底辺奴隷の逆襲譚

ふみくん

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第一章 奴隷編

商人の奴隷①

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 次の瞬間、目を開いた俺は、身に覚えのない体の痛みを感じていた。

 身体中が擦り傷だらけでヒリヒリ痛む。
 腕や脚も打撲だらけで、鈍く痛む。
 怪我が熱を持っているのか、全身が熱い。

 痛みから察するに、とりあえず骨が折れたりはしていないと思う。
 怪我に慣れているので、経験上、大体分かるから、まず間違いないだろう。
 それでも、軽傷とは言い難い怪我を、俺の体が負っているのは間違いない。

 そんな俺の体は、硬いベッドの上にあるようだった。
 ベッドとは言っても、マットレスのようなものはなく、木の板の上にボロボロの薄い布を敷いただけのもののようだ。
 いくら貧しい俺の家でも、ここまで酷くはない。
 普通の布団に、シーツくらいはある。

 硬過ぎるベッドが、さらに体の痛みを助長していた。

 ーーどこだここは?

 目に映る天井には見覚えがない。

 ここが異世界なのだろうか?
 この体の怪我は、異世界へ移った際にできたものだろうか?

 自分が置かれた状況の手がかりを探るため、痛む体を動かし、まずは辺りを探ることにした。

 幸いになことに、体を動かすのには支障がないようだった。
 身に覚えのない怪我で動くことすらできないという、最悪の事態ではなさそうだ。

 俺は自分の置かれた状況を把握すべく、まず視線を右にズラす。
 するとそこには、俺を心配そうに見つめる女性の姿があった。

 年齢は二十代後半くらいだろうか?
 酷くみすぼらしい格好をしているが、顔立ちはとても整っていた。

 俺はその女性の姿を見た瞬間つぶやいていた。

「母さん……」

 俺は自分の言葉に戸惑う。

 この女性は俺の母親とは似ても似つかない。

 息子の俺が言うのもなんだが、俺の母親も美人の部類ではあった。

 だが、顔立ちは大きく異なる。
 そもそもこの女性は明らかに日本人とは思えない容姿をしている。
 母親が黒髪黒目だったのに対し、俺を見つめるこの女性は、青髪に青い瞳だ。

 服装も、大昔の物乞いのようにボロボロの布を纏っただけである。
 いくら貧しいとはいえ、俺の母親はここまでみすぼらしい格好はしない。
 そもそも現代日本で、こんな格好をして暮らすことなどあり得ない。

 だが、同時にこの女性が本当に自分の母親だということが分かった。

 経験したことのないはずの記憶が、俺の脳にしっかりと刻まれていたからだ。
 間違いなく日本語や英語ではないはずのこの女性の言葉が分かるのも、記憶のおかげだ。

 別人の記憶。
 だが、一方でそれが、この体に刻まれた記憶だということも分かる。

 貧しい暮らしの中でも、俺のことを最優先で考えるこの女性。
 病弱な体にも関わらず、俺のために必死で働く女性。
 どんなに辛い状況でも、俺に対しては笑顔を絶やすことない女性。

 俺はこの女性が好きで好きで仕方なかった。
 この女性の生活を楽にすることが、この体に宿る、もう一人の記憶における、人生の目的だった。

 女性が泣きそうな声で俺に言う。

「目を覚ましてくれてよかった……あなたに何かあったら、私は生きていけないのよ」

 女性はそう言って、俺の頭を撫でる。
 俺は頭を撫でられながら、二人分の自分の記憶を探る。

 つい先程まで、俺は真っ白な部屋にいたはずだった。
 女神のような格好をした女性に、無理矢理変な空間に転移させられ、そこで光に包まれたはずだ。

 だが、それと同時にこの女性との記憶もしっかりと覚えている。

 俺は、この女性を腕尽くで自分の物にしようとする酔っ払い三人相手に戦いを挑み、ボロボロになるまで殴られた。
 結果的に、俺が死にかけたおかげで、怖くなった男三人は逃げ出し、この女性と俺は解放されたのだった。

