底辺奴隷の逆襲譚

ふみくん

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第四章 奪還編

最強の人間①

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 圧倒的魔力に支配された空間。
 息をすることすらままならない空間。

 そこで、俺は何とか平静を保とうとする。

 目の前に立つのは最強の人間。

 アレスが戦うところは、以前十二貴族たちに襲われた時に見た。
 その時もかなりの魔力を持っていると感じたが、今感じる魔力はその時の比ではない。

 その魔力を身に受けるだけで、逃げ出してしまいたくなるような魔力。
 まるでそう。
 魔王でも前にしたかのような威圧感を発する魔力だ。

 そんな魔力に押されながらも、俺は空間の中の様子を伺う。
 感じる気配はリン先生と俺にアレス、それに加えて二つあった。

 そんな俺の思考を読んだかのように、リン先生が口を開く。

「この空間にはアレス様以外に二人います。相手はどちらも十二貴族。この空間が閉鎖されているのも、アレス様が私たちに敵対しているのも、おそらく二人の能力のせいでしょう」

 アレス一人でも絶望的な状況なのに、それに加えて十二貴族が二人。
 勝ち目はないと言わざるを得ない。

「ただ、恐らく、十二貴族たちは私たちへ攻撃できません」

 リン先生の言葉に、俺は首を傾げる。

「なぜですか?」

 攻撃するなら今が絶好のチャンスのはずだ。
 いくらアレスが強いとは言っても、一人に任せるより、三人がかりの方が確実なはずだ。
 十二貴族はアレスに次ぐ実力を持つはずの、人間トップレベルの持ち主のはず。
 足手纏いになるということもないだろう。

「空間の閉鎖も、アレス様が私たちに敵対するのも、恐らくさっきお話した、王国貴族の一部が持つ特殊能力のせいです。この特殊能力、効果は絶大ですが、その分制約もあります。アレス様程の実力者を操ったり、空間を閉鎖したりといった強力な効果を発するためには、魔力を使った行動は、恐らく取れないでしょう」

 リン先生の説明に、俺は納得する。
 だが、例え十二貴族が戦えなくても、絶望的状況であるのに変わりはない。

 最強の人間、アレス。

 そのアレスの実力はこの魔力を見るだけでも明らかだ。
 一カ月前の十二貴族との戦いでも、人間としてトップレベルの実力を持つ十二貴族を、一対一なら子供を相手にする大人のように倒していた。

 俺も強くなったつもりではいるが、あの赤髪の十二貴族より遥かに強くなったと言えるかというと答えはノーだ。

 圧倒的な実力差がある相手とどう戦うか。
 考える俺に対し、思考を遮るかのように突然声が聞こえてきた。

「まさか剣聖のおっさんを突破してくるとはな。あのおっさん、裏切ったんじゃないだろうな」

 若い男の声がそう言った。

「剣聖様に限ってそのようなことはないでしょう。何にしろ、一門の人間全員の命が懸かっているのですから。ただ、結局突破を許しているので、半分くらいは見せしめに殺しておきましょうか」

 若い女の声がそう答える。

 声がした方に目を向けると、アレスの後方に、薄っすらと二人分の人影が見える。
 薄暗い部屋の中では、声の主の表情が見えないが、恐らくこの二人の若い男女が、十二貴族なのだろう。

「エディさん。残念ながら私たちの実力では、アレス様を倒すのは無理でしょう。アレス様と戦いながら、隙を見て奥の十二貴族を倒す。それ以外に選択肢はありません」

 小声でそう囁くリン先生の声に俺は頷く。
 二人のうち、どちらがどんな能力を持っているか分からないが、どちらを倒せたにしても、この状況は大きく変わる。

 アレスを操っている方を倒せれば、アレスがこちらの仲間に戻るはずだし、空間を閉鎖している方を倒せば、退却や大規模魔法を使うという選択肢が出てくる。
 ベストはアレスを操っている方を倒すことだが、どちらが操っているかは、相手も分からないようにするだろう。

「聞こえてるぞ、小賢者」

 若い男の方がこちらへ話しかける。

「竜殺しのお前がいるなら、剣聖を突破できたのもまあ、まぐれじゃないってことか。だが、あの変態豚野郎のもとで一カ月も過ごしてこの場に現れるってことは、お前も変態ビッチ女ってことか」

 男のあからさまな挑発に俺はムッとなる。
 自分の尊敬する人を馬鹿にされて、黙っていられるほど、俺は人間ができていない。

 刀に込める魔力を増やし、一歩踏み出そうとした俺を、リン先生が左手を差し出して止める。

「大丈夫です。確かに変態的な行為を受けていたことは事実ですが、エディさんのおかげで処女だけは守れていますから」

 リン先生の言葉に、なぜかホッとした自分がいることに気付く。
 きっとこの気持ちは尊敬する人の貞操を守れたことに対する安堵以上ではないはずだ。
 俺が心に決めているのはカレンだけだ。
 他の人が処女だろうがそうじゃなかろうが、関係ない。

 挑発に乗らなかった俺たちを見て、若い男が軽く舌打ちする。

 もし俺が飛び出していたら、アレスに真っ二つにされていただろう。
 そうなれば敵の思うツボだ。
 簡単な挑発で勝利を確定的にできるチャンスを逸したのだから、舌打ちの一つもしたくなるだろう。

