底辺奴隷の逆襲譚

ふみくん

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第四章 奪還編

奴隷の騎士②

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 エディとヒナが二人で出かけることは三週間前から決まっていたことだ。

 でも、三週間前とは状況が違う。
 私の中の、エディに対する気持ちの重さが違う。

 エディが私たち三人の誰に対しても恋愛感情を抱いていないのは知っている。
 心の中にいる女性以外に、心を開かないだろうことは知っている。

 でも、エディだって思春期の男だ。

 色気ムンムンの、発情した獣に迫られて、理性を保てる保証はない。

 ヒナからは、終始メスの匂いが発せられている。
 ヒナがエディに対して、どのような思いを抱いているかは明白だった。

 エディが感じているかは分からないが、同性である私やレナ様にはバレバレだった。

 ヒナは獣人であることを除けば、同性の私から見ても美しかった。
 豊満とは言えないが、そのスラリとした体は、女性らしい起伏に富んでいた。

 このメスに迫られて、断れる男性がどれだけいるのか。
 いくらエディでも、その点はクエスチョンだった。

 そんな発情した獣と一週間二人だけで過ごす。
 誰からの邪魔なく、一つ屋根の下で過ごす。

 もし私がヒナの立場だったとして、何もしないでいることができるだろうか。
 非常に大事な任務中ではあるが、それでも何もしないでいることができるだろうが。

 自分を抑えるには、気持ちが高まり過ぎている。
 恋愛を知らない私には、とても我慢できる感情ではない。

 恋愛に慣れていない点については、ヒナは私以上だろう。
 ずっと人間に虐げられていたヒナが、ようやく見つけた安息の地。
 生まれて初めての安らげる場所。

 ヒナが私と同等かそれ以上に、エディのことを想っているのは間違いない。

 しかも、ヒナはウサギの獣人だ。
 獣人はベースとなる獣の習性を引き継ぐ。
 子孫を残すことに貪欲なウサギの習性を受け継いでいるなら、エディに手を出す可能性は非常に高い。

 でも、私には二人を止めることはできない。
 下唇を噛み締め、血が流れるほど妬んでも、止めることはできない。

 そんなことをすればエディに嫌われる。

 それは、エディが他の誰かに汚されるより嫌なことだった。
 
「それじゃあ行ってくる」

 そう言って背中を向けるエディの背中を見送ることしかできない。
 無表情でこちらを見ていたヒナの顔が、勝ち誇っているように見える。
 目の錯覚だとは思うが、それでも妬まずにはいられなかった。

 そんな私を見ていたレナ様が、私の心を見透かしたように微笑む。

「大丈夫よ」

 私は内心ドキリとしながらも、平静を装いながら質問を返す。

「何がでしょうか?」

 そんな私の返事を聞いたレナ様はニヤリと笑う。

「あの獣とエディの奴隷契約には、仕掛けをしておいたから。あの獣とエディが結ばれることはないわ」

 レナ様の言葉に、私はピンとくる。

 奴隷契約には、禁止条項を設けることができる。
 性的な交渉を封じることも可能だ。
 特に未成年が主人の時は、様々な観点から、そのような処置が取られることが多い。

 私は、ほっと胸をなでおろしそうになって我に帰る。

 レナ様は、そんな私をニタニタと笑いながら見ていた。

「エディとヒナがどのような関係になろうと私には関係ありません。作戦に影響を及ぼすと言うのなら別ですが」

 きっぱりとそう答える私の目を覗き込むようにしながら、レナ様は私に尋ねる。

「本当にそう? エディは私の騎士だけど、あれだけ素敵な男性、他にはいないわ。一生独り占めできると思うほど、私は自惚れていない。獣や魔族は論外だけど、貴女なら第二夫人くらいにしてあげてもいいわ」

