底辺奴隷の逆襲譚

ふみくん

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第一章 奴隷編

貴族の奴隷⑥

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 ダイン師匠の弟子と認められてから二週間後、俺はアレスの部屋に呼ばれた。

「久しぶりだね、エディ君」

 アレスは、俺を見るなりそう言った。

 貴族の主人の部屋というには質素で、せいぜい学校の校長室程度の部屋で、椅子に座ったアレスは、俺の目を真っ直ぐ見る。

「お久しぶりです、アレス様」

 アレスはここ二週間ほど、屋敷を不在にしており、食事の際も顔を見せていなかった。

「ダインの弟子として認められたらしいね」

 アレスはにこやかにそう言った。

「はい。まだまだ修行の身ですが、弟子を名乗ることは許されました」

 アレスは頷く。

「上級魔法も全て覚え、リン君から、彼女が開発した最上級魔法も教わっているとか」

 俺は頷く。
 ちょうど昨日全ての上級魔法を一通り覚え、リンから最上級魔法を教わり出した。

「はい。ただ、こちらはさすがに理解が難しく、しばらく時間がかかりそうです」

 上級魔法が大学レベルだとすれば、最上級魔法は研究者が人生を賭けて行った研究の成果のようなものだ。
 理解するだけでも相当難しい。
 そんな魔法を僅か十四歳で開発したリンは、まさに天才と言っても過言ではないだろう。

「そうか。君は本当に凄い。このまま努力を怠らなければ、すぐに私など抜かしてしまう存在になるだろう」

 十二貴族の筆頭。
 人類最強と名高い男。

 そんな男にそこまで言われてしまうと、恐縮するしかない。

「お言葉はありがたいですが、さすがにアレス様を超えるというのは……」

 俺の言葉にアレスは首を横に振る。

「謙遜はいい。寧ろ私は、君に私を超えてもらいたいと思っている」

 アレスの俺を見る目が真剣になる。

「君はこの国の王が選出されるルールを知っているかね?」

「はい」

 俺は頷く。

 この一ヶ月半の間に、この国の王選出のルールは、リンから聞いていた。
 ルールは簡単だ。
 十二貴族の当主の中から、最も王に相応しい者が、神託によって選ばれる。
 強さ、民からの信頼、人格、その他を、総合的に判断して神が決めるらしい。

 神なんて存在、前の世界では考えられなかった。
 だが、女神の格好をした悪魔のような女の存在を知っている今の俺は、神託と言われても違和感は感じなかった。
 その神がいい神であることを祈るのみだ。

 王の任期は四年毎で、次の神託は一ヶ月後。
 前任の王がそのまま選ばれることもあるらしが、次の神託はアレスで間違いないというのが、専らの評判とのことだ。

「自分で言うのもなんだが、恐らく次の神託では私が王に選ばれると思う。それだけの努力はしてきたつもりだ」

 俺は無言で頷く。
 強さは勿論のこと、領地の経営も非常に優秀。
 一緒に暮らしている限り、人格も優れており、民にも家の召使い達にも慕われている。
 俺が神でもアレスを選ぶ。

「私が王になったら、この国を変えたいと思っている。能力のある者が輝き、弱い者が虐げられない国にしたいと思っている。その為には奴隷制度を廃止し、優秀な者は貴族に取り立て、能力ない者からは権力を奪いたいと考えている」

「それは……」

 難しいだろうと思う。
 元の世界でも奴隷制度廃止には、かなりの困難があったし、既得権益を手放したくない者達の抵抗は熾烈なものになるだろう。

「難しいのは分かっている。一朝一夕でできることではないだろう。だから……」

 そう言ってアレスは俺を見る視線に力を込める。

「君に、私の理想を叶える手伝いをして欲しい」

「奴隷の俺に、ですか?」

 思わず聞き返した俺に、アレスは即答する。

「ああ」

 俺はアレスの目を覗き込む。
 紛れもなく本気の目だ。

「何をすればいいんですか?」

 受けるかどうかは話を聞いてからだ。
 断るにしても、散々お世話になっているアレスに対して、何も聞かないと言うのは失礼過ぎるだろう。

「君には私の後を継いで欲しい」

「後とは?」

「言葉の通りだ。君には私の次の王になってもらいたい」

 あまりにも突拍子の無い申し出に、俺の思考は混乱する。

「王になれるのは十二貴族家の方だけですよね?」

「そうだ。だから私の養子になればいい」

 アレスは即答する。

「レナさんじゃダメなんですか? 彼女も優秀だと思いますが……」

 性格や行動に難があり、個人的には恨みもあるが、能力的に優秀なのは間違いない。

「あの子は、確かに極めて優秀だ。親として誇りに思う。だが、視野が狭い。魔族や奴隷に対する偏見が強いのは君も知っての通りだろう? 私の理想とは間逆に位置する考え方をしている」

