底辺奴隷の逆襲譚

ふみくん

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第四章 奪還編

逃亡の騎士②

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 死角からの急な斬撃に対し、ヒナの声のおかげで、私は何とか対応する。

ーーガキンッーー

 私の細剣が、斬撃を受けて軋む。

 全身黒ずくめで、顔も目元以外を黒い布で隠した敵は、私を一撃で葬れなかったことを確認すると、追撃することなくさっと後ろへ飛び下がった。

 ヒナの声がなければ、間違いなく私は殺されていた。

 斬りかかられるまで、全く気配を感じなかった。
 気配を感じることにかけては、この中で一番であるはずのヒナですら直前まで気付かなかったのだ。
 普通の敵ではないことは明確だった。

 相手は恐らく、『影』と呼ばれる者だろう。
 主な任務は諜報で、魔法とは違う特殊な技術を使う、と言う話は聞いたことがあるが、それ以外のことは正規の騎士にも伏せられている。
 ただ、隣国や魔族の領土にも潜り込むことのある彼らの実力が、並ではないことは確かだ。

 実際に相対してみて、気配を読ませない彼らの技術には舌を巻かざるを得ない。
 恐ろしすぎる敵の登場に、汗がこめかみを流れるのを感じる。

 黒ずくめの敵は、そんな私にお構いなく、『剛腕』の方を向く。

「……まさかお前まで裏切るとはな」

 くぐもった声で話す黒ずくめの男を、『剛腕』は睨む。

「誰が裏切ったって? 俺は王国のために命を懸けている。ふざけたことをぬかすなら、お前も斬るぞ」

 私たちに向けていた以上の殺気を黒ずくめの男に向ける『剛腕』。
 そんな『剛腕』に対し、黒ずくめの男は淡々と答える。

「言い訳ならあの世で言ってもらおう。先ほどの、この者らを逃してもいいという発言は、裏切り以外の何物でもない」

 私たちに対し、背を向ける黒ずくめの男に対し、レナ様が不意に魔法を放つ。

『窮奇!』

 この一ヶ月で、レナ様も使えるようになった無詠唱での上級魔法。
 威力は初級並だが、先制攻撃にはもってこいだ。

 だが、そんな攻撃を、黒ずくめの男は、振り向きもせずに持っていた短剣に魔力を込めて打ちはらう。

 今の動作を見るだけでも、相当な手練れだということが分かる。

「ここで仲間割れなんて、人のこと言えないな」

 私の言葉に、『剛腕』は渋い顔をする。

「言い訳はしたくねえが、こいつらを仲間だと思ったことはねえ。コソコソ隠れて、人の粗探しをするクソ野郎たちだ。こいつらのせいで処刑された仲間も少なくない」

 そんな『剛腕』の言葉に、黒ずくめの男は、クククッと笑う。

「疑わしきは罰せよ、だ。王国のため、少しでも怪しい者には消えてもらう」

 黒ずくめの男の言葉に、『剛腕』は、チッと舌打ちする。

「ローザ。こいつの足止めも頼むわ。私はさっさと離脱させてもらう」

 新手が来たことで、より苦しくなったが、作戦は変えない。

「分かりました。くれぐれもご無事で」

 そう言った後、私は言葉を付け足す。

「……一つだけエディに伝言を。もし私が帰れなかったら、死ぬ前に貴方と出会えて幸せだった、と伝えてください」

 そんな私に対し、レナ様は返す。

「そういう言葉はちゃんと生き延びて、直接伝えることね。……でも、万が一の時には伝えてあげる」

 そう言い残して、その場を離れようとするレナ様に、黒ずくめの男が言葉を放つ。

「……逃がすわけないだろ」

 男がそう言うと、またもやどこからか四人の黒ずくめの男が不意に現れ、レナ様を襲う。

 一度目の襲撃で警戒していたのか、四人の斬撃を魔法障壁で受け止めるレナ様。
 全く気配を感じないところからのいきなりの斬撃。
 今回はなんとか対処できたが、今の攻撃を防ぐために、レナ様はそれなりの量の魔力を消費したようだ。
 しかも、相手があと何人いるかも分からない。

