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第5章

2 獣人

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 「占い師?水晶玉覗いたり、手相を見たりするあれ?」
 雪はナイトメアの首にかかっているルーペを見た。あれを使うのかと思いまじまじと見つめた。 
 「夢占じゃ。夢の内容により善か悪かを占う」
 「善か悪…?」
 「王にとって必要か不要か。あれのご機嫌とりみたいなクソ仕事だ」
 ナイトメアは雪の視線から避けるように体の向きを変えた。
 「ご機嫌とり用の占いなんてインチキじゃない」
 雪も占いは信用していない。朝の情報番組のワンコーナーで、たまたま見かけただけの運勢に、1日を振り回されたくないからだ。
 「儂は見たままを言うから、嘘偽りがない。悪夢だろうがお構いなしだ。王の意向に反してるだのクレームをつけられて、すぐに追い出されたわ」
 「太鼓持ちも、ごますりもしなさそうだものね」
 雪は、ナイトメアを横目で追った。上司に流されない姿勢は讃えたい。私だったら、言葉を濁してしまうかもしれない。そういう考えもありますよね、とか。
 「あんな奴にぺこぺこ諂って何の足しになる」
 「正論だけどね。でも、時に正論は通じないのよ」
 「それはお前の弱さだ。一緒にするな」
 「あっそう」
 一般論よ。皆が皆、あんたみたいな態度を取れると思ったら大間違いよ!と、言いたかったがやめた。論争する相手をナイトメアにするのは馬鹿げている。
 「ふん。お前こそ何だ。きらびやかに着飾って悦に入りたかっただけか。元の世界でもこちらでも報われなかったことを儂らに当たり散らしてるのか?」
 ナイトメアは雪の心の中を覗き、呆れた声を上げた。
 「っち、違う!」
 雪は忘れかけていた感情をほじくり返されて、一気に顔が赤くなった。
 「お前には影付きという仕事があるではないか」
 「そんなの私が望んだわけじゃない!あんた達が、勝手に決めつけたことでしょう!」
 「儂が決めたわけではないわ。
 だいたい己れを悲観する割には特に何をするわけでもないのな。そのくせ、他人にばかり気を取られて命がけで守ろうとしている。何故じゃ?それに何の意味があるというんだ。ただの自己満足だろう。
 他人に尽くすことでお前の評価が上がるとでも考えているのか?
 儂にはお前が何をしたいのかさっぱり理解出来んわ」
 ナイトメアは理解不能と両手を上げた。
 「…少なくともこれ以上は悪くならないと思う。
 それに自分の評価を気にして行動しているわけじゃないわよ。努力だってしてる。気持ちと体が動いたら、そうそう止まるものじゃない」
 雪はナイトメアに言い負かされないように必死に答えた。自分の評価を気にしないわけではないが、ゼロとは言えなかった。未だに私は自分が可哀想だと思っているのだと思う。恥ずかしいけれど本音かもしれない。自分の身を挺してマリーの禁呪を解いたら、私の評価は上がるかも!って、どこかで期待している。
 「ふん。物は言いようだな。しかし本音はどうだ。死は恐ろしくないか?」
 私はマリーにかけられた禁呪を解きたい。リュリュトゥルテが咲くことで呪いが解けるなら、最後まで見守りたい。

 でも、本音は?

 「………………………………………………死、、に、たくない」
 雪は消え入りそうな声を振り絞った。
 ナイトメアに言われるまでもない。死を恐れない人などいない!