 レナ様の甘い蜜のような言葉に、私は首を横に振る。

「な、何をおっしゃっているのか分かりません」

 レナ様はなおも笑みを浮かべながら、言葉を続ける。

「ちなみに、貴女とエディの契約には、何の細工もしてないから安心して。貴女が私より先にエディと結ばれたとしても、文句は言わない」

 私は思わずレナ様を睨みそうになるのを我慢する。
 レナ様なら、私とエディが結ばれることを防ぐことができたのだ。
 その事実を認識し、愕然とする。

 もし仮に、いざ結ばれそうになった時、レナ様による契約で、その行為が邪魔されたとしたら。

 恩人の娘であるレナ様相手でも恨んでしまうかもしれない。

 私はふと、ヒナのことを考える。

 もしヒナも同じ状況になったとしたら。

 私と違ってレナ様に対して何のしがらみもないヒナは、レナ様のことを殺したいほど憎んでしまうのではないか。
 そんなことなどカケラも気にしていない様子のレナ様を見ながら、私はそのことを危惧した。

 レナ様は急に真面目な顔になり、私を見る。

「私はエディが好き。魔族にも獣にも絶対に渡さない。もし貴女が敵になるのなら、貴女でも容赦はしない。ただ、できることなら、貴女とは敵ではなく、一緒にエディを愛せたらと思うわ」

 十二、三歳とはいえ、レナ様は貴族の淑女。
 恋愛に関しては、私なんかよりよく分かっているだろう。

「今はお父様を助けることが第一だから、今すぐどうこうとは言わないけど、私の話、考えてみることね」

 返事を返せない私を見て、ふふふと笑うと、レナ様は背中を見せてこの場を去った。

 私は改めて考える。

 私もきっとエディのことが好き。
 この感情は恋ということで間違いないとは思う。

 でも、恋愛経験のない私は、ただエディが好きというだけで、どうしたらいいか分からない。

 レナ様のように、他人を陥れようとしたり、策略で仲間を作ろうとすることはできない。
 本当に好きなら、レナ様のように行動すべきなのかもしれない。

 でも私にはできない。

 恋愛には駆け引きが重要だという。

 その点では、レナ様は本気で恋愛に取り組んでいるということだろう。

 でも私にはできない。

 正直者が得をするとは思っていない。
 ただ、私がそんな生き方をできないだけだ。

 剣だってそうだ。
 愚直にまっすぐ突くだけでは、不利になるというのは分かっていた。
 様々な斬撃や、魔法を交えた方が間違いなく戦いを優位に進められるのは分かっていた。