 これからさらに強敵が来るのに、厄介極まりない敵と遭遇してしまった。
 これでは、レナ様だけ逃すことも簡単ではない。
 レナ様も同じことを感じたのか、美しい眉間に皺を寄せている。

 どうすればいいか。

 全く案が浮かばない。
 このままでは三人とも全滅だ。

 黒ずくめの男たちは、距離をとったまま、攻撃はしてこない。
 だが、先ほどの不意打ちから、全員がかなりの腕だというのは分かっていた。
 こちらから迂闊に手は出せない。

 そうこうしている間にも、敵の増援である精鋭部隊は刻一刻と近づいてくる。

 レナ様もさすがに一人で逃げるのは諦めたようで、私の方へ視線を向ける。

「レナ様。こちらへ向かっている精鋭部隊とこの者たちが合流した場合、我々に勝ち目はありません。やはりヒナを治すしか方法はないでしょう」

 私の言葉に、レナ様は苦虫を噛み潰したような顔をする。

「……仕方ないからそうするわ。でも、貴女、一人でこの場をしのげるの?」

 私は笑顔で答える。

「もちろんです」

 言葉とは裏腹に、一人でしのぎきる自信なんて、全くなかった。
 でも、私がしのげなければ、全滅するしかない。

 レナ様とヒナを背中に、私は黒ずくめの男たちを睨む。

「レナ様、ヒナ。他にも潜んでいるかもしれません。不意打ちにだけは気をつけてください」

「分かったわ」
「はい」

 私の言葉に、二人は頷く。

 レナ様に対しては思うところがない訳ではない。
 レナ様のこれまでの行動は自己中心的過ぎて、背中を任せるには信頼が置けなかった。
 命を左右する場面で、チームより自分を優先するだろう人物に背中は託せない。

 その気持ちはヒナも同じ、いや、ヒナの方がよりレナ様を信頼できないだろう。
 信頼関係の崩れた共同戦線ほど脆いものはない。
 だが、それでも今はこのまま戦うしかない。

 私は体に通わせる魔力を強める。
 連携が期待できないなら、私が個の力で守りきればいいだけだ。
 一人で戦うのであれば、信頼も何も必要ない。
 もとより、エディと出会えなければ、一人で挑むつもりだったのだ。
 そう思えば、多少気が楽になる。

 敵の能力は未知数。
 こうやって面と向かっても、相手の気配がぼやけている。
 恐らくそれが敵の能力だろう。

 それなりの実力者同士の戦いでは、視覚による情報だけでは対処が間に合わない。
 魔力の流れや気配を頼りに、敵の先の動きを読むことが必須だ。

 それを封じられた状態での戦いは、苦戦必至だ。
 それでも戦いようがないわけではない。
 私だって伊達に二つ名を名乗っているわけではない。
 命のかかった修羅場なら、何度も乗り越えてきた。

 私は薄く広く魔法障壁を張る。
 障壁自体の防御力は皆無に近いが、不意打ちは高確率で防げる。
 障壁がもし破られたら、その方向から攻撃が来るのが分かるからだ。

 敵の気配が揺らぐ。
 私は、集中力を高める。

 すると次の瞬間、気配を感じる間も無く、左斜め後ろの障壁が破れる。
 からくりは分からないが、やはり気配はあてにならないようだ。

 それでも、敵は私の張った罠にかかった。

 出し惜しみはしない。
 私は障壁が破れた方向へ攻撃を加える。

『閃光』

 黒ずくめの男が私に斬撃を放つより速く、私の剣が黒ずくめの男の一人を貫く。

ーーブシュッーー

 返り血を浴びて体が血濡れるが、もはやそのことを気にかける余裕はない。

 私は、その男を蹴飛ばして退けると、すぐさま薄い障壁を張り直す。
 相手が一人なら、『閃光』でどうにでもなる。

 だが、敵も馬鹿ではない。
 今の私の反応を見た敵は、次は複数で攻撃して来るだろう。

 私の予想通り、次の瞬間、今度は私の左右の障壁が同時に破られる。
 仲間が一人殺されたにも関わらず、すぐさま仕掛けられる、時間を置かないでの同時攻撃。
 相手がよく訓練された集団だというのがよく分かる。