 真下から突き上げてくるような縦揺れが、今や全身に回って来ていた。血管が破裂して呼吸が荒くなる。神経の麻痺で指先さえ、思うように動かない。
 「その痛み辛かろう?儂に託せばすべてから解放されるぞ。痛みからも、しがらみからも。すべてを解放して、お前は一からやり直す事ができるのだ」
 何度もなぞらえるセリフ。言い手が変わるだけでニュアンスも変わって聞こえる。変わらないのは、記憶を奪われるということだ。
 「…私を得ることで、あんたのメリットは何?王様みたいに国の発展とか、名声を上げるとかには興味ないでしょう?」
 「そんなものに興味はない。儂の願いは1つだ。体を取り戻し、ヴァリウスを玉座から引きずり落とす」
 「それは2つじゃない。それに体なら…」
 「今はまだ容れ物に過ぎない。形を為しても中身がなければ浮遊物のままだ」
 今と変わらんと不満気な声を出した。
 体のパーツは、さっきよりも鮮明浮き出ていた。
 骨格も体のラインもはっきりと見える。
 「王様がいなくなったら、国は荒れるわよ。秩序が保たれなくなって暴動やテロ、もしかしたら戦争だって起こるかもしれない!」
 「あんな王などいない方がマシだ。国民だって馬鹿ではない。むしろ王がいない方が秩序は維持される。そこに住む者ほど、国を豊かにする術を知っているからな。上から見下ろしているばかりの奴が何を知っているというのか」
 「それはそうだけど…」
 「お前が言う、“人間の尊厳と自由を踏み躙らせてはならない”とやらを実行させてもらうぞ」
 「それこそ、物は言いようだわ。こ、殺さずに済む方法はないの?」
 死にまつわる言葉は口に出すのも嫌だ。胸がざわついてきそうで気が気じゃない。
 「直接手をかけなくても、打ち所が悪ければ死に至ることもある。それはそれで奴の天命かもしれんが、儂の気が収まらん。心の臓に刃を突き立てることが、無惨に殺されていった獣人たちのはなむけだ」
 「あんたが王を狙う理由はそれ?獣人を殺された復讐…ってこと?」
 意外なエピソードに雪は目を丸くした。
 「そうじゃ。特殊能力を買われて城に奉仕に行っても、ろくに食事も休みも与えられず無給で働き続けるのだ。しかも奴は気が変わるのが早くてな。一年に一度、城中の獣人を集めて一掃するのだ。一人残らず。己れの手で。自ら先導に立つのだ」
 「…殺すってこと?」
 「そうじゃ。儂の使い魔もやられた。毛を毟られ腹を裂かれた」
 「…酷い。そんなこと本気でやっているの?一国の王様が?」
 「ああ。奴は獣人の核が狙いだ」
 「獣人の…核?」
 「体質維持装置とも言う。獣人は4パターンあると言われている。先天性、転化、変化、転身」
 「?」
 「生まれた時から獣の姿か、成長過程の中での転化、年老いてからの変化、あるいは獣から人間になる転身。ニルクーバの王子はどれだ?」
 「確か7歳の時にって言ってたから、転化?」
 「だな。王子として生まれても、獣に堕ちるとは。人生などどうなるかなんてわからないものだな」
 皮肉なものよとナイトメアは笑った。
 「ご先祖や親類に獣人はいないって言ってたけど、どうしてそうなったの?」
 「獣人は突然変異だ。未だに解明できてない。母親の腹の中で寄生されたとか、獣と交わったとか説は色々あるが、個体それぞれに特殊能力が身につくことは説明がつかない」
 「…特殊能力。ディルさんは人の心の声を聞けて、レアシスさんは遠く離れた場所の物も見える。オッドアイで目の色が左右で違った」
 「飛ばし目か。猫の目とも言うな」
 「…あんたの使い魔は?」
 「あれは特になかった」
 「獣人なんでしょう?個体それぞれに特殊能力があるって…」
 「あれは獣の姿のままだった。人語を理解し、話すことぐらいか。出来損ないだ」
 「出来損ないだなんて、…どんな姿だったの?」
 「猫だ。赤と白い長い毛で、金眼の。世話好きで口喧しい奴だ」
 昔を思い出したかのように、ナイトメアは柔らかな口調で話した。
