底辺奴隷の逆襲譚

ふみくん

文字の大きさ
上 下
91 / 205
第四章 奪還編

最強の人間③

しおりを挟む
「様子を伺う余裕はありません。二分間、私が時間を稼ぎますので、その間に隙を見つけてください」

 たった二分? とは言わない。

 それだけの力の差がアレスと俺たちの間にはある。
 むしろ俺一人なら、二分どころか数十秒の時間も稼ぐことなどできないだろう。

「一人で二分も戦えますか? 一緒に戦った方がいいのでは……」

 俺の言葉にリン先生は首を横に振る。

「それでは後ろの十二貴族を倒す隙を見つけられません。もしアレス様を倒すつもりなら、勝ち目はほとんどありませんが、二人で戦うしかないでしょう。ただ、私たちの勝利条件は後ろの十二貴族を倒すこと。そのためには、アレス様に隙を作り、その隙を突くこと。この作戦で行くなら、一人が隙を作り、もう一人隙を突いた方が効率的です。だから私が一人で戦った方がいいと考えています」

 リン先生が言うことはもっともではあるが、それはリン先生がこの化け物相手に一人で戦えるなら、と言う前提だ。

 リン先生の実力は疑いようはないが、それでもこの桁違いの相手に、一人で挑むには小さく弱く見えてしまう。

 やはり止めようか、と考える俺をリン先生の真っ直ぐな視線が貫く。

「大丈夫です。信じてください」

 キラキラと輝くその眼差しに、俺は何も言い返せない。
 心配だが、信じるしかないだろう。

「……分かりました」

 渋々頷く俺にリン先生は笑顔を見せると、俺に背中を向けてアレスと対峙する。

「……それでは行きます」

「来なさい」

 先に仕掛けたのは、リン先生だった。

 突如、膨大に膨れ上がるリン先生の魔力。
 アレスに匹敵するのではないかと思われる魔力が、リン先生から溢れてくる。

 空間を支配するアレスの魔力を押しのけるかのように、充満していくリン先生の魔力。
 もともと常人離れしていたリン先生の魔力が、さらに人の領域を超えていく。

 対峙しているアレスも驚きを隠せないようだ。

「な、何だこの魔力は……」

 そんなアレスに対し、リン先生は笑顔を見せる。

「私たちが勝ったら教えてあげます」

 リン先生はそう言うと、何やら呪文を唱え始める。
 奥に控える十二貴族に聞かれないようにするためか、その文言はうまく聞き取れなかったが、今まで聞いたことのない呪文なのは間違いなさそうだった。

 得体の知れない魔法を阻止しようと、剣を振りかぶるアレス。
 そんなアレスに向け、俺は無詠唱で魔法を放つ。

『窮奇!』

 当然、無詠唱で威力の弱まった上級レベルの魔法で、アレスにダメージを与えられるとは思っていない。
 だが、流石のアレスも人間である以上、生身で魔法には耐えられず、何らかの防御行動を取らざるを得ない。

「ちっ……」

 舌打ちしながら、鬱陶しそうに、剣を振るって風の刃をただの空気の塊へと変えるアレス。
 リン先生は一人で戦うと言っていたが、この程度のアシストならさすがに許されるだろう。
 俺の助太刀に対して、その背中からは、リン先生も苛立っているようには感じられなかった。

 その間に、リン先生の魔法も完成したようだ。

 右手を前に差し出すリン先生の手の後ろに、光のレールが伸びていく。
 先程光弾を発した魔法だろうか。
 そう思ったのもつかの間、次々と新しいレールが伸びていくのを見て、それが先ほどとは違う魔法であることに、すぐ気付く。

 数秒かけて何十本も伸びたそのレールは、突如回転しだした。
 機械的に回る光のレールたち。
 そのレールに無数の球が装填され、レールに魔力が満ちていくのを感じる。

 溢れ出ていた膨大な魔力がそのレールに収束していく。

 キーンという高い音を立てながら回転するレールを従えたリン先生の右手の先が、アレスを捉えた。

 そしてリン先生は高らかに言葉を放つ。

『雷帝!』

 次の瞬間、光のレールが轟音を上げ、次々と光弾を発射し出した。

ーーガガガガガガッ!!!ーー

 電磁誘導によって放たれ、プラズマと化した光弾が、雨のようにアレスを襲う。

 レールガンによるガトリングガン。

 元の世界の科学では成立し得ない、究極の兵器が目の前にあった。

 エネルギー量も。
 その砲身も。
 砲身の冷却も。

 どれか一つを取っても、元いた世界の科学で解決するのは難しいだろう。

 レールガンを放つには、発電所並の電力が必要だと聞いたことがある。
 それを何十発も放ったのだ。
 この攻撃には、どれ程の魔力が費やされたのか、想像すらできない。

 一人の人間からその膨大な魔力が生み出されたという事実に、俺は愕然とする。
 目の前に立つ小さな少女は、想像をはるかに超えた凄まじさを秘めていた。

 ……ただ、目の前で対峙する人物はそんなリン先生をも凌駕する異常さを持っていた。

 リン先生が魔法を放つ直前に、同じく魔力を収束させるアレス。

 まずは光の粒子さえ通さないような、強固な魔法障壁を張る。
 最初の何発かは、その強固な障壁だけで防いだようだが、すぐに障壁を破る弾が出始め、アレスを襲い出す。

 ……だが、そんな弾雨を、アレスは魔力が込められた剣で弾き落としていた。
 障壁を貫くことで威力を落としてはいるが、それでも最上級魔法と呼ぶにふさわしい威力を備えたその光弾の一つ一つを全て捉えるアレスの剣。

