底辺奴隷の逆襲譚

ふみくん

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第三章 潜伏編

反逆者の娘の奴隷⑤

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 ローザの申し出に、俺は戸惑っていた。

 確かに、初めこそ上から目線な態度に苛立ちはしたが、実際に剣を合わせてみて、ローザへの印象は百八十度変わった。

 不遜に見える振る舞いは、恐らく誰にも負けない努力をしたという自負からくるもの。
 ローザの強さは、才能に任せているわけではなく、想像を絶する鍛錬の末に身につけたものだろう。
 彼女の動きは、気の遠くなるような反復作業で身につけたものだ。
 短期間だけど、俺も剣の腕を磨いてきたから分かる。

 剣を合わせることで分かることがあると、時代劇などではよく言うが、まさかそれを、自分が体感することになるのとは思わなかった。

「手に触れてもいいか?」

 ローザの言葉には返事をせず、ローザが拒む間も無く、俺は彼女の手を取る。
 ダイン師匠が、相手がどれだけ己を鍛えてきたかは、手を見れば分かると言っていた。

 とても若い女性のものとは思えない、ゴツゴツとして荒れた手。
 手の甲側の、白く透き通った肌とは対照的に、手の平は変色し、何度も潰れてはできてという繰り返しを経たであろうマメが、痛々しく刻まれている。

 元の世界では、誰にも負けないほど勉強も運動も努力してきたつもりでいる。
 そこには自信がある。
 だが、この少女は、もしかすると俺と同等、いや、それ以上に努力してきたのかもしれない。
 恐らくその人生の全てを剣に捧げてきたのであろう。
 先ほどの闘いぶりと、このマメだらけの手の平がそれを物語っている。

「美しいな……」

 俺は無意識にそう呟くと、握っていた手を優しく離し、ローザの目を見る。
 俺の言葉に顔を赤らめるローザ。

「な、な、何を?」

 狼狽するローザの問いには答えず、俺はローザの目をじっと見続ける。

 努力の結晶たる完成した剣技。
 それを生み出した努力。
 そのどちらもが美しかった。

「さっきはあんたの本質を見ずに話してしまったけど、剣を合わせてみて、あんたが俺が思っていたようなやつじゃないのは分かった。むしろ尊敬に値すると思っている。そんなあんたを奴隷になどできない」

 俺はローザにそう告げる。

「それは困る。騎士が一度口にした言葉を曲げるなどということはできない。それは私に、死ねと言っているようなものだ」

 強い口調でローザが俺に迫ってくる。
 そんなローザに気圧されそうになりながらも俺は答える。

「あ、あんたは俺に劣ってたら、奴隷になると言ってたはずだ。さっきの戦いを見る限り、あんたの方が劣っているようには見えない」

 俺の言葉にローザは首を横に振る。

「私の方が貴方より年上だ。まだまだ子供の貴方と、現時点でも互角だということは、私の方が劣っているということだ」

 無理がある理屈ではあるが、否定をするのも難しかった。
 劣っていることの条件は明確にしていなかったし、俺自身、数年後も今のままでいるつもりはなかったからだ。

 それでも次の言葉を探す俺。

「あ、あんなの、口喧嘩でついカッとなって言ってしまっただけだろ? 俺はもう気にしてないし、あんなの約束ですらない」

 俺の言葉にローザは首を横に振る。

「勢いに任せてしまっただけだろうが何だろうが、言葉にした事実は消えないし、貴方がどう捉えたかも関係ない。私が口にし、私が約束だと思っていることが重要だ。頼むから私を、自分の言葉も守れない、騎士失格の人間にはしないでほしい」