 もし今ここで『閃光』を使い、片方を倒したとしても、もう片方の斬撃を受けることはできないだろう。
 一ヶ月前の私に対する対応としては、満点に近い、敵ながら見事な攻撃だった。

 だが、今の私の手持ちの武器は『閃光』だけではない。

『雷光』

 エディに授けられたこの魔法。
 私は『閃光』の要領で魔力を小さく爆発させ、高速で後ろに退避する。

 私の得意技『閃光』はシビアな魔力のコントロールが求められる。
 繰り返し訓練し、呼吸をするように使えるようになった攻撃での使用ならともかく、慣れない回避には、とっさの判断では使えない。
 集中して使わなければ、魔力が暴発する可能性があるからだ。
 そんな難点を解決してくれたのがエディの『雷光』だ。
 この技のおかげで、一度動きの式を覚えてしまえば、どんな状況でも集中いらずで『閃光』が使える。

 空を切る黒ずくめの男たちの短剣。

 バランスを崩した黒ずくめの男へ、私は今度こそ攻撃を加える。

『閃光』

 攻撃を仕掛けてきた二人のうち、一人を串刺しにした後、すぐさま剣を抜き、次の攻撃に備える。

 血飛沫が頰にかかるが、もちろんそれを拭う余裕はない。
 そんなことをすれば、ここぞとばかりに敵の攻撃が襲ってくるだろう。

 攻撃に失敗した二人のうちのもう一人は、すぐさま元の位置に戻り、次の攻撃の構えを見せていた。

 残る黒ずくめの男は、三人。
 だが、見えないところにまだまだ潜んでいる可能性もある。

 三人なら怖さは薄れる。
 たとえ同時に攻撃を受けても『雷光』による逃げ道が残っているからだ。
 だが、仮にもしもう一人潜んでいて四方から襲われたら、退路は狭まる。
 最初から全員が同時に襲ってこられていたら危なかった。

 二人を仕留めた私に対し、敵は様子を伺っているようで、こちらを攻撃してはこない。
 敵としてみれば当然だ。
 危険な相手に無理して攻め込まずとも、増援さえ到着すれば、無理せずとも勝ちが転がり込んでくる。

 だが、こちらにはヒナという逃亡の切り札がある。
 ヒナの回復まで粘れればこちらの勝ち。
 ヒナが回復するまでに私が倒れれば、こちらの負けだ。

 横目にヒナの様子を見るが、まだ回復が完了している様子はない。

 私は迷う。
 無理して黒ずくめの男たちを攻撃し、増援到着後の戦闘を少しでも楽にするか。
 それとも、今は無理せず、時間稼ぎに徹するか。

 考えている時間はないので、私は後者を選ぶことにした。
 増援の戦力はあまりにも強大だ。
 仮にこの敵を打ち損じて、敵が数人増えたところで、悪い意味であまり変わらないだろう。
 それよりも、確実に稼げそうな数分の時間を取ることにした。

 消極的選択は、往々にして良い結果をもたらさないというが、私はそんなことはないと思っている。
 失敗した時の気持ちが多少なりとも楽になるのが、積極的な選択というだけだ。
 絶対に失敗できない命のやり取りの場面では、積極か消極かより、メリットとデメリット、及び、どちらがより堅実かを正しく判断することが重要だというのが私の意見だ。

 膠着状況のまま、数分が経過する。

 強大な魔力がすぐそばまで近づいてくる。
 もうすぐ会敵だ。

 剣を持つ私の手が、汗をかいているのを感じる。
 黒ずくめの男たちが、覆面の下で勝利を確信した余裕の笑みを浮かべているのを感じる。

 増援の様子が、視界にはっきり捉えられるようになった。

 ーーいよいよだ。

 私がいつでも『閃光』を放てるよう魔力を蓄えたその時だった。





 ……精鋭であるはずの敵の増援の約半分が消失した。

 文字通りの消失。
 驚異の半分が跡形もなく消えたはずなのに、私は全く喜べず、むしろ私の勘は、それ以上の危険が迫っていることを告げていた。
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