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第4章
43 最後のお願い(2)
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「キハラ!!」
姿を消したキハラを追うべき、キアは荒れ波にぶつかりながら叫んだ。
まだ話は終わってない。ここで終わりにはできない。諦めきれなかった。水をかこうにも勢いが強く、まともに立っていられなかった。足がもつれ顔に水をかぶる。いつもなら水中にいても体は濡れないのだが、今日は例外だ。水分を吸収した服は重く、体に張り付く。足を踏ん張るにも靴は流されてしまった。
「やめろ!」と誰かの強い静止があったにも関わらず、聞き耳をもたなかった。
「キハラお願い!!」
誰かのためじゃなく自分のためだけに動くのは初めてかもしれない。今だけ。今日だけでも話を聞いて欲しかった。明日になればもしかしたら話せなくなるかもしれない。
キアはよろめきそうな体を必死にこらえ、キハラが消えたあたりに向かって叫んだ。
「キハラ。お願い、話を聞いて…。ちゃんと聞いてもらえないと…」
許しを得ずに旅立つことになる。
さんざんお世話になっているのに挨拶すらできなくなる。それはいい傾向ではない。二度と戻ることも顔見せもできなくなる。そんな不義理なことはしたくない。
「…おねがいします…」
キアは何度も何度も頭を下げた。
荒波は意識があるようにゆらゆらと動く。キアを覆い被すように執拗に動く。頭を打ち、足を打ち、ついぞ顔をも的になる。意地の悪い波状攻撃。キハラも相当苛ついていた。自分を裏切ることなどあってはならない。番が仕事を放棄し、主人を軽んじることなど論外だ。
ここまで世話をしてやったのは誰だ。その恩を仇で返す気か?
水は湖底の藻のように手足に巻きつき、水流に乗ってキアの体を湖の中に引き摺り込んだ。声を上げる間もなく一瞬にして姿を消した。地上にいたロイ達は辺りをキョロキョロとした。獣人の能力を持ってでもキハラの動きを感知できなかった。
「!!」
いち早く飛び込んだのはシャドウだ。キアが水に飲まれるのに気づき、目で追い、体を投げ出していた。キアの腕を掴み、体を抱えた。大小様々な大きさの泡が二人を囲む。
「!!!!」
水中は恐ろしい程の透明度で大蛇が口を開けていた。今にも食いついてきそうな勢いだ。抵抗する手立てがない。
「…キハラ!」
キアは声を出すもブクブクと酸素が漏れるばかりだ。普段はできるキハラとの水中の会話機能は遮断されていた。キアは口元を覆いながらキハラを見つめ返した。それは「行かないで」と懇願している風に見えた。
腕を伸ばし、何とか距離を縮めようともがくキアをシャドウは必死に抱え込み、水面に出ようと水をかいた。あとちょっとで水面に手が届きそうな所で、体が持ち上げられたような感覚になった。咄嗟に視線を向けるとキハラの顔と体が直近にあり食いつかれそうな距離にあった。うねりを上げた水と一緒に地上に押し出された。
「ぐああっ!!」
シャドウは近くの木に背中から叩きつけられた。
その足元にキアが転がる。
「おい!早く離れろ!!」
必死の形相でロイとディルは二人に駆け寄ってきた。ディルはキアを抱き抱え、ロイはシャドウを肩に担ぎ、ひとまずここから離れるぞ!と声を掛け合い、村に向かって走り出した。
「虫の居どころが悪かったなんてレベルの話じゃないな…」
キハラの怒り狂う姿を間近で見させられ、ロイは身の毛を捩った。普段垣間見る温厚な姿とは雲泥の差だ。オレなど体が頑丈なだけのただの狼男などひとのみだろうな。気を緩めすぎているのも危ないんだなと認識させられた。心臓の音が強く跳ねる。
広場に程近く、かつ人気のない場所に四人は佇まった。ずぶ濡れな男女と獣人二人。一人は狼、もう一人は犬。
「んおっ!おまえディル!?また犬に戻ってるじゃないか!」
「…ハ、ハァハァ…しんど…」
キアを抱きかかえての全力ダッシュは病み上がりにはきつかったようだ。地面に体を投げ出し、息が上がっていた。
「いや、キアが重いとかじゃなくてね!そこは誤解のないようにね。…水に落ちると体力落ちるじゃん。服も水含むと結構重くなるし」
「確かに」
それでもここまでよく頑張ったなとロイは賞賛の声をかけた。
「それに…」
「それに?」
「キハラのあんな姿見たら腰抜けちゃって…ははは」
「…確かにな。あれは誰が見てもそうなる」
誰もが畏怖の念を持つ。荒ぶる神。神の怒りを買ったのは何だったんだ。
ロイはキアとシャドウを見比べた。順当にいけばこいつか?とロイはシャドウを見た。ディルの仲間とはいえ、最近はキアを何かと気にかけていた。キアも気にしている素振りを見せていた。二人の仲を勘繰ってキハラが暴走…?
ロイはシャドウに声をかける。木に寄りかかったまま肩で息をしていた。髪の毛が邪魔で表情が見えない。時折、背中を摩っていた。
「…痛むか?」
「あ、ああ…」
返事もままならないようだ。もしかして頭も打っているかもしれない。アンジェに診察を頼もうか。
「あんたはキアに近づき過ぎたんだよ。キハラが怒るのもわかるだろう」
「キ……ハ…?」
「この村の主神だ。湖の中で大蛇を見ただろう。そしてキアは番だ。この二人は切っても切れない関係だ。あんたが間に入っても無駄な話なんだよ」
「…何の話…だ」
ロイにあらぬ誤解をされていた。シャドウは声を振り絞ろうとするも頭に響いてうまく話せなくなっていた。ガンガンと頭の中で鐘が鳴る。
「…ちがう。悪いのは私。その人は関係ない」
キアはようやく口を開いた。先ほどから目は開いてはいたが、どこを見ているかわからない顔つきをしていた。
「キア」
ロイはホッとして胸を撫で下ろした。ショックで口がきけなくなってしまっていたら大変だと余計なことを先読んでいた。
「もう一度、会いに行く」
キアはふらりと立ち上がった。服の裾や髪の毛の先から水がぼたぼたと落ちた。
「待て待て待て!そんな体じゃ無理だ!!少し休んで、冷静にもっと考えろ」
「今じゃなきゃダメなの!」
「巻き込まれたこっちの身も考えろ!オレもディルも、こっちの兄さんもボロボロなんだぞ!」
今日のキアは変だ。こんなふうに取り乱すことなど珍しい。
「ディルは人間に戻ったのに、またすぐに犬になっちまった」
ロイはキアの腕を掴み、必死に宥めた。
泣いて落ち込むことはあっても、こんなふうに我儘に我を通そうとする姿は見たことがなかった。
パシャン!
しかし、茂みの奥で跳ねた水音に肩を震わせたのは見逃さなかった。
ビクッとした肩を支えながらロイはキアを家に戻るよう示唆した。
「ディル。動けるか?オレたちもここから離れよう」
ロイはシャドウに肩を貸し、体を支えながら歩き出した。
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