 次々と打ち込まれる光弾を撃ち落とす様は、曲芸でも見ているかのようだった。
 一撃でも命中すれば致命傷になり兼ねないその攻撃を、一撃も漏らさず撃ち落とすアレス。

 リン先生の背後から光のレールが消えた時、目の前には先ほどと何ら変わらぬアレスの姿があった。

 一瞬の沈黙の後、高らかに笑うアレス。

「ハハハッ。素晴らしいな、リン君は。私以外の人間で、こんなに魔力を秘めた人間は見たことがない」

 一方、おそらく切り札であるだろう魔法を放ったばかりのリン先生の魔力は、戦闘開始時の状態に戻っていた。

 アレスは剣を構える。

「次は何を見せてくれるのかな?」

 リン先生のこめかみを汗が流れる。
 いくらリン先生が凄くても、目の前にいるのは最強の人間。

 今の攻撃を凌ぐ人間を、倒せるビジョンが全く浮かばない。

 今の隙に十二貴族を倒す以外に、俺たちが勝つ方法はなかったのではないか。
 そんな嫌な予感が俺を襲う。

 ただ、今の隙に近づくのは、アレスが弾いた流れ弾に当たる可能性があるから無理だった。
 魔法を迂回させて攻撃しようにも、低級の魔法じゃ、光弾の嵐の影響でかき消されてしまっただろうし、高威力の魔法は、呪文を唱える時間がなかった。
 時間があったとしても、リン先生の魔法に影響を与え兼ねないので、高威力の魔法は使えなかったが。

「大丈夫です」

 俺の予感を察したようにリン先生が囁く。

「まだ二分は経ってませんから」

 笑顔でそう囁くリン先生の魔力は、未だ常人よりは高いとはいえ、もはやアレスほどの量ではない。
 どんな手段を使ったのかは分からないが、さっきの莫大な魔力は、今の魔法を放つためのとっておきだったのだろう。
 そうでなければ、リン先生もアレス並のの化け物だということになる。

 一方、対するアレスも、無傷ではあるが、全く影響がないというわけではない。
 空間を埋め尽くすように覆っていたアレスの魔力が明らかに弱まっていた。
 今の攻撃を凌ぐために、相当な量の魔力を使ったのだろう。

 アレスの実力は桁違いだ。
 だが、桁が違うだけで、測れないということはなさそうだ。
 今の攻撃を、もしあと二、三回繰り返すことができるなら、倒すことすらできるかもしれない。

 そんな俺の計算を読んだのか、リン先生が俺に告げる。

「今の攻撃はとっておきです。これ以上繰り返すのは無理ですので、その点はご了承ください。もしこれで倒れてくれたらラッキーでしたが、流石にそうは行きませんでした。代わりに今から、接近戦で戦います。より隙ができやすいはずですので、隙ができたら逃さずお願いします」

 さっきよりアレスの魔力が弱まったとはいえ、圧倒的な魔力量の差がある人間のは変わらない。
 さらには、魔道士であるリン先生の接近戦での能力も未知数だ。
 
 それでも俺は信じるしかない。

 接近戦なら、リン先生が言う通り、隙が生まれる可能性が高い。
 俺も流れ弾を気にせず近づきやすくなるし、俺が魔法を放っても、リン先生の魔法に影響を与えることもない。

 アレスを倒すのはやはり難しい。
 だが、二人掛かりなら、隙を見つけることくらいならできるかもしれない。

 微かな希望を胸に、俺は一瞬の隙も見逃さないよう集中することにした。
 もし、リン先生が命がけで作ってくれた隙を見逃してしまえば、俺は後悔のあまり死んでも死に切れないだろう。

 アレスの後ろに控えているはずの十二貴族の二人。
 その二人を倒すことだけに全神経を向ける。

 今の俺にできることは、そんなに多くはない。
 だが、手札はゼロじゃない。
 隙を見て瞬時に攻撃するための手段もいくつかはある。

 リン先生を覆っていた魔力が、リン先生の体に収束していく。
 その魔力は、さながら光の衣のように、リン先生の体に纏われる。

 リン先生の目がアレスに向く。

「行きます!」

 ……そしてリン先生が視界から消えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

欠損奴隷を治して高値で売りつけよう!破滅フラグしかない悪役奴隷商人は、死にたくないので回復魔法を修行します

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
主人公が転生したのは、ゲームに出てくる噛ませ犬の悪役奴隷商人だった!このままだと破滅フラグしかないから、奴隷に反乱されて八つ裂きにされてしまう! そうだ!子供の今から回復魔法を練習して極めておけば、自分がやられたとき自分で治せるのでは?しかも奴隷にも媚びを売れるから一石二鳥だね! なんか自分が助かるために奴隷治してるだけで感謝されるんだけどなんで!? 欠損奴隷を安く買って高値で売りつけてたらむしろ感謝されるんだけどどういうことなんだろうか!? え!?主人公は光の勇者!?あ、俺が先に治癒魔法で回復しておきました!いや、スマン。 ※この作品は現実の奴隷制を肯定する意図はありません なろう日間週間月間1位 カクヨムブクマ14000 カクヨム週間3位 他サイトにも掲載

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

処理中です...