にはないのだけれど」

 表情は変わりませんが、彼女の心音は、彼女が私の提案に興味を持ったことを伝えてくれます。

「それはできません。私には身も心も捧げた主人が既にいます。その方以外に仕えるくらいなら死を選びます」

 私の言葉の真偽を探るように、私の目をじっと見つめるアマンダ。
 その視線は、戦闘で強者と対峙した時とはまた違う恐ろしさを、私に感じさせます。

 全く変わらない表情とは裏腹に、彼女の心音は、彼女が不快感を示していることを伝えてくれました。

「それに、私自身には何の力もございません。私が魔法を使えるようになったのも。他の獣人が魔力を使えるようになったのも。全ては私の主のおかげですから」

 再度私の目をじっと見るアマンダ。

「……嘘は言っていないようね」

 百戦錬磨の商人だけあって、彼女も私の表情からこちらの感情や嘘を見抜いているようです。

「それで? 私への提案というのは?」

 この提案内容が肝です。

 彼女は損得でしか動かないはず。
 リスクとリターンを考えた時に、私の提案を飲んだ方が得だと思わせなければなりません。

 言葉も。
 話し方も。

 全てを吟味しなければなりません。

「戦闘能力の高い獣人を百名。私たちに返してください。その百名で、隣の王国の魔族と十二貴族相手に決起します。その際、私たちと、私たちに賛同する方々への支援もお願いします」

 アマンダは尋ねてきます。

「それに対する私への見返りは?」

 私は答えます。

「十二貴族たちの全資産。それを貴女に差し上げます」

 私の提案を聞いたアマンダは大きな声で笑います。

「ぷっ、あははははっ。久しぶりに本気で笑ったわ。冗談ならこれ以上ないほど面白いけど、本気なら飛んだ笑い話だわ」

 次の瞬間、アマンダの目が獲物を狩る鷹の目になりました。

「貴女も、そこの虎さんも勘違いしてるようだけど、私はそんなリスクを犯さなくても、十分儲けられるの」

 アマンダは私を睨みつけます。

「一度売った商品を取り返して貴女たちに返す? そんなの商人としての私の信用問題に関わるわ。魔族と十二貴族を倒す? たかだか一傭兵団すら倒せない貴女たちが言っても、何の説得力もないわ」

 アマンダは私たち五人を見渡します。

「それより、今ここで貴女たちを取り押さえて、獣人が魔力を使えるようになった仕組みを解き明かした方が、よっぽどリスクが低くて金になる。最悪、解き明かせなくても、貴女とリオちゃんの器量は抜群。その上魔力まで持っているとなれば、かなりの額で売れるわ」

 私はアマンダの心音を聞き続けます。

 口ではそう言っていますが、十二貴族たちの全資産と言えば、莫大な額になります。
 そこには魅力を感じてはいるようでした。

「確かに、貴女がおっしゃられる通り、この傭兵団すら倒せない私たちが何を言っても説得力はないでしょう」

 私は傭兵団を見渡し、そして四人の獣人の顔を順に見ます。

 魔力が使えなかった頃の私なら。
 いえ。
 エディ様と出会う前の私なら、横に並ぶことすらおこがましい、強く尊敬すべき獣人たち。

「三日ください。三日でこの傭兵団を倒せるくらい力をつけて見せます。そうすれば、私の言葉がただの寝言じゃないことを理解してもらえますよね?」

 私の言葉に、表情を変えないアマンダ。
 でも、心臓は好奇心で跳ねているのが分かります。

 そんなアマンダより先に反応したのが傭兵団長です。

「おいおい。なぜ俺が三日も待ってやらなきゃならねえんだ?」

 敵意剥き出しにそう話す傭兵団長は、心音を聞かずとも怒りに包まれているのが分かります。

 そんな傭兵団長を見て、アマンダが笑みを浮かべました。

「いいわ。貴女たちが勝てたら考えてあげましょう」

 アマンダの言葉にピクリと反応する傭兵団長。

「アマンダさんよ。もう一度言う。なぜ俺が三日も待たなきゃならないんだ? それにこいつらはムカつくが、俺らは傭兵だ。自分たちのためなら戦うが、あんたのためにただ働きはしねえ」

 傭兵団長の言葉に少しだけ考えるアマンダ。

「そうね……。貴方たちが勝てたら、私の店の元店員の獣人たちをあげるわ。この子たちが売り先から奪い返しちゃったみたいだから今は所有者なし。貴方に売っても契約上問題はない。選りすぐりの可愛い子たちばかりだから悪くない提案だと思うけど」

 アマンダの提案を聞いた傭兵団長はニヤリと笑います。

「いいだろう。このウサギちゃんと子猫ちゃんも借りるぞ。人間様の恐ろしさを教えた後、ちゃんとアンタに返してやるから」

 傭兵団長の言葉に肩を竦めるアマンダ。

「しょうがないわね。貴重な魔力持ちだから、壊さないでよ?」

 アマンダの言葉ににやけたまま答える傭兵団長。

「分かった。壊れるまで犯すのは狼と虎の二匹で我慢するか。ウサギちゃんと子猫ちゃんの二匹は再利用できる程度には加減してやるよ」

 こうして、アマンダと傭兵団長は納得し、一度解散する私たち。
 交渉は何とか成功したかに見えました。

 ……ただ、アマンダと傭兵団たちと別れた後、私は交渉の土台にすら乗れていなかったことを知ることになります。

「おい。なぜ俺たちがお前の目的のために、お前に従わなきゃならない?」

 そう言って私を睨みつける狼の獣人ロー。

 本能的に竦んでしまいそうになるのを、無理やり抑え、私は狼と対峙する覚悟を固め、気を引き締めました。
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