底辺奴隷の逆襲譚

ふみくん

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第一章 奴隷編

商人の奴隷⑤

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 薄暗闇の中、俺は両手首の痛みで目が覚める。

 痛みの元である手首の方に目をやると、両手とも鎖で固定されており、動かそうとしても動かすことができない。
 手首には鎖が食い込み、それが痛みの元となっているようだ。

 鎖で固定され、全体重を支える両手首は、千切れてしまうのではないかと思うほど痛い。
 痛みに慣れているはずの俺でも、耐えきれなくなりそうなほどの痛みだ。

 体を見下ろしてみると、俺は全裸になっていた。
 足首も鎖で固定されており、磔状態だった。

 まだボーッとする頭で考えてみる。

 記憶は依頼主に出された食事を食べたところで止まっている。
 おそらく食事に睡眠薬のようなものを盛られたのだろう。
 迂闊な自分に反吐がでる。

 どうにか脱出できないか試行錯誤するが、両手両足を鎖で固定された状態では、何も打つ手がない。
 ジタバタしているうちに、部屋の扉が開く。

「お目覚めかな?」

 俺に睡眠薬を盛った、依頼主の男が顔を出す。
 薄暗闇の中に浮かぶ男の顔には、下卑た笑みが浮かんでいる。
 こんな男に、気品のようなものを感じた自分が、恥ずかしくなる。

「……おかげさまで」

 俺は皮肉を言いながら、依頼主を睨みつける。

「君が急に眠りについたものだから、この部屋に運ばせてもらった。この部屋は気に入ってもらえたかな?」

 俺は部屋を見渡す。

 石で囲まれた牢獄のような部屋。

 これまで見たこともないような様々な刃物。
 棘のついた鞭。
 鉤爪のような道具。
 針のついた椅子。
 水溜りの上に吊るされた椅子。

 その他、見たことも聞いたこともないような道具が無数にあった。

「大変良い趣味をお持ちのようですね」

 俺は嫌味の言葉を依頼主の男にぶつける。
 依頼主の男は、先ほど一瞬だけ見せた下卑た笑みを隠すことなく浮かべる。

「ありがとう。なかなか私の趣味を理解してくれる者がいなくて困っていたのだよ。君は理解してくれそうでよかった」

 俺は依頼主の男を睨みつける目に力を込める。

「ただ、残念なことに、俺が死んだり使い物にならなくなったりしたら、俺の主人が悲しみます。だからあなたの趣味にお付き合いするのは難しいかと」

 俺の言葉を聞いた依頼主の男は、下卑た笑いをますます歪める。

「その点は安心してくれたまえ。できるだけ壊れないように遊ぶから。まあ、もし壊れてしまっても、五倍の金額を支払えば許してもらえる契約になっている。そしてその程度の金、私にとっては痛くも痒くも無い」

 依頼主の男は喋りながら拷問道具を物色し始める。

「せっかくこうやってコレクションしても、使う機会がなくてね。彼女には定期的に君のようなパートナーを用意してもらっているんだ」

 依頼主の男は鉤爪のような道具を手に取り、じっくりと見た後、これは違うかな、という表情を浮かべ、元に戻す。

「ただ、誤解しないで欲しいのは、私の目的は君を壊すことでは無い。これらの道具の性能を試すことだ。使えば確実に相手が壊れることが分かっているものは使わない」

 依頼主の男は内側に鋭い針のついた、半開きの長靴のようなものを手に取る。

「もっとも、これまでのパートナーで、最後まで耐え抜いたものはいないが。ほとんどが一日もしないうちに体か心のどちらかを壊してしまってね……」

 男はこちらに歩み寄り、相変わらずの下卑た笑いを浮かべながら、足の鎖を外す。
 自由になった足でなんとかしようとするが、しびれ薬も一緒に混ぜられていたのか、思うように動かない。
 男は、なんの抵抗もできない俺の足に、鋭い針のついた長靴のようなものを開いたまま当てる。

「君には一週間、ちゃんと壊れずにいてもらいたいものだ。みんなすぐ壊れてしまうから。色々な道具を試したいから頑張ってくれたまえ。もし最後まで壊れずにいられたらボーナスをあげよう」

 依頼主の男が半開きの長靴のようなものを閉じると、鋭いはりが俺の足に突き刺さる。

 ジリジリ、ジリジリと長靴のようなものを締め付けるのに合わせて、俺の足に刺さる針もドンドン食い込んでくる。

「ぐ……」

 痛みには慣れているはずの俺が、思わず呻き声をあげるほどの痛みが足を襲う。

「いやぁ、いいね! 前回試した相手は、すぐに泣き叫んで失神したから、この道具の限界が分からなかったんだ。君はいいサンプルになる」

 ハイテンションになった男は、さらに長靴のような拷問具の締め付けを強める。
 あまりの痛みに気が飛びそうになるが、何とか堪える。

 数分か数十分か、どれだけの時間が経ったか分からないが、気付くと依頼主の男は、俺の足から長靴のような拷問具を外している。
 俺の足は穴だらけで、大量の血が流れていた。

 依頼主の男は嬉々とした表情で俺を見る。

「最高だね、君は。この道具を使って呻き声を少しあげるだけで済むとは。まだまだ試したい道具があるから、ぜひ頑張ってくれ!」

 依頼主の男はそう言うと、たくさんの道具の中から、俺に試す道具を探している。

 俺は何とか逃げ出せないか、鎖に縛られた手に力を入れてみる。
 だが、当然ながら、鉄でできた鎖を手でちぎることなどできない。

 俺は絶望に包まれる。

 一つ目の道具は何とか耐えたが、こんなことが一週間も続けば耐えられるわけがない。
 奇跡的に肉体が耐えられたとしても、精神が持たない。

 依頼主の男は、下卑た笑みを浮かべながら俺の方に歩いてくる。
 手には次の道具らしい、使い道もよく分からない鉄の道具を持っている。

 何らかの自白をさせる為の拷問なら、まだ耐えられるかもしれない。
 何かを守るという意思も持てるし、どこかで相手が諦めるかもしれないという希望もあるからだ。

 だが、拷問そのものが目的である今回は、一週間耐える以外に解放される道がない。
 無事でいられるかどうかは、この依頼主の男のさじ加減一つだ。

 これまで何度も拷問を繰り返し、そして多くの人間を壊してきたと思われるこの男に、配慮は期待できないだろう。

「これはね、さっきの道具と似た原理なんだが、関節を締め上げることでね……」

 勝手に説明を始める依頼主の男の言葉を、俺は耳に入れないようにする。
 これから行われることを聞いてしまうと、恐怖で心が折れてしまうかもしれない。

 俺は無心で痛みだけに耐えることで、この危機を乗り越えることにした。
 たとえ限りなくゼロに近い可能性でも、諦めるわけにはいかない。

 二人の母親のため。
 ミホのため。

 俺は必ずこの危機を乗り越えてみせる。
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