 そんな相手にわざと聞こえるように言っているとしか思えない、大きめの声でリン先生が俺に指示する。

「倒すのは男の方です。相手の三人の中で一番弱いのはあの男でしょうから。そして、アレス様を操っているのもあの男でしょう。視線と挙動でバレバレです」

 明らかな挑発返し。
 それに対し、相手の男は反応する。

「誰が弱そうだって? 何なら俺が直接相手してやろうか? あのメガネの作戦じゃなきゃ、お前らなんて……」

 挑発に乗ってベラベラと喋り出す男。
 今の発言で、二人の十二貴族がこの戦いに手を出してこないことは、ほぼ確定した。
 また、十二貴族たちが、メガネをかけた参謀のような人物の指示のもと動いていることも。
 さらには、否定しなかったことからも、男の方がアレス様を操っている可能性は高いだろう。

 あえて俺たちがそう考えるように誘導している可能性もゼロではないが、限りなく低いはず。
 男の話し方と雰囲気は、とても戦略家のものとは思えないからだ。

「やめなさい!」

 俺がさらに男を挑発するため、何を言えば効果的か考えようとしたところ、女の方の十二貴族が遮った。

「見え見えの挑発に乗らないで。あの男の子はともかく、小賢者の実力は一カ月前に見たでしょう? 私たち十二貴族でも、絶対に勝てるとは言いがたい実力を持っています。それなら、確実に勝てる策をとりましょう」

 女の十二貴族の発言に、俺は思わず舌打ちしたくなる。
 男の方も、女の発言で、少しだけ冷静になったようだ。
 敵には冷静さを欠いたままでいて欲しかった。
 その方が付け入る隙が多かったのに。

「悪い。悔しいが確かにその通りだ。だが……」

 男は少しだけ間をおいて言葉を紡ぐ。

「この男相手に隙を作れると思うあたり、あいつらは自分たちの能力を過信し過ぎだな」

 表情は相変わらず暗くて見えなかったが、男がニヤッと笑っている姿が脳裏に浮かぶ。

「私たちが十人がかりでようやく捕らえたこの男とどう戦うか見ものね」

 十二貴族の二人は、リン先生と俺が、アレスの隙をついて自分たちに攻撃を加えられるとは、露ほども思っていないようだ。

 確かに、アレスの魔力と殺気を感じただけで怯んでしまいそうな俺たちが、圧倒的に不利なのは確かだ。
 だが、どんな人間でも完璧ということはないはずだ。
 どこかに必ず隙はあるはず。

 十二貴族の能力についてもそうだ。
 アレスの隙を突かずとも、アレスを操っている能力を解除する方法があれば、話は早い。

 俺はリン先生に尋ねる。

「十二貴族の能力を解除する方法って、能力を使っている本人を倒す以外にはないんですか?」

 リン先生はアレスから視線を外さないまま答える。

「他にもあるとは思います。ただ、その方法は人によって違うので、すぐに見つけるのは難しいかもしれません」

 俺は少しだけ考えて質問を続ける。

「実は相手は能力を使ってなくて、アレス様が奴隷契約魔法で奴隷にされてるってことはないですか?」

 俺の質問にリン先生は首を横に振る。

「それはありません。そもそも奴隷契約魔法は貴族相手には使えませんから」

 魔族や獣人相手にも使えたから、奴隷契約魔法は万能かもしれないと思っていたが、意外な隙間があるようだ。

「やはり、アレス様の隙を突くしかないでしょう。アレス様を倒すのはほぼ不可能。空間封鎖の能力のせいで、天候を操り上空から広範囲を攻撃する『火雷』も使えないので、アレス様の頭越しに攻撃するのも難しい。苦しいですが、隙を作り出すしかありません」

 リン先生はそう言って、アレスに目を向ける。
 俺も改めてアレスを見る。

 圧倒的な存在感を示す、王国最強の人間。
 ダイン師匠や剣聖も強いと思ったが、自分の努力次第では、いつかは勝てる可能性があると思える程の差だった。

 だが、今目の前にしている男に対し、どれだけ自分が努力しても勝てるようになるビジョンが浮かばない。

 そんな俺の気持ちを察したのか、リン先生が声を掛けてくれる。

「大丈夫です。エディさんなら、アレス様にもいつか一人で勝てるようになる日が来ます」

 リン先生の言葉に俺は首を横に振る。

「俺は普通の人間です。あんな化け物みたいな相手に勝てるようになるとは思えません」

 戦う前に弱気を見せるのはまずいというのは分かっている。
 だが、これまで弱さを見せるわけにはいかなかった俺だが、リン先生相手だと、つい自分をさらけ出してしまう。

「エディさんは私のヒーローです。私の想像を二回も超えて、私を助けてくれました。自分が信じられないなら私を信じてください。エディさんはアレス様をも超える人です。先生である私が保証します」

 笑顔で。
 自信たっぷりに。

 リン先生はそう断言した。

 その、余りにも当然のように言い切る姿に、俺は思わず笑うしかない。

「そうまで断言されると、本当にいつか勝てるようになる気がしてきました」

 俺の言葉に、リン先生は嬉しそうに笑う。

「もちろんです」

 ふと、二回もリン先生を助けたことがあるかな、と疑問に思ったが、それは些細な問題だ。
 今は目の前に立ちふさがる、余りにも巨大な壁を、全力で突破することに集中しなければならない。

 そんなことを考える俺の前に、リン先生がスッと出てくる、

「でも、今はまだ一人で戦うには時期尚早です。まずは先生である私が、背中で戦い方を見せましょう」

 その小さな背中で俺を守るようになったリン先生。
 そんなリン先生に声をかける者がいた。

「やめておきなさい。君たちには、万に一つも勝ち目はない」

 告げたのはそう。
 これから戦い、救い出そうとしている本人。
 アレスだった。
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