 アレスは冷徹な目で答える。

「でも、可愛い娘だって……」

「レナは可愛い。親としては自分の命を投げ打っても足りないくらい愛している。だが、国を託せるかというと話は別だ。素養のない者への世襲程、この世に害のあるものはない。可愛さ余って私がそれをやってしまえば、苦しむのは国民たちだ」

 アレスの考えに、俺は共感した。
 だが、その理想の実現には並々ならぬ困難が待ち受けているだろう。

 少なくとも元の世界の政治家達のほとんどは、同じ思いを持ってなかった。
 世襲に汚職など、全く珍しい話でもない。
 きっとそれはこの世界でも同じだろう。
 反対勢力は山ほどいるだろう。

「俺が神に選ばれるとは限りませんよ」

「だからこそのお願いだ。君にはあと四年で、王に相応しい人間になってもらう。強さも人格も全て含めてだ」

 俺はアレスを強い目線で見る。

「初めからそのつもりで俺を家に?」

「いいや。初めはダインの我儘に付き合うだけのつもりだつた。だが、リンやダインから君の成長ぶりを聞き、毎日の食事で君と話をしているうちに、今の考えに至った。率直に言うと打算もある。元奴隷の君が王になれば、間違いなくこの国は変わるだろう」

 アレスは真剣な目で俺を見る。
 懇願するように見る。

 俺は考えた。
 一見するとこれ以上ない美味しい話に思える。

 だが、王になるというのは生半可な覚悟では無理だ。
 俺は、カレンと二人、静かに暮らせればそれでいいと思っていた。
 王になる以上、それは難しいだろう。
 世間は俺とカレンに、今の関係を許してはくれないだろう。

「少しだけ考えさせてもらってもいいですか?」

 俺ははこのアレスの提案に惹かれていた。
 力があれば是非俺も成し遂げたかったこと。
 それを俺に手伝わせてくれる。

 ただ、今の俺の人生における優先順位で、最も高いのはカレンの存在だ。
 それを無視して物事は決められない。

「勿論だ。心ゆくまで考えてくれ。その上で志を共にしてくれるなら、言うことはないが」

 俺は頷き、アレスの部屋を後にする。




 アレスの話について考えながら部屋に戻ると、カレンがベッドに体育座りで待っていた。

「遅いぞ、エディ。アレスに何か怒られたのか?」

 遅いと言いながら、俺を心配してくれているところがカレンらしい。

「カレンは、俺がどんな立場になっても一緒にいてくれるか?」

 俺の質問に対し、俺を睨みつけるカレン。

「エディ。本気で聞いているんだったら怒るぞ」

 カレンの反応に、自然と俺は微笑んでしまう。

「そうだな。俺もカレンがどんな立場になってもずっと一緒にいたいと思うだろう。今の俺にとって一番大事なのは、カレン、君だ」

 俺の言葉にカレンも微笑む。

「エディよ。わざわざ言わせるな。私にとっても、この世で一番大事なのは、お前だ。エディがいない世界で生きる意義などない」

 カレンの言葉を聞き、俺の決意は固まった。

 俺は王になる。
 そして、魔族とも共生できる国を作る。
 生半可なことではないことは分かる。
 アレスの理想以上に厳しいだろう。
 でも俺はカレンと一緒にいたい。
 みんなに認められる形で、カレンと共に人生を過ごしたい。
 それがどんなに困難な道でも、挑戦する価値はある。

「それで結局、アレスからは何と言われたんだ?」

 カレンが俺を問いただす。

「内緒」

 そう答える俺をカレンが睨む。

「エディ。お前、いつから私にそんな態度を取れるようになった?」

 怒るカレンに、俺は笑って答える。

「一ヶ月半前、カレンの主人になった時からかな」

「契約の取り消しを求める」

「クーリングオフの期間は過ぎております」

「ク、クーリング……何だ?」

「内緒」

 そんなたわいもない会話をしながら、俺は今後のことについて戦略を練り始めていた。




 ……だが、その戦略は全くの無駄になった。
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