「平民の方に楯突くなんて……そんなことしたら、殺されたって文句言えないのよ」

 今の俺は十二歳。
 身分は奴隷。
 人権を持たない最底辺の人間。
 いや、人間とすら呼ばれない存在。
 それが俺だった。

 俺の中に宿るもう一つの記憶がそう告げる。

 そこで俺は、女神の格好をした金髪の女性が、異世界に転生させると言っていたときのことを思い出す。
 他人の存在を消し、その人間に転生させると金髪の女性は言っていた。
 元の世界の地位が異世界でも反映されるとも。

 俄かには信じがたいことではあるが、現実として俺は今ここにいて、別人の記憶を有している。
 夢オチということも可能性としてはなくもないが、この身体中の痛みが夢のものとは思えない。
 そうすると、俺としては、やはり異世界に来たものとして行動するしかない。

 そんな前提の中、俺は今の自分について考察する。

 元の世界で貧しい母子家庭だった俺の転生先での身分は、奴隷が相応しいということか。
 あまりにふざけたやり口に、俺の心は怒りで満たされそうになる。

 だが、そうなる前に俺は大事なことを思い出していた。

 ーーミホはどうなった?

 俺は痛む身体に鞭打ち、何とか立ち上がろうとする。

「エディ、まだ無理しなくていいのよ」

 女性……いや、もともとのこの体の持ち主の記憶に従い母さんと呼ぼう。
 母さんは俺に微笑みかけ、優しいトーンでいたわりの声をかける。

 俺の元々の母親も、優しかったが、こちらの母さんも同じだった。
 借り物の記憶がそう感じさているのか、それとも俺自身の気持ちがそう感じているのかは分からないが。

 部屋を見渡してみるが、ミホの姿は見えない。

 母さん以外で、守りたいと思える初めての人に出会えたのに。
 生まれて初めて心に安らぎを与えてくれた、大事な存在に出会えたのに。

 その存在はここにはない。

 他のメンバーの姿も見えないから、別々に転生したのだろう。

 ーー別々の身分の人間になる以上、同じ場所にいないのは当然か……

 理屈は分かるが納得はできない。
 一刻も早くミホに会いたい。
 会って無事を確認したい。

 そうなると、当面の俺のやるべきことはミホを探すことだろう。

 そう考えたところで、俺はこの身体に宿る記憶を掘り起こし、この先の活動の困難さに、頭を抱えたくなる。

 俺の立場は奴隷。
 自分の行動を自分でどうにかする権利はない。

 奴隷は奴隷になる際、主人との間に契約の魔法をその身に刻まれる。
 主人の命令には絶対服従しなければならず、逃げることもできない。

 ミホを探し出し、守るどころか、自分の身すら思う通りにできない。
 ましてや、女神の格好をした悪魔のような女に指示された通りに、世界を救うことなんて、できるはずもない。

 奴隷はその全てが生まれつき奴隷なわけではなく、借金のために奴隷に陥ることがある。
 俺の家がまさにそのパターンだ。

 その場合は、元々の借金の額に利子を加えた金額に相当する労働を行えば、奴隷の身分から解放されると、体の記憶が俺に教えてくれる。
 死ぬまで奴隷ではないというのがせめてもの救いだ。

 俺たちの家の借金は、普通の大人の労働換算で残り三年分ほどのはずだ。

 俺は子供ということで、労働は軽減されていたが、その代わりに大人の半分でカウントされていた。

 このまま二人で普通に働けば、俺の労働分をあわせてあと二年で解放されることになる。

 だが、厳しい労働を行えば、その分、労働期間は短縮される。

 一刻も早くミホを探すため、そしてこちらの世界の母さんを楽に生活させるため、まずは早急に奴隷から解放されるのが必須要件だろう。

 幸いなことに、この世界の知識は、体が記憶として覚えている。
 その記憶を頼りに、奴隷から抜け出す方法を俺は考えることにした。
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