底辺奴隷の逆襲譚

ふみくん

文字の大きさ
上 下
148 / 205
第六章 絶望編

魔王の娘⑤

しおりを挟む
 この体の前の持ち主にとって、ママは全てだった。

 自分を虐待する者しかいない世界で、ママだけが味方だった。
 自分も弱いにもかかわらず、身を挺して助けてくれるママ。

 そんなママが大好きで。

 いつか二人で幸せに暮らすのが夢だった。

 そのために強くなる。
 強くなるためならどんなことでも頑張る。

 そう思っていた。

 そんな思いを簡単に踏みにじるほど、絶望的な強さの差があることを知っていたのに。






 ママと二人でご飯を食べる、数少ない幸せの時間。

 そんな時間を土足で踏み荒らし、男たちは現れた。

 魔族の国で見る、初めての、食料じゃない人間。

 白銀の鎧に身を包んだ男たちは、私とママが暮らす小さな小屋の扉を蹴破って現れた。

 五人の男と、いつもママに嫌がらせをする魔王の妻の一人。

 その六人が私たちの小屋の中に入ってくる。

「魔族に体を売る淫らな魔女め。神の名の下にお前を裁きに来た」

 男の一人がそう叫ぶ。

 そんな男を見て怯えるママ。

「おいおい。泣く子も黙る聖女様がビビってんじゃねえぞ」

 震えるママにそう怒鳴りつける別の男。

「でもまあ、怯える顔もそそるじゃねえか。さすがは体で魔王を篭絡しただけあるな」

 そう言って下卑た笑みを浮かべる別の男。

「とりあえず、魔族に汚されたお前の体を俺たちが清めてやる。その後、きっちり殺してやろう。神の名の下に」

 私は意味の分からない言葉を発する男たちを睨みつける。

「ママに指一本でも触れてみろ! 全員殺してやる!」

 そんな私を見た男たちは、くっくと笑い出す。

「くくくっ。ガキがいきがりやがって。安心しろ。ママの相手をした後、お前も犯して……間違えた。穢れた血を清めて天に返してやる。まあ待っていろ」

 どこの世界も人間の男なんて等しくクズだ。

 女性を性欲処理の道具か何かとしか思っていない。

 ……もちろん、ユーキくんは違うが。

 この人間たちを殺すのは簡単だ。
 恐らく、私一人でも全員倒せるだろう。

 でも、横にいる魔王の妻は違う。

 師団長レベルの実力者。
 四魔貴族や将軍には劣るものの、魔族でも上位の実力を持っている。

 私も、それなりには戦えるようになったつもりではいるが、実戦経験はまだない。
 初めての戦いの相手にしては、ハードルが高すぎる。

 まだ一言も話してはいないが、この場にいるということは、この女も敵だということだろう。

 それでも私は女に一言言いたくなる。

「貴女は同じ魔王様の妻が、人間ごときに辱められても構わないというの? このことを魔王様が知ったらどうなると思うの?」

 私の言葉に、不快そうな顔を見せる女。

「同じ? 実験動物と私を一緒にしないで欲しいわ。それでも、お前がいう通り、私が手を出せば魔王様に不敬をなすことになる。でも、なぜか運悪く侵入してきた人間が、犯して殺してしまうのは仕方ないじゃない?」

 そう言って、ニヤッと笑う女。

 人間はクズだと知っていた。
 特に男はクズだと思っていた。

 でもどうやら、魔族でも女でも、同じようにクズはクズらしい。

 元の世界でも。
 この世界でも。

 魔族は強さが全て。
 だからこそ強さに誇りを持ち、力で全てを解決するのだと思っていた。

 でも、どうやらそれは違ったらしい。

「魔族の恥晒しめ。ママが気に入らないなら、自分の手で排除すればいいのに。魔王様が怖くて手が出せないなら手を出すな。こんな姑息な手を使うなんて、貴女も人間と変わらないわ」

