底辺奴隷の逆襲譚

ふみくん

文字の大きさ
上 下
129 / 205
第五章 周辺国家編

獣人の王⑥

しおりを挟む
 私の言葉を聞いたウサギの獣人は、じっと見定めるように私の目を見る。

 私も目を逸らさず、しっかりとその目を見返した。

 このウサギの獣人に、私がどう映っているかは分からない。
 自分が一撃で倒した人間にさえいいようにやられる、弱者にしか見えていないのかもしれない。

 それでも私は食い下がるしかない。

 私が求めて止まなかったもの。
 人間を倒すための力。

 その根源である魔力を、このウサギの獣人は使っていた。
 少なくともこの数百年の歴史の表舞台で魔力が使える獣人はいなかったはずだ。

 このウサギの獣人が、どうやって魔力が使えるようになったかは分からない。
 だが、どんな手段でも、何をしてでも、私はその力を手に入れなければならない。

 胸から消えていた気持ち。
 人間に負けない力を身につけ、人間から自分たちの自由を勝ち取る。

 魔力が使えれば、その一歩が踏み出せるのだ。

 ウサギの獣人は、真面目な表情のまま、口を開く。

「簡単に魔力が使える方法があるわけじゃありません。それに、私が使えるようになった方法を貴女に施しても、貴女が使えるようになるという保証はありません」

 ウサギの獣人の言葉に、私は目を見開いて答える。

「それでも構わない。魔力が使えるようになる可能性があるなら、何だってする」

 私の言葉に、ウサギの獣人はピクリと反応する。

「……本当に何でもできますか?」

 今までより一段低い声での質問。
 それだけに、ウサギの獣人が本気であるのが分かる。

「もちろんだ」

 私は即答した。
 ウサギの獣人はしばらく考えた後、再度私の目を見て答える。

「それなら二つ条件があります。一つは、私と奴隷契約を結び、私の奴隷になること。魔力が使えるようになった瞬間、私に襲いかかってこられたりしたらたまりませんから」

 奴隷契約は非常にリスクの高いものだ。
 自らの人生を売り渡すに等しい。

「……もう一つは?」

 それに対しては返事を保留し、次の質問を待つ。

「王国で暮らす私の大切な方を助け出すのに協力すること。私一人では助けることができません」

 四魔貴族スサの牧場と化している隣の王国。
 将軍クラスが輪番制で統治している王国から誰かを助け出すのは、並大抵のことではないだろう。

 私は二つの条件に対する答えを考える。

 どちらも無条件で飲むには厳しすぎる条件だ。
 だが、もしこのウサギの獣人が現れなければ、私は店長の玩具となり、その人生は終わっていた。
 そう考えると、今から先の人生はこのウサギの獣人に運良く与えてもらっただけのものだ。
 恩人のために尽くすのは、きっと間違いではない。

 ただ、私にはどうしてもやらなければならないことがある。

「その条件を飲むなら、私からも条件を出させてほしい」

 私の言葉に、ウサギの獣人は眉をひそめる。

「貴女は条件を言える立場じゃない、と言いたいところですが、内容次第では考えてあげましょう。貴女には私が目的を果たすまで付き合ってもらわなければならないので、少しでもいい関係を築きたいですからね」

 私はウサギの獣人に感謝の礼をしつつ、条件を伝える。

「私からの条件も二つ。一つはこの店の元店員たちと、罠に嵌められ窮地に立っているはずの大勢の獣人たちを助けに行くのを許可してほしいこと。もう一つは、貴女の大切な人を助け出したあとは、獣人の自由を勝ち取るために、私が戦うのを許してほしいこと。この二つをお願いしたい」

 私の言葉に、ウサギの獣人は無言のまま深く考え込む。

 そして、しばらく考えた後、重々しく口を開いた。

「私のご主人様を助けた後は自由にしていいです。この店の元店員を助けるのも構いません。でも、今罠に嵌められている仲間たちを助けるのは許可できません」

 私はウサギの獣人へ質問する。

「……なぜだ?」

 ココたち元店員を助けるのもダメだというなら分かる。
 だが、窮地に陥っている仲間たちを助けるのだけダメだと言われると、理由が分からない。

「私たちだけじゃ助け出すことができないからです。罠に嵌めた人間たちは、強力な傭兵団を雇っています。主要な十人ほどのメンバーは、小さな傭兵団なら団長を務めていてもおかしくないレベル。団長に至っては、隣国の王国でなら剣聖や賢者と遜色ないレベル。二、三人は倒せても、その後私たちが捕まってしまうでしょう」