 片膝をついたまま、懇願するようなローザに、俺はますます戸惑う。

 助けを求めるようにレナの方を向くと、レナはプイッと横に目を逸らした。

ーー少しくらい助け舟を出してくれよ

 せっかく少しは改善していたレナへの評価が、また下がる。

 今度はヒナの方を向く。
 ヒナは妹弟子ができるとばかりに、普段は決して見せないキラキラした目でこちらを見ている。

 二人の態度に、援軍は望めないことを悟った俺は、改めてローザを見る。

 整った顔に、スラリと伸びた手足。
 気位は高いだろう。
 こんな女性を奴隷として好きにできると言われたら、大抵の男は喜ぶのかもしれない。
 だが、俺には心に決めた人がいるし、言いなりになる女性を、力関係で無理やりどうにかして喜ぶ趣味はない。

 俺はなんとか拒む口実を探す。

「あんたはアレス様の部下だろ? 主君を裏切るような真似をしていいのか?」

 ローザは首を横に振る。

「アレス様には育てていただいた恩があるし、その恩を返すために、人生を懸けて尽くしたいいう思いは当然あった。だが、今回救出することで最低限の義は果たせるはずだ。騎士として約束を果たしたいという思いを、アレス様も止めはしないだろう」

 ローザの返答に、うまく返す言葉が浮かばない。
 俺は仕方なく、己の身の上を話す。

「さっき俺はレナの騎士だなどと言ったが、それは嘘だ。生まれてからずっと奴隷で、今もレナの奴隷だ。奴隷の俺の奴隷になるなんて嫌だろ?」

 俺の言葉を聞いたローザは目を丸くする。
 嬉しい話ではないが、流石に奴隷の奴隷などという最底辺の立場にはなりたくはないのだろう。

「奴隷の身にありながら、あれ程の魔力を備え、剣と魔法の腕も一流とは……間違いなく貴族の出だと思っていた」

 これでこの話は終わるだろうと思っていた俺を、ローザは先ほどにも増して真剣な目で見つめてくる。

「ますます感服した。私も平民の出であり、身分など気にはしない。大事なのは人間そのものであり、むしろ私より厳しい境遇にありながら、それほどまでの実力を備えた貴方に、ぜひ仕えたい」

 これ以上、俺にはローザを説得する言葉はなかった。

 仕方なく俺は、決断することにする。
 尊敬すべき年上の女騎士を奴隷にすることは抵抗があったが、形式だけのことだ。
 どこかのタイミングで奴隷契約を解除すればいいだろう。

「ふう……」

 俺は大きくため息をつき、ローザの目を見つめ返す。

「そこまで言うなら、奴隷になってもらう。だが、普段は普通に接してくれ。年上の女性から恭しくされるのは好きじゃない」

 俺の言葉に、ローザは子供のような笑顔を浮かべる。

「感謝する。アレス様救出までは、少しだけわがままを通させていただくが、その後は我が全身全霊をもってあなたに仕えよう」

 ローザの言葉を聞いた俺は、レナの方を向く。

「悪いが、ローザとの間に、奴隷契約の魔法を結んでくれないか?」

 俺の言葉に、レナは少しだけ考えるそぶりを見せた後、頷く。

「解除したくなったらいつでも解除してあげるから」

 レナはローザへ告げる。

「ご冗談を。一度奴隷となると決めたからには、この命尽きるまで奴隷となるに決まっています」

 そうなの? と思わず聞き返しそうになったが、雰囲気的にそんな言葉は口に出せないので、俺は黙っていた。

 こうして俺には、不在のカレンも合わせて三人目の奴隷ができた。



 奴隷契約を結び、しばらく休憩した後、レナがローザへ質問する。

「この後ローザはどうするつもりだったの?」

 レナの問いに、ローザは即答する。

「単身王都へ乗り込み、敵を倒しながらアレス様を救出するつもりでした」

 無謀という言葉に尽きるローザの発言に、俺だけでなく、レナやヒナまで呆れて口を開ける。

「さすがに王都は厳重な警備が敷かれているはずだわ。しかもお尋ね者になっているあなたや私は、王都に入ることすらできずに捕まるのがオチだわ」

 呆れる俺たちをよそに、ローザはレナの言葉に対し、至極真面目な顔で答える。

「無謀なのは分かっています。でも、私には戦うことしかできない」

 そう言って厳しい視線をレナへ送る。

「一緒に戦ってくれそうな人は、みんな捕まるか、殺されるか、誰かを人質に捕らえられて寝返らされています。信用できる仲間はいない。時間もない。でも、黙って逃げることなんてできない。そんな私にできることは、単騎で突っ込み、風穴を開けることくらいしかありません」

