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第4章

48 キアとキハラ

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 嫌な風だ。
 吹き荒れる風は己が身でさえ黙って立っていたら体が持っていかれそうになる。水面が揺れ動く。雲が多いせいか空が濁って見える。日はとっくに落ちているのに夜になりきれていない。歪な夜だ。
 日々平穏な暮らしを望むばかりに、不穏な気持ちを森に持ち込まないよう常々努めてきたのに、言い出しっぺのオレがこんな気分になるとは。まさかこんな目に遭うとは誰も思いもしないだろう。
 キハラは水面から顔を出し、森中を覆うように発生したドス黒い靄に頭を悩ませた。
 今までは村人の諍いも旅人が持ち込む面倒ごとも、住人が騒ぐ割にはいつも大したことはなく、事なきを得ていた。何とも思わなかった。
 なのに、あいつキアのことになるといつも感情のコントロールがうまくいかなくなる。嫉妬心が疼く。
 オレ以外のヤツを尊重したり、大事にしたり、手間暇かけて慈しむ。オレだけのつがいがオレ以外を見つめている。言う事をきかなくなる。我儘になる。視野を広げていく。独り立ちしようとする。親なら寂しくとも成長を見守るのだろう。独り立ちを理解し、甲斐甲斐しく世話を焼くのだろう。
 親ではないオレは何をしたらいい。成長するのはいいことだが、傍を離れていくのをただ黙って見ているのか。無理矢理にでも捕まえて二度と離れない
よう水底にでも閉じ込めておくべきか。
 そうしたら二度とオレに話しかけてくることはないだろう。毎日飽きもせずにオレの元に通い、挨拶を交わし、一日の出来事を話し、悩んだり落ち込んだり、稀に愚痴ったり。泣いて笑って、たまに歌ったり、踊ったりもさすがにしなくなるだろう。湖畔に咲く花を愛でたり、ウルに会いに来ることもしなくなるのだろう(これは別にいいか)
 当たり前にあった日常は送れなくなるに違いない。ウルは泣くな。オレはどうか。泣き乱れて荒れ狂うのかもな。
 それでも、あいつはオレの元から離れて行くのか?これを盾に考え直さないかと迫るのはだいぶかっこ悪いな。そう易々と手放せない場合はどうしたらいいか。
 こんな感情は何というのだろう。自分らしくない女々しさをあいつは呆れるだろう。
 「…」
キハラはまた静かに水面の下に沈んでいった。

 
 外に出ると辺りはすっかりと夜になっていた。星も月もない暗い空に冷たい風が吹き荒れていた。
 キアはぶるっと体を震わせ、声の鳴る方へ歩き出した。雨は止んでいたが気温はだいぶ下がっていた。 
 暖炉の前で温まった体はじわじわと熱を放出し、すぐに冷え固まった。吹き荒ぶ風が寒さを助長してくる。吐く息は白く、寒さを誇張していた。
 「…キハラ」
 今どうしてる?
 自分勝手な我儘を振り翳してしまったことを呆れているだろうか。
 キアは夜空を見上げて息を吐いた。白い息は夜風に混じり合い、すぐに溶けた。
 あんなに怒らせてしまったことをまずは謝ろう。自分を知ることよりも、まず、自分を信頼してくれるひとたちの理解を得なければどこにも行けないのだということを自覚しよう。
 私がここにいるのはすべてキハラのおかげなのだから。まずはそこ。話し合い。
 お互いが納得のいく方法をとりたい。ただ離れるわけじゃない。離れたくない。それは今もそう思う。でもこのままにはできない。誰も傷つけたくない。
 キアは今一度意を決し、また一歩先に進んだ。
 「…キハラ」
 夜目に慣れて来た。明かりもない森の中でもまっすぐに歩けた。吹き荒れた風の中でも、キハラの気配を辿る。ただ、真っ直ぐにキハラの元へ。

 話したいことがたくさんあるよ。
 聞いてくれる?
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