 それでも私は、自分を変えれなかった。
 意地になり、突きだけで強くなろうとしていた。

 ……エディに会うまでは。

 エディに出会い、私は変わった。
 エディのためなら、これまでのこだわりを捨てることができるようになった。

 それなら、恋愛に関してもその内変わるようになるのだろうか。
 なりふり構わず、エディを自分のものにしようと動くようになれるのだろうか。

 今の私にはまだ分からなかった。




 エディとヒナが王都に向かってからの一週間、レナ様と私は、ひたすら自分たちを鍛え続けた。

 今の自分より少しでも強くなるため。
 作戦の足手まといにならないようにするため。
 ……エディの役に立つため。

 エディが戻ってきた時、失望されないように。
 期待を超えて強くなり、エディを驚かせられるように。

 ふとした瞬間に、エディのことが頭に浮かぶ。
 狂おしい感情で、他の全てがどうでもよくなりそうになる。

 そんな自分をなんとか制御し、己を磨き続けた。

 レナ様やヒナも目覚ましい勢いで成長しているため、あまり実感がなかったが、一ヶ月前と比べ、私も格段に成長しているのは間違いなかった。

 そして一週間後、エディとヒナは帰ってきた。
 十分な偵察結果を持ち帰ってきたにも関わらず、ヒナの顔は浮かなそうだった。

 エディはひたすらヒナのことを褒めていたが、ヒナには伝わっていないようだった。

 そんなヒナを見て、勝ち誇った笑みを浮かべるレナ様。
 レナ様のその笑みを見て、激しい怒りの感情を滲み出させるヒナ。

 ヒナは恐らく、エディ様に手を出そうとし、そして失敗したのだろう。
 ……レナ様の仕組んだ罠によって。

 私には、エディに手を出そうとしたヒナに対する怒りはなかった。
 むしろせっかくのチャンスを台無しにされたことに対する同情の気持ちがあった。

 だからといって、そんな罠を仕組んだレナ様に対して、何か思うところがあったわけでもない。
 レナ様はレナ様で、万全を期そうとしただけだろう。

 一人の男性に三人の女性が惚れてしまっているのだ。
 波風立たずにいられるわけがない。

 ただ、エディはきっと、そんなことは望んでいない。
 もし私たちが、色恋沙汰で揉めていると知ったら、全員ふられてしまうかもしれない。

 エディのことを思うなら、アレス様救出に全力を尽くすこと。

 それ以外にないのではないだろうか。
 
 私はそのことを、レナ様やヒナに言うべきか迷っていた。

 良くも悪くも、私は彼女たち二人の中ではライバルとは見られてないようであり、言うのなら私しかいないと思う。
 でも、それを言うことで、さらに関係が崩れてしまったら。
 それこそアレス様救出どころではなくなる。

 結局私は、何も言わないことにした。
 レナ様もヒナも、優先順位は分かっているはず。
 流石にアレス様救出作戦中は何も妙なことはしないと信じたい。

 エディの作戦では、顔の割れているレナ様と私が陽動。

 エディとヒナで、レナ様の魔法講師だった小賢者リンを救出。
 その後、小賢者リンが作戦に乗ってくれるならエディと二人でアレス様を救出。
 ヒナは途中から私たちと合流するという手はずだった。

 ヒナ合流後のメンバーに一抹の不安を覚えながらも、私一人で一ヶ月前に特攻を仕掛けるよりは、遥かに可能性を感じる作戦だ。

 それでも勝率は限りなくゼロに近い。

 たったの四人か五人で、王国という国全てに喧嘩を仕掛けるようなものだ。
 ここで二手に別れた後、エディと二度と会えなくなることだってありえなくはない。

 作戦前最後の夜、私は、作戦に向けて緊張に満ちた表情のエディに近寄る。

 レナ様とヒナはどこかへ行っているようだった。

 エディの想い人であるというカレンとかいう魔族。
 エディの主人であるレナ様。
 エディの最初の奴隷であるヒナ。

 恐らく私は、この中で一番魅力がない。
 周りの反応では、顔の造形だけはそんなに悪くはないとは思うのだが、その他の女性としての魅力は皆無だ。

 剣のことしか知らず、鍛えるだけ鍛えた身体は、女性としての丸みにかけ、ガチガチの筋肉ばかりだ。
 戦闘による傷跡も残っている。

 それでも、エディのことを好きな気持ちが抑えられない。
 たとえ選ばれなくても、気持ちを伝えておきたかった。
 気持ちすら伝えられず死ぬのは嫌だった。

 私は、何か考え込んでいる様子のエディに尋ねる。

「隣に座ってもいいか?」

 私の声を聞いたエディは顔を上げる。

「もちろん」

 暗闇に白髪の映えるエディは、憂いに満ちた表情から一変、優しい笑顔を見せる。
 その笑顔にどきりとしたが、そんな様子は見せないよう、慌てて目を逸らした。
 エディの隣ということで、心臓がバクバクと鳴るのを抑えながら、私は腰掛け、エディの目を見る。

 綺麗な瞳をしたエディ。
 そんなエディの目を見つめながら、私は口を開こうとする。
 でも、喉が渇いてしまい、なかなか声が出ない。

 そんな私に、エディは語りかける。

「ローザ。今回の作戦、はっきり言ってローザ頼みだ。レナはかなり頑張ってくれたが、正直まだまだ実力不足。ヒナは今回が初めての実戦。実力も経験も、陽動チームの要は、ローザになる」

 エディの信頼に応えるように私は頷く。

「心得ている。エディの期待に応えられるよう、最善を尽くす」

 私の答えに、エディは満足そうに頷く。

「ただ、くれぐれも無理はしないでくれ。身の危険を感じたらすぐに退避してくれて構わない。アレス様を救出できても、ローザに何かあったら、元も子もない。俺にとっては、ローザのことも大事だ」

 エディの「大事」は、異性としてではないことは分かっている。
 それでも好きな相手からそう言われて嬉しくないわけがない。
 ただ、今はその言葉に浮かれていい時ではない。

 私には言わなければならないことがある。

 その前に一つだけ確認してから、言いたい。

「エディ。エディは魔族の女性であるカレンという奴に惚れていたと聞いた。会えなくなった今でも、その気持ちは変わらないか?」
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