 ローザの想いに、レナは気圧されているようだ。
 俺はそんなレナの肩にぽんと手をやり、ローザの目を見る。

「ローザの気持ちは分かった。だが、もう心配しなくていい。……俺たちがいる」

 俺の言葉に、ローザの表情は一瞬明るくなるが、すぐにまた曇り出す。

「大変頼もしい言葉だが、エディやレナ様が加わったところで、圧倒的に戦力が足りないのは変わらない。どうやって救うというのだ?」

 ローザの懸念はもっともだ。
 正攻法で行ったところで救い出すのは難しいだろう。

 ローザのおかげで二つ名持ちの騎士の実力は分かった。
 一対一なら戦えなくはないが、複数人相手では敗色濃厚だ。
 それに加えて、間違いなく俺やローザより格上の十二貴族たちに、剣聖もいる。
 その他の騎士や兵士の中にも、腕が立つ奴はいるだろう。
 そんなやつらが全員的に回るのだ。
 まともに戦って勝てる要素はない。

「それはこれから考える。だが、俺たちの目的は、やつらと戦争して勝つことじゃない。人を一人助け出すだけだ。それならやりようはあるかもしれない」

 レナが俺の目を見る。

「それでも茨の道だわ」

 俺はそんなレナになるべく力強い視線を返す。

「茨だろうが道は道だ。道があるなら進むだけだ。どれだけ険しく、傷くことになるのだとしても」

 俺の言葉に、レナもローザも頷く。

「ヒナも大丈夫か?」

 後ろに控えるヒナにも尋ねてみる。

「もちろんでございます。エディ様の恩人は私にとっても恩人。そしてこの身はエディ様の物。いかようにもお使いください」

 ヒナの言葉に俺は頷く。

「ありがとう。それでは救い出そう。人並みの生活だけでなく、成長の機会まで与えてくれた恩人を」

 アレスは見ず知らずの俺に衣食住を与えてくれた。
 さらには、リンやダインといった、最高の師の元で成長する場を与えてくれた。
 そんなアレスのことを思い出しながら、俺が宣言する。

「陽の当たる人生を与えてくれた、尊敬すべき人を」

 決意に満ちた表情で、ローザも俺に続く。

「愛するお父様を」

 恐らく、幸せだったであろうアレスとの時間を思い出しながら、レナも続く。

 簡単に救えるわけがないのは全員が分かっている。

 もし俺たちがアレスを救い出してしまったら、十二貴族たちの悪事は白日の物となり、王になれないばかりか、今の地位さえ失うのは明白だ。
 絶対に奪われないよう、厳重な警戒態勢が敷かれているのは間違いない。

 そんな絶望的に不利な状況ではあるが、俺はそこまで悲観していない。

 ……いつも、俺が何かに挑戦するときは一人だった。
 周りには味方どころか、敵しかいなかった。

 でも、今回は違う。

 俺に全てを委ね、最も信頼できる存在であるヒナ。
 尊敬すべきほどの努力を積み重ねてきた結果、王国トップレベルの実力を備えたローザ。
 いずれは殺すつもりだが、今は頼れる、子供としては信じられない才能を持ったレナ。

 敵は強大だが、俺は一人じゃない。
 そのことが、俺に自信を与えてくれた。

 必ず救い出そう。

 ……例えどんな手段を使おうとも。
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