 目元が優しくなっている。よっぽど大事にしていたんだとわかる。
 雪も不意に口元が緩んだ。
 「可愛いがってたんだね」
 「可愛いがる?冗談じゃない。
 皿やカップを割るわ、大事な書物を食い散らかすわ、シーツもベッドもボロボロにされて、何度床に寝たことか。しかも何もしないくせに大食らいだ。メシ代が儂より高くつく」
 まだあるぞと指折り数え出すが、文句を言う割には表情は穏やかだ。初めて見る表情だ。
 「そういうの全部ひっくるめて可愛いっていうんだよ。あんたの顔がそう言ってるよ」
 ナイトメアは指摘をされて、黙りついた。納得はしたくないようだが、大事にしていたことはこれ以上聞かなくてもわかる。
 「ふん。まあいい」
 照れているのか。語尾のアクセントがぶっきらぼうだ。いつもはもっと嫌味っぽい。
 「…話を戻すぞ。ヴァリウスは死んだ獣人の核を集めて、新たな獣人を作ろうとしている」
 「獣人を作る?突然変異なんでしょう?」
 異様な発言に背筋がゾワっとした。
 「特殊能力はピンからキリまである。奴にとって必要なものにしかいらないのさ。自分の手足になる絶対的に服従、支配できるもの以外はな。どんなに獣人が生まれても奴の役に立たなければ意味がない」
 「獣人をなんだと思ってるのよ!好きで獣人として生まれたわけじゃないでしょう!」
 「好きで生まれたわけではなくとも、獣人として生きていくには王の許可がいる」
 「は?許可?何、何様のつもり?」
 「獣人の中には、人間を欺く者もいる。そういう者は矯正と教育が必要だ。人間社会において不純物が生きていくには審判が必要不可欠だ。お前の世界でもそうなのではないか?」
 「…」
 「獣人でなくても悪人は数多いるが、ここの社会では人間の方が上なのだ。王の管理下におかれ教育を受け、人間に従順な獣人を育てる。それがこの国のやり方だ」
 「…酷すぎる。誰もが望んでい獣人になったわけじゃないのに。王の為に生かされるなんて。そんなのってないよ…!獣人だって人間じゃない!生きていくのに王の許可なんていらないんだよ!人をなんだと思っているのよ!!」
 「中には王に気に入られた獣人もいる。粛清を免れて生きているのもいるぞ」
 「その差はなんなの」
 「能力の違いはもとより、王に対する従順な姿勢、絶対服従を誓い自ら核を渡す者もいる。安穏な生活を引き換えにプライドを捨てたんだ」
 「生きていく為に?」
 「為に、だ」
 「自分の自由を捨てた」
 「そうだ」
 「その人たちは幸せなのかな?」
 「さあな。生きることを最優先にしたんだ。少なくとも後悔はないだろうな。後悔などしていたら核を渡すことなどしない。核は第2の心臓だ。常に自分の命はヴァリウスの手の中にある。生かされてると言った方が正しいな」
 「そんな危ない状態に自ら赴くってどんな気持ちなんだろう」
 「隙あらば寝首をかこうとしていたりな。ヒヒヒ」
 「笑い事じゃない」
 雪はナイトメアを睨んだ。でもそうあるべきだと思う。自由は誰にだってあっていいはずだ。
 「獣人の気持ちは獣人にしかわからん。…どのみち審判を受けない者は、野良となり長くは生きられない。育てる自信がなく幼い子を山に捨てて行く親もいる。そんなのに比べたら、まだ王の管理下におかれた方がマシだと考える者もいる。少なくとも1年は生きていられるからな。それに比べ、ニルクーバの王子は幸せだな。父王から甲斐甲斐しく世話をされて、仕事まで就けた」
 「受け入れるまでは、かなり時間がかかったって」
 ディルの顔を思い浮かべた。明るい性格の裏に隠された過去。吹っ切れたと笑って話してくれたけど、未だ深い闇があるはずだ。
 「それはそうだろうな。獣人は忌み嫌われる存在だ。仕事に就けたとはいえ、一度抹消された戸籍は元には戻らないからな。ニルクーバの名は二度と名乗れない」
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