大人のためのファンタジア

深水 酉

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第4章

49 親離れ子離れ

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 いつまでも悩んでいたって答えは出ない時はどうしたらいいか。
 人間のように暴飲暴食はできない体だ。ただ体の中を通り過ぎていくだけの過程を待つのは馬鹿すぎる。かと言って自棄やけになって暴れるのは気が引ける。おのが身から出た私怨で村を巻き込むのはこれ以上避けたい(もうやってる)
 そんなことをする前に、いい加減、オレが放出した妬み嫉みの靄の塊を回収すべきだ。
 キハラは泳ぎながらつらつらと思い悩んでいた。広大な森の中をぐるりと流れる川を端から端まで行く勢いだ。ただ、キハラとて面倒くさいことはやらない。途中で引き返すのがほとんどだ。せいぜい門所を出て次の村に着く辺りまでなら行くこともある。
 その先は、いくつかの村を過ぎればキアが行こうとしているザザに行き着く。
 「泳げばあっという間だが、人間の足ならだいぶ遠いな…」
 キハラは旅の道中を気にし出した。
 ムジがいるからそう問題はなさそうだが。馬車を使うだろうから、さほど疲れはしないだろう。ただ揺れで酔うこともあるだろう。荷物が増えれば歩くこともあるだろう。体力がないからすぐに疲れてしまうだろう。替えの服と靴と薬と、足を挫くこともあるから包帯も用意しといた方がいいだろう。天候も気にかけておいた方がいい。秋とはいえ日差しが強ければ日避けも必要だ。長くいるなら防寒着も持たせた方がいい。水仕事をするなら手荒れの薬も必要だ。あいつは簡単に他人に貸したりくれたりするから余分に持たせた方がいい。腹が空いたら軽く食える物もあった方がいい。軽くて持ち運びが良くて栄養価の高い物だ。寂しくならないように御守りでもあった方がいいな。ウルの鱗でも剥がすか。ナユタの飯とナノハの香りとアンジェの薬。あとは、魔除けとしてオレの湖の水を持たすか。飲み水にもなるし結界にもなる。
 「あとは…」
 不備がないようにしっかりと見積もらないと。
 「いつまで経っても手のかかるやつだからな」
 オレがいないと何もできない子どものままだ。
 オレを頼りにしてほしい。いつまでもそうであってほしい。離れていてもオレが必要だと思ってほしい。その反対にオレもあいつ無しでは生きられないということか。
 「へぇ、主神ぬしがみでもそんな顔するんだね。意外」
 水面から声がした。揶揄しているような半笑い気味な声だ。キハラはムッとして勢いよく顔を出した。
 「わあ!びっくりしたあ」
 水飛沫を上げてキハラは現れた。そこにはサディカがいた。飛沫が服にかかったようで払いのける仕草をした。実際には体は透けていて水に濡れるはずはない。
 「なんだ。お前か。まだいたのか」
 キハラは怪訝な顔つきでサディカを見下ろした。
 「自分のことは放っておいてくれというから今まで構わずにいたが、今更何の用だ」
 「ずいぶんなご挨拶だね。あの子にはあんなに優しいのに」
 「…可愛げのないやつをそう相手にもしてられるか」
 「ふふ。あの子は可愛いんだね」
 「グ…」
 サディカの口車に乗って図星をつかれた。黙り込むキハラをサディカは笑い飛ばした。
 「ふあはは!全く、可愛いひとだなあ。あなたも!」
 「…だまれ」
 いつになく感高く感情を露わにするサディカに、キハラは面を食らって口篭ってしまった。
 「ふふふ。最後にちゃんと話がしたかったんだ。何も言わずに消えるのはどうかなと思っていたんだ。一応、この村にずっといさせてくれたんだしね。世話になりましたね。ありがとう」
 サディカは深々く頭を下げる。
 「…礼を言う相手はオレだけか。他にも」
 いるんじゃないかと探りを入れてみた。だが、答えは淡々としたものだった。
 「特にいないよ。もうみんな私のことなんて忘れているだろうからね」
 言い得て妙。サディカを知る人はそう多くはいない。
 「ババアには会わんのか」
 「ふふふ。相変わらず口が悪いね。その予定はないよ」
 「そうかよ」
 キハラもぶっきらぼうに返した。キアのように背中を押すなんてことはしない。好きにしたらいい。
 「なら、なぜまだいるんだ」
 まだ何か未練があるのか?
 キハラは首を傾げる。
 「未練なんてないさ。ただちゃんと見届けたいだけ」
 諸悪の根源がいなくなるさまを。完全にこの村からいなくなるさまを。
 「あの子のためにもさ」
 「お前の私怨であいつ巻き込むな」
 口にして改めて己れの身を恥じた。同じことをしていると。
 キハラは首を曲げてサディカに気づかれないよう深いため息をついた。表情もあっという間に青ざめていく。
 「用が済んだなら去れ…」
 先ほどとは打って変わり、覇気のない声でサディカを追い払った。
 はいはいじゃあねと手を振るサディカはキハラの様子に気づいたようでむふふと笑った。
 キハラを中心にまた黒い靄が発生していた。

 「もうすぐだよ」
 靄を覆い尽くす星が来る。
 夜明けを引き止めるあの子が来る。
 「寂しくなんかないだろう」
 これから起こる事象をわかっているかのように、サディカは少し羨ましそうに笑った。
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