 ウサギの獣人の言葉を聞いた私は、冷静に考える。

 先程の店長との戦いを見るに、信じられないことだが、このウサギの獣人は、一対一なら、並の傭兵団長くらいは倒せてしまうのだろう。
 だが、確かに一人で十人を相手にするのは無理があるだろうし、剣聖や賢者というのがどれほどの強さが分からないが、ウサギの獣人の口ぶりから格上なのは間違いない。

 そんな相手に挑むのを躊躇する気持ちは分かる。

 だが、私は引き下がるわけにはいかない。

「それは君が一人だった場合だろ? 私はライオンの獣人だ。私が魔力を使えるようになれば、きっと君より強くなる。そうすれば救い出せるかもしれない」

 私の言葉には、全く根拠がないわけではない。
 実際お互い魔力が使えなければ、私がこのウサギの獣人に負けることは決してないだろう。

 しかし、ウサギの獣人は頷かなかった。

「それは無理でしょう。将来的には分かりませんが、魔力が使えるようになっても、すぐに強くなれるわけではありません。私も、私の大切な方に鍛えていただいたからこそ、ここまで戦えるようになりました」

 ウサギの獣人の言葉は、己の経験からくるまぎれもない真実なのだろう。
 それでも私は頷くわけにはいかない。

 仲間を。
 ミーチャたちを助けられるかどうかは、私にかかっている。

「それは、君がウサギだからだ。戦うために生まれてきた私なら、きっとすぐに強くなれる」

 ある意味侮辱と取られても仕方ない発言。
 もちろん、今の私の言葉は本心ではない。

 ウサギという食物連鎖の底辺に位置する動物の獣人にもかかわらず、恐らく並外れた努力によってここまでの強さを持った相手を、尊敬はしても侮辱するなんてとんでもなかった。
 魔力を使わずとも相当な実力を持っているこのウサギは間違いなく強者だ。

 だが、私は、私の目的がある。
 その目的のためなら、例え偽りの言葉でも、平気で話さなければならない。

 ウサギの獣人は、特に苛立った様子もなく、私の目を真っ直ぐ見る。

「いいでしょう。貴女が魔力を使えるようになったら私と手合わせしてください。そこで現実を教えて差し上げます」

 ウサギの獣人の言葉に、私は自らの目を光らせる。

「そこで君より強いことを証明できれば、助けに行っても構わないな?」

 私の言葉に、ウサギの獣人は頷く。

「そんなことはあり得ませんが、もし証明できればいいでしょう」

 ウサギの獣人の言葉を聞いた私も頷く。

「それなら交渉成立だ。すぐにでも魔力を使えるようにしてくれ」

 そうお願いする私に対し、ウサギの獣人は首を横に振る。

「その前にやることがあります。……私の奴隷になっていただかなければなりません」

 確かにそれは条件の一つだった。
 もしこのウサギの獣人が悪意を持った者だったら、その瞬間に私の人生は終わる。
 このウサギの獣人の言動を見る限り大丈夫だとは思うが、店長の本性を見抜けなかった私としては、自分の人を見る目に自信がない。

 だが、私にはこのウサギの獣人に賭けるしかない。
 もともと終わっていた人生。
 例え騙されているのかもしれないとしても、今回賭けをすることに悔いはない。

「もちろんだ。約束だからな。私は何をすればいい?」

 肯定の返事をした後、質問する私に、ウサギの獣人は安堵のような笑みを浮かべながら答える。

「貴女はただ、私の奴隷になることを受け入れてくれるだけで大丈夫です。契約に必要な魔法は私が施します」

 今更だが、獣人が奴隷契約の魔法を使えるという事実に少しだけ驚く。
 奴隷契約の魔法は、人間の専売特許だと思っていた。
 そもそも普通の獣人は魔法が使えないのだから当たり前といえば当たり前なのだが。

 忌まわしい契約も、同じ獣人が行えば多少マシに思えると考えたが、そういうわけでもないらしい。
 どれだけ強く決意したとしても、自分の全てを売り渡すに等しいこの契約は、本能的なところで受け入れ難いものがある。

「嫌ならやめても大丈夫ですよ」

 そんな私の心情を見透かしたかのごとく、ウサギの獣人はそう言った。

「まさか。獅子の獣人である誇りに誓って、私は自分の言葉を違えたりしない」

 その言葉を聞いたウサギの獣人は、私の爪を使って己の指を切り、血を滲ませると、その血で私の額に紋を書いた。
 その紋に手を触れ、知らない言葉を呟くと、そっと手を離した。

