底辺奴隷の逆襲譚

ふみくん

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第四章 奪還編

逃亡の騎士③

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 突然の出来事に、戦闘中にも関わらず呆然とする黒ずくめの男たち。
 どのような局面でも冷静に、冷酷に対応できるように鍛えられているはずの彼らが、このような状態になってしまうのは、余程のことだ。

 そして、目の前で起きたのは間違いなくその余程のことだった。

 私と黒ずくめの戦いを傍観していた『剛腕』、消えてしまった者たちからすると敵であるはずの私やレナ様とヒナも、立ち尽くしてしまう。

 起きた事象が分からない。

 こちらへ向かっていたはずの、王国最精鋭といって過言でない戦力。
 その半分が、目の前で跡形もなく消失した。

 そんな出来事が、起きるわけがない。
 起きるわけがないのだが、現実として、目の前で起こっていた。

 黒ずくめの男たちや、『剛腕』も呆然としているところを見るに、黒ずくめの男たちのような特殊能力で、消えた彼らの姿が見えなくなっただけ、ということもないだろう。

 残った半分の騎士や魔道士たちが、少しだけ間を置いて混乱した様子を示す。

 そんな彼らを見て、黒ずくめの男たちが私に告げる。

「……不測の事態が起きた。一時休戦を申し入れる」

 私たちとしては、願っても無い申し入れだから、当然受ける。
 私の目的は、ヒナが回復するまでの時間稼ぎだ。
 それが労せず達成できるのだから、断る理由はない。

「分かった。早く様子を見てくるといい」

 私が黒ずくめの男たちにそう告げると、一人の男だけ、恐らく私たちの見張りのために残し、残りの二人は、音もなく駆けていった。

「貴方は行かなくていいのか?」

 私の問いに、『剛腕』は真顔のまま答える。

「行った方がいいんだろうが、俺の勘が今のはヤバイと告げている。しばらく様子見だ」

 確かに今起こった出来事は衝撃的だ。
 何が起きたか全く分からない。

「その選択は正しいな」

 突然聞こえてきた声。
 声の持ち主は、私の隣に立っていた。

 黒ずくめの男が現れた時と同様、全く気配を感じなかった。

 外見は二十代中盤くらいの、青色の目をした美形の男。
 長身で細身のその体は、強そうには見えない。

 だが、この男が見た目通りの強さではないのはすぐに分かった。
 何か根拠があった訳ではない。

 ただ、私のこれまでの経験が告げていた。
 全力で逃げろ、と。

「な、何者だ、お前は? なぜ我らと同じ術が使える?」

 一人残った黒ずくめの男が、青い瞳の美形の男に詰問する。

「なぜ? さっきお前たちが見せてくれたからではないか」

 美形の男の言葉に、黒ずくめの男の目が驚愕のあまり大きく見開く。

「ば、馬鹿な! 我らがこの術を使えるようになるまでにどれだけの修練をこなしたかと……」

 黒ずくめの男の言葉を聞いた美形の男はフッと笑う。

「この程度の子供騙しを覚えるのに時間を費やさねばならぬとは、人間とはつくづく難儀な生き物だな」

 美形の男の言葉に、引っかかりを覚える。
 まるで、この美形の男が人間ではないかのような……

「見ておけ。我が主があの者ども相手に遊んでくださる。これが我らと人間の差だ」

 美形の男が差し示す先には、一人の女が立っていた。
 三十手前くらいに見える、透き通るような緑色の目をした、引き締まった身体の美しい女性。

 その女性が手を下から上に振り上げる。

ーービュオッーー

 その動作だけで、凄まじい風が起こり、半分残っていた王国の精鋭部隊の数人が一瞬で空高く舞い上がっていく。
 舞い上がらなかった残りの数人も、魔法障壁で踏ん張っていたが、今にも飛んで行ってしまいそうだ。

 女性が相手をしているのは、一人一人が二つ名持ちレベルの実力を備えた、精鋭中の精鋭だ。
 そこらの雑兵を相手にしている訳ではない。

 そんな精鋭たちが、翻弄されている。
 ただ、手を振り上げただけの女性に。

 恐らく、消えたように見えた残り半分の部隊も、この女性が巻き起こす突風で、どこかへ飛ばされてしまったのだろう。
 原因不明の出来事の原因は分かったが、分かったからといってどうしようもない。

 先程飛ばされた者たちの生死は分からないが、空高く巻き上げられた者たちと同じ力で飛ばされたなら、無事でいるとは思えなかった。

 それでも、今、後から飛ばされた数人は、不測の事態に備えていたようで、空から地面に叩きつけられる際に魔法障壁を張り、致命傷を避けていた。
 さすがは王国騎士や宮廷魔道士たちといったところだろうか。

