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第4章
45 ついでに
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「どうしてシャドウさんが?」
こんな話に助け舟を出してくれるのかとキアは不思議そうに首を傾げた。こんな思い切り私情が入ったお願いなどトラブルの元になりかねない。関わりたくないとそっぽを向かれてもおかしくないのに。
「そうだよ、何でシャドウがそんなこと言うんだよ。この子は雪じゃないぞ!」
「何だ急に」
何の前触れもなく雪の名前を出したディルに、シャドウの表情は曇った。当たり前だろうと冷たく一瞥した。「雪」と名指しをされて、キアはまた首を傾げた。前にも聞いた事のある名だとぼんやりと頭の隅にある記憶を掘り返した。
「だって!急に優しすぎじゃないか!人探し手伝うなんて、そんなことしてる暇あったら雪を探しに行きなよ!そりゃぼくだってキアにはたくさん世話になったから、人探しだってなんだって手伝ってやりたいけどさ!!」
「さ?」
「…こんな体じゃ出て行かれないよ。絶対アンジェに止められる…」
ディルは興奮して前足をシャドウに振り上げた。が、すぐに下ろし、頭ごと床に伏せた。ディルは、シャドウと再会を果たした時に人間の姿に戻れた。蓄積されたストレスのひとつが解消され、本来の人間の姿になれたのだ。体の表面にいくつも傷痕が残り、自慢の銀髪はうねっていたが、久方ぶりの人間の姿に歓喜していた。…のも束の間、ブチ切れたキハラの威圧に負けてまた犬に逆戻りだ。こんな不安定な状況じゃ主治医が許してくれるはずがない。
「まあ、確かに。そうなるだろうな」
隣でロイはうんうんと頷く。アンジェが黙っているはずがない。
「誰がどうとか関係ないだろう。困っている人間が目の前にいて、手をこまねいてるのを黙って見過ごせなかっただけだ」
当たり前のことをさらりと言ってのけるシャドウにディルはさらにムッとした。
「だとしてもさあ」
まだ何か言いたそうに頬を膨らませているディルを尻目に、シャドウはキアを見た。
「どうせザザに戻る気でいたんだ。ついでと言えばついでだ」
「ついでとか言うなよ!ひとでなし!!」
「どうしたいんだお前は!」
ああ言えばこう言う二人の掛け合いにキアとロイの口元が緩んだ。兄弟のように戯れる二人に張り詰めていた空気がやや和らんだ。
「ああ、もうしつこい!」と絡んで来るディルを躱しながら、シャドウはちらとキアを見た。隣にいるロイと笑い合っていた。先ほどまで取り乱していた様子はないなと安堵した。
「ザザに総合案内所というところがある。そこの所長のドエドという男がいるから、人探しはそいつに頼むといい」
「わかりました。ドエドさんですね」
「情勢や噂話なんかは、ドエドの妻のマヌエラ…だったか。そっちが詳しい」
ドエドと比べておしゃべり好きな妻のマヌエラは、キャラのアクが強すぎて記憶にこびりついていた。ザザにいた頃は酒に絡まれることも多く、口に出すとどこからか湧いてきそうでなるべく出さないよう心がけていた。
「わかりました。ドエドさんとマヌエラさんですね。ザザに着いたら伺ってみます」
キアはまっすぐにシャドウを見つめ、深々と頭を下げた。
「…ああ」
シャドウもキアを見つめ軽く返事をした。
「どちらにしても、とりあえずこの話は保留だろう。ナノハが出て行ってしまったし、ナユタにもムジにも話さないと話を進められない」
ロイは淡々と答えた。同意を求めるようにキアの方に視線を逸らすとキアは窓の外を見ていた。
「キア?どうかしたか?」
「…ごめんなさい。私、ちょっと、」
キアはこちらを見向きもせず、窓の外だけに意識を持ってかれたままでいた。テーブルの足に蹴つまずいて端に置いていた本が床に落ち、ようやくこちらに視線を向けた。
「ああっ、ごめんなさい!」
慌てて掴み上げるもバラバラと綴じた紙がずれてしまった。どうやら修繕中の本のようだ。
「あっ、あっ、どうしよう」
焦れば焦るほど手つきが疎かになる。意識は本に向かうものの、気持ちは外に出ていた。窓の外をちらちらと見ていた。
「キア。落ち着け。何やってるんだ」
ロイは慌てふためくキアを珍しそうに眺めて、バラバラになった本のページを拾い集めた。料理や建具の作り方などが書かれていた。ナユタとナノハのメモ書きをまとめていたもののようだ。書き出したメモを後ほど清書して本に綴じる。清書を手伝ったことがあったと記憶していた。
「…ごめんロイさん。これお願いしてもいい?キハラが呼んでるから行くね!」
「お、おお」
拾い集めたメモをロイの手の中に押し込み、キアは外に飛び出した。風に押されてバタン!と大きな音を立てて扉が閉まった。
「何何?キハラの声とか何か聞こえたの?」
人間より聴覚に優れている獣人が二人いても、その声を聞きとったのは、キアだけだった。番たる所以か。
「……神に選ばれし者ということか」
シャドウは先ほどとは打って変わって態度を変えたキアを羨ましく思った。いつの時代も自分は選ばれないのだと昔を思い出してつぶやいた。
運の無さ。器の無さ。巡り合わせがいつも悪い。修行を疎かにしたことはない。多少寄り道はあっても、信仰心を曲げたことはなかったのに、オレは選ばれることはなかった。
「ああ、あのチビクソ神ね」
「おい!言葉が過ぎるぞ!!」
シャドウの表情の暗さにディルはぼやいた。シャドウが修行していたルオーゴ神殿の祀り神はレンガという。少年の姿で降りてきてはディルやマリーを虐めていた。
「シャドウにとっては神様でも、ぼくにとってはカミサマじゃないから」
何を言ってもいいんだと舌を突き出して浅く笑った。じゃあ何だとシャドウはせっつく。
「……んー、ライバルとか?」
ディルは神殿でレンガに攻撃を受けた事を未だに根に持っていた。
「罰当たりな事言うな!」
「アイツとは因縁があるの!」
シャドウが知らないだけ!と、ディルはぷいとそっぽを向いた。
「何だ何だ。ずいぶんとスケールのでかい話をしてるな。カミサマとも知り合いか」
流石だなと、ロイは半信半疑で二人の会話に聞いていた。
「オレは神殿の出だ。神官の修行も行っていた」
「へぇ。それはすごいな」
「途中でクビになったからすごいなんてことはない」
「それは…残念だな」
余計なことを言ってしまったとロイは口籠る。
「仕方がないことだ。オレが悪いんだ」
その仕草に気がつき、シャドウはロイの背を軽く叩いた。いつの間にか他人に過去を話せるようになっていた。何の感情を乗せずに淡々と話せていることに自分でも驚いていた。
「それにしても、あの子はひとりで行かせて大丈夫なのか?」
聞きたいことがまだあるのだがとシャドウはキアが出て行った扉を見る。神とはいえあんな乱心した姿を見た後では緊張が走る。
「むしろひとりの方がいいだろう。さっきはあんたがいたから、気に食わなかったんだろうし」
「は?」
「キハラはキアに危害を与えることはしないよ」
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