 私の言葉に顔色一つ変えない女。

「お前こそ、私を攻撃するなら口じゃなくて魔法にしたら? 私相手にそれができればだけど」

 トップレベルの魔族である魔王の妻。
 これが訓練なら喜んで手合わせを願いたいところだが、残念ながら、そうではない。

 負ければ死ぬ。

 しかも、ただ死ぬだけではなく、この男たちに、徹底的な辱めを受けた後で無惨に殺されるだろう。

 怖い。

 これまでの人生も、命を賭けた戦いの場にいたのは間違いない。
 だが、実際に命のやり取りをするのは、これが初めてだった。

 ……でも、やるしかない。

 きっとユーキくんなら、こんな状況でも、躊躇うことなく戦うはずだ。

 私は覚悟を決め、全身に魔力を込める。

「へえ。さすがに半分魔王様の血が通ってるだけあるわね。私を前にして、戦う意志を失わないなんて、心だけは強いみたい。この女の子供じゃなければ私の配下にしたいくらいだわ」

 そう言って子を見る母親のような優しげな目を見せる女。

「でも……」

 女の目が汚物を見るようなものに変わる。

「肝心の魔力は全然伴っていない。そんなんじゃやっぱり、魔王様の名が泣くわ」

 次の瞬間、突き刺すような魔力が私を襲う。

 初めて感じる、自分に向けられた圧倒的な魔力。
 子供と大人以上の差が、この女との間にあるのを悟る。

「私も、半分とはいえ、魔王様の血が流れた貴女が、人間ごときに犯されるのを見るのは忍びないわ。降参して、大人しく私に殺されるなら、貴女は綺麗な体のまま殺してあげる。惨めに抵抗するなら、この人間のオスどもに、汚された後で無残に死ぬがいいわ」

 私がこの女に勝てる可能性は皆無に近いだろう。

 それでも、私には戦わずして死ぬという選択肢はない。

「戦いに絶対はない。後悔するのは貴女のほうになるかもよ」

 私の言葉を聞いた女は笑う。

「口だけは立派ね」

 女はそう言った後、人間の男たちの方を向く。

「お前たち。少しだけ待ってなさい。くれぐれもこの子供を倒すまでは動いちゃダメよ。下等で汚らわしい人間の醜い生殖行為なんて、見たくはないわ。お楽しみは私が去った後でやること。分かったわね」