「これで貴女は私の奴隷です。私の出す命令に逆らえなくなってしまいました」

 そう言いながら複雑そうな顔をするウサギの獣人。
 奴隷に対してこんな表情を見せるウサギの獣人は、やはり悪い者ではないと信じたい。

「気にするな。魔力を与えた途端反抗されたり、約束を守らず逃げ出されたりするリスクを考えれば、君の選択も頷ける。私も納得した上だから問題ない」

 私の言葉に、ウサギの獣人は、少しだけホッとした顔をする。

「そう言っていただけると少しだけ救われます。次は魔力を使えるようにしましょう。私の大切な方が私に施してくださった方法ですが、成功率は三割です。念のためにお伝えしますが、残りの七割は命を落とすか、廃人になってしまうとのことです。……それでもやりますか?」

 私は即答する。

「もちろんだ」

 私の返事に、真剣な顔で頷いたウサギの獣人は、私の手を握る。

「今から今まで感じたことのないくらいの激痛が全身に走ります。そして、その激痛を乗り越えれば、魔力が使えるようになるはずです」

 ウサギの獣人はそう言った後、私の目を真っ直ぐに見据える。

「ただ、脅すようで申し訳ありませんが、命が懸かっているとはいえ、こんな簡単な方法で獣人も魔力が使えるようになるなら、私以外にも魔力が使える獣人がいてもおかしくありません。もしかすると私か、私の大切な方が特別だっだけで、貴女は魔力が使えないかもしれません」

 そう説明するウサギの獣人。
 私はこのウサギの獣人の奴隷になったのだ。
 騙されていたってなんの文句も言えない。
 だが、このウサギの獣人は影響とリスクを丁寧に説明してくれる。
 その真摯な態度に、私は思わず笑みを浮かべた。

「ありがとう。どんな結果になっても私は君を恨まない。ただ、もし私が死んだら可能な限り、私の仲間を助けてほしい」

 私の願いに、ウサギの獣人は頷く。

「ええ。必ず」

 その返事を聞いた私は、ウサギの獣人の手を握り返す。

「……それでは頼む」

 私の言葉にウサギの獣人が無言で頷くと、握った手を通じて、体の中に何かが流れ込んでくるのを感じた。

 私はウサギの獣人の言葉を舐めていた。
 痛みには慣れており、激痛とはいえ、耐えられないことはないと思っていた。
 メイド喫茶で働くまで、人間から暴力を受けることは日常だったし、暗殺をする際に、護衛から反撃を受け、命に関わるほどの重傷を負ったこともある。
 その時の痛みにも耐えられた。
 だから大丈夫なはずだと、たかをくくっていた。

 ……だが、次の瞬間、私は今まで感じたことのある痛みが、どれだけ生ぬるいものだったかを痛感する。

「ぐあああああああっ!」

 みっともなく声を上げる私。

 想像を絶する痛みが、全身を襲う。

 沸騰し、煮え滾った血が、全ての血管を焼き尽くすかのような痛み。
 細かい神経の一本一本を、全て踏みにじった上で、電気を流し、火で炙られたかのような痛み。

 何かを考える余裕など与えてくれない、激烈な痛みが私を襲った。
 痛みで私の気を狂わそうとしているようにしか思えない激痛の中で、それでも私は願う。

 この痛みに耐えて生き残り、仲間を助け出すことを。

 そしてすぐに、その願いも、痛みの奔流の中に飲み込まれていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

欠損奴隷を治して高値で売りつけよう!破滅フラグしかない悪役奴隷商人は、死にたくないので回復魔法を修行します

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
主人公が転生したのは、ゲームに出てくる噛ませ犬の悪役奴隷商人だった!このままだと破滅フラグしかないから、奴隷に反乱されて八つ裂きにされてしまう! そうだ!子供の今から回復魔法を練習して極めておけば、自分がやられたとき自分で治せるのでは?しかも奴隷にも媚びを売れるから一石二鳥だね! なんか自分が助かるために奴隷治してるだけで感謝されるんだけどなんで!? 欠損奴隷を安く買って高値で売りつけてたらむしろ感謝されるんだけどどういうことなんだろうか!? え!?主人公は光の勇者!?あ、俺が先に治癒魔法で回復しておきました!いや、スマン。 ※この作品は現実の奴隷制を肯定する意図はありません なろう日間週間月間1位 カクヨムブクマ14000 カクヨム週間3位 他サイトにも掲載

処理中です...