 その様子を見た緑の瞳の女性は、少しだけ目を見開く。

「今ので死なぬとは、人間にしては丈夫だな。少なくとも我が軍の新兵程度の実力はあるか」

 緑の瞳の女性の言葉に、魔法障壁で空に飛ばされずに耐えていた男の一人が声を荒げる。

「新兵程度だと? 何者かは知らないが、大した魔力もないくせに我らを侮ったこと後悔させてやる」

 声を荒げたのは、確か王国警備隊の隊長を勤めるエルフィンだ。
 直接の面識はないが、アレス様の供をした際に、二、三回見かけたことがある。

 エルフィンは、二つ名持ちの中でも上位の実力の持ち主だ。
 実際に戦っている姿を見たことがないので、一概には比較できないが、魔法を使わない白兵戦では、剣聖や刀神に次ぐ実力を持っているとの噂だ。

 そんなエルフィンの言葉を聞いた緑の瞳の女性は声を上げて笑う。

「ハハハッ。大した魔力がないか。そうかそうか」

 笑う緑の瞳の女性を見て、エルフィンは激昂する。

「何がおかしい。現に先ほどの突風だって、ほとんど魔力を感じなかったではないか」

 エルフィンの言葉に、なおも笑いを抑えきれずに緑の瞳の女性が答える。

「クククッ。人間どもの技術も侮れぬな。まさか本当に魔力を隠せるとは」

 緑の女性の言葉に、エルフィンの顔が少しだけ歪む。

「魔力を隠せる?」

 エルフィンに対し、緑の瞳の女性は、馬鹿にしたような表情を見せる。

「分からないのか? 魔力を用いずに、先ほどのような風を起こせるわけがなかろう? お前たちに魔力を感じさせないようにしたのだ」

 エルフィンが訳の分からない、といった顔をする。

「なぜそんなことをする?」

 緑の瞳の女性は笑みを浮かべる。
 獰猛な獣が、得物を前にした時のような笑顔を。

「私の魔力を感じたら、お前たちは私が近づく前に逃げてしまうからな。せっかくの得物を逃すわけにはいかないからだ」

 緑の女性の言葉を聞いたエルフィンが、またしても激昂する。

「ふざけるな! 王国の守護を司る我々が逃げる訳ないだろう! 隠している魔力とやらを見せてみろ。私がその魔力をねじ伏せて、お前を斬り捨ててやる」

 怒るエルフィンに対して、緑の瞳の女性は、やれやれといった顔をする。

「威勢がいいのは構わないが、あまり大口を叩くと、後で恥をかくぞ。死に際くらい惨めに散りたくなかろう?」

「惨めに散るのは貴様の方だ。我々王国に喧嘩を売ったこと、あの世で後悔するがいい」

 エルフィンの体から魔力が溢れ出す。
 離れていても感じる研ぎ澄まされた魔力。
 恐らく、私よりも魔力の総量は多いだろう。

 さすがは王国守護隊の隊長だ。
 エルフィンに引っ張られるように、残りのメンバーも魔力を高める。
 宮廷魔道士筆頭の『光弾』もエルフィンを上回るほどの魔力を発しているし、その他のメンバーも、二つ名持ちレベルの魔力を発していた。

 もし、この緑の瞳の女性が現れていなかったら、このメンバーと私一人で戦っていたかと思うとゾッとする。
 時間稼ぎすら果たせていたか、全く自信がない。

 上位魔族やドラゴンですら尻尾を巻いて逃げ出しそうな、錚々たるメンバーの魔力を見て、緑の瞳の女性は目を丸くしていた。

 さすがに、これほどの魔力を秘めているとは思わなかったのだろう。
 確かに先ほどの風の魔法と思しき攻撃は強力だが、このメンバーなら、それに匹敵する攻撃を放てるはずだ。

 先ほどは手を振り上げただけに見えたが、きっと強力な魔法を放っていたのだろう。
 時間が経つにつれ、私はそう思っていた。

 ……その考えが間違いであるとは気付かずに。

 エルフィンが武器を構え、『光弾』が呪文を唱え始める。
 同じように、騎士たちは武器を構え、魔道士たちは呪文を唱え始める。

 それを見ても、魔法障壁すら張らない緑の瞳の女性。

 幾ら何でも無防備過ぎだ。
 戦いの経験がないのだろうか。

 初級魔法なら鍛え方次第では耐える者もいるかもしれない。
 だが、どれだけ力のある人間だろうと、生身で上級以上の魔法を受ければ命はない。

 呪文を唱え終わった魔道士たちが、一斉に手を緑の瞳の女性に向ける。
 武器に魔力を込めた騎士たちも、魔法の後にすぐ攻撃できるよう、臨戦態勢をとる。

『雷公!』

 宮廷魔道士筆頭である『光弾』の最上級魔法を皮切りに、次々と放たれる魔法の嵐。
 一撃で死に至るような魔法が、何発も降り注いで行く。
 離れた位置にいても、その熱や冷気が届いてくる程だ。

 そんな恐ろしい攻撃を、魔法障壁すら張らずに、ただ受け続ける緑の瞳の女性。

 炎や冷気に包まれ、緑の瞳の女性の姿は見えない。
 見えないが、その場にいる全ての人間が、この緑の瞳の女性は、跡形もなく消え去るだろうと考えていた。

 ……そう、全ての『人間』が。
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