 男たちは汚らしいもの扱いされたことにムッとしたようではあったが、圧倒的な魔力を持つ女相手に、反論すらできない。

 その様子を確認した女は、再び私の方を向く。

「それじゃあ、攻撃してきなさい。私が攻撃するのは、貴女が満足するまで攻撃した後にしてあげるわ」

 女は余裕たっぷりにそう言うと、両腕を開いて私を煽る。

 女の瞳は茶色。
 恐らく、土魔法の使い手のはずだ。

 私は、研究の末に効率化した水の魔法を放つ。

ーービュッーー

 高圧力で射出した水のレーザーは、人体など簡単に貫通できるはずだった。

 だが……

「へえ。魔力量は大隊長程度なのに、魔法の威力は連隊長くらいはあるのね」

 魔法障壁で、簡単に魔法をいなしながら、女は独り言のようにそう呟く。

 私は続けて、火の魔法を放つ。

ーーゴウッーー

 燃え盛る火炎が、女を包む。

「あら。水だけじゃなくて対極にあるはずの炎もこれだけの威力を保てるなんて。なかなかやるのね」

 とても炎に包まれているとは思えない涼しげな顔で、女はまたもや呟く。

 雷並みの電気で貫いても。
 氷の弾丸をマシンガンのように飛ばしても。
 真空の刃で切りつけても。

 女は顔色一つ変えずに、私の攻撃を受けきった。

 いや。
 正確には受けてすらいない。

 私の攻撃は、女に届くことなく、魔法障壁に遮られた。

「うんうん。向こう見ずにも私に戦いを挑んでくるだけはあるわね。その黒い瞳でどんな魔法を使うのかと思ったけど、これだけの種類の魔法を使える魔族は他にはいないわ」

 女は、心の底から感心したように、そう私へ告げる。

「でも、それだけ」

 女はニタっと笑う。

「子供のお遊戯としては上出来だわ。でも、魔王様の妻である私への攻撃としては0点ね」

 妻という言葉を強調して言いながら、女はチラッとママの方を向いた後、視線を私へ戻す。

「そろそろ飽きてきたし、私の番でもいいかしら?」

 くそっ。

 私は心の中で毒付きながら、右手を前へ向ける。

ーーゴワッーー

 私の右手から放たれた炎の渦が女を襲う。

 炎に風を送り込み、酸素の供給を増やすことで炎の勢いを増した。
 炎は急激な酸化現象の結果だ。
 それは魔法でも変わらない。

 風によって送り込まれた酸素との化学反応により、先ほどより遥かに勢いを増した炎。

 私はありったけの魔力を炎に送り込む。

 しばらく魔力供給を続けた後、炎に包まれた女が消炭になっていることを祈りながら、私は魔力の供給をやめた。

 ……でも。

 消えゆく炎の中からは、無傷の女が現れた。

「今のがとっておきかしら? もしかしたら旅団長クラス並の威力はあるかもしれないわね。正直なところ驚いたわ」

 女は改めて感心したような顔で私を見る。

「でも、相手が悪かったわね。私には全く効いてない。もうこれ以上何もないなら、私も暇じゃないし、後ろのけだものたちも待ちきれなそうだし、そろそろ終わりにしてもいいかしら?」

 女はそう言うと、私の返事を待たず、右手を私に向けた。

ーービュンッーー

 何かが音を立てて通り過ぎ、一瞬後に、私の右腕に激痛が走る。

 女が射出した何かが私の腕を貫通したようだった。

 あまりの痛みに呻き声を上げる間もなく、次々と見えない何かが私を襲う。

ーービュンッーー

ーービュンッーー

ーービュンッーー

 音が聞こえるたびに私は左腕、右脚、左脚と順に貫かれた。

 目に見えないスピードで襲ってくる攻撃に、私はなす術がなかった。
 魔法障壁は張っていたが、まるで障子でも破くかのように、女の攻撃は私を襲った。

 四肢を大きく損傷した私は、操る人を失った人形のように、仰向けに地面に倒れる。

 全身を強打し、大きな痛みが身体中を走ったが、両腕両脚はそれ以上の痛みで、今すぐ絶叫したかった。

 魔力で回復しようとしたが、先ほどの魔法に何か仕掛けがあったのか、いくら魔力を注いでも、全く良くなる気配が見えなかった。

「これだけやっとけば、いくらひ弱な人間でも大丈夫でしょう? 後は犯すなり殺すなり好きにして」

 女はそれだけ言うと、醜く歪んだ笑みを浮かべてママを見た後、部屋を去って行った。

 それを見届けた人間の男たちは、卑猥な笑みを浮かべながら、ママと私を見る。

「あの女も犯し……清めてやりたかったが、まあ仕方ない。お前たちはちゃんと今から浄化してやる。ありがたく思え」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

欠損奴隷を治して高値で売りつけよう!破滅フラグしかない悪役奴隷商人は、死にたくないので回復魔法を修行します

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
主人公が転生したのは、ゲームに出てくる噛ませ犬の悪役奴隷商人だった!このままだと破滅フラグしかないから、奴隷に反乱されて八つ裂きにされてしまう! そうだ!子供の今から回復魔法を練習して極めておけば、自分がやられたとき自分で治せるのでは?しかも奴隷にも媚びを売れるから一石二鳥だね! なんか自分が助かるために奴隷治してるだけで感謝されるんだけどなんで!? 欠損奴隷を安く買って高値で売りつけてたらむしろ感謝されるんだけどどういうことなんだろうか!? え!?主人公は光の勇者!?あ、俺が先に治癒魔法で回復しておきました!いや、スマン。 ※この作品は現実の奴隷制を肯定する意図はありません なろう日間週間月間1位 カクヨムブクマ14000 カクヨム週間3位 他サイトにも掲載

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

処理中です...