大人のためのファンタジア

深水 酉

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第3章

16 別れ目

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 「人の生き死にを左右する禁呪と言ったな?そんな話を聞いて俺がお前をやすやすと通すと思うか?」
 シャドウはナイトメアを睨みつけ、腰に提げていた棒刀に手をかけた。殺傷能力は低くともこの夢魔を蹴散らすぐらいはできる。
 「お前とやり合う気はない。そんな時間もないしな。娘が大事なら手間をかけさせるな」
 ナイトメアは雪を引き合いに出し、シャドウとの戦いをスルーした。余計な体力は使いたくないからだ。シャドウも怒り任せに暴れても何の意味をないことがわかっていたが棒刀の柄から手が離せなかった。もたもたしている場合ではないことも、とうに理解していたが、行き場のない怒りを放出したかった。
 
 「待て。記憶を封じるというのはチドリの、神殿のやり方と同じではないか?」
 シャドウはナイトメアの言葉の意味を不可解に思い、声を上げた。
 「同じなものか。儂はこの国がどうなろうと知ったこっちゃない。影付きの記憶と知識を頼りにしか生きながらえない国など、さっさと滅んでしまえばいい」
 ナイトメアは表情を変えずに淡々と話した。この国には何の期待も未練もないように見える。
 「あの卑しいヴァリウスが修める国だぞ。影付きを手に入れたらもう100年、奴の天下だ。今以上に国はさびれる一方だぞ」
 王の名を名指しにする時は口元がニヤリと横に広がった。
 「…随分とヴァリウス王を否定するんだな。確かに良い王とは言い難いが、何故そこまで憎む?」
 シャドウはナイトメアを見据えた。こいつは以前にも王の悪口を言っていたなと思い出した。
 「何故だと?」
 ナイトメアは怪訝な表情をした。見ればわかるだろうと表情で訴えていた。

 確かに、ヴァリウスは王としての資質があるとは疑わしい。
 性格の良し悪しも含め、年上、年下構わず部下には誰に対しても横柄な態度をとり、労いの言葉をかけてもらったことがあるのは近臣のごくわずかだ。
 興味のあること以外は無関心、無干渉。国政をいかにして回すのかプランは無いに等しい。前王のテレサと比べても無能な王だと言わざるを得ない。
 ただ、存在感のある男だった。ざわつく議会でも口を挟まずともなく、席に着いた途端に静まり返る。低音の声は広い講堂に響き渡った。奥行きのある声は心身に響き、体の自由さえ奪う。臓器を抉られるようだ。それぐらい迫力のある男だった。
 だが、存在感だけでは国は動かない。
 税収の増加、無駄使い、就業率の低下、意図のない政策に国民は戸惑うばかりだった。
 「憎むべき点など数え切れんほどあるだろう。強いて言うなら、何もしなかったことだな」
 「何も?」
 「国民が増税に嘆いても知らぬ存ぜぬ。国土が砂漠化しても碌な政策は打ち出さずに放置。
 獣人の扱いもぞんざいだったな。奴の城で下働きしている獣人の多くは賃金もなくタダ働きだった。過酷な重労働を課せられ、倒れていく者も少なくない。
 それでも、獣人は体も頑丈で知識も豊富だから、下手な人間よりは使い勝手がいい。使いたくなる気もわからないこともない。儂の使い魔もよくできた奴だったわ」
 「お前の使い魔?」
 シャドウは眉毛をぴくりと上げた。
 「…余計な話だ。忘れろ」
 ナイトメアはバツが悪そうにそっぽを向いた。
 「…随分と獣人の肩を持つな。そんなに頼もしい奴だったのか」
 シャドウの脳裏に仲間の姿が浮かんだ。ディルとレアシスだ。二人は能力は違えど、歳も近く頼もしかった。
 今となっては、ディルとは霧の中ではぐれたきりだ。どこに行ったか検討もつかない。レアシスに至っては、神殿から攻撃をされ、怪我の容体もわからないままだ。
 「人間よりは使えるからな」
 常にそばにいたとされる獣人の姿を思い出したのか、ナイトメアは懐かしそうに目を細めた。指の動きは髪の毛を絡めるような仕草を見せた。
 「…ふん。儂の話はいい」
 話を戻そうとするシャドウをナイトメアはバッサリと切り捨てた。
 
 話は雪についてに戻った。

 「娘は余計なことを知りすぎてる。国家機密を垂れ流しておくのは如何なものか。影付きでなくなれば、覚えておく必要もないことだ」
 没落国家。衰退した神殿。影付きの在り方。他国に伝われば侵略されても文句のつけようがない。
 「なら。この世界のことだけで良いのではなないか。元の世界の記憶まで消す必要はない」
 シャドウは食い下がる。
 「ふん。戻れもしない世界の記憶などあっても仕方がないだろう。新たな生を生きるのには邪魔でしかない」
 ナイトメアはシャドウの言い分を聞きもしなかった。
 
 「…新たな人生…か」

 そこには俺はいない。ディルもレアシスもだ。
 誰のことも頼れずに一人で生きていく道を探すのだ。
 まっさらな大地に一人佇む雪の姿が見えた。歩むべき道を。行くべき道に導くと約束をしたのは紛れもない自分だ。
  だが、こんな形で示したかったのではない!
 シャドウは横にいない人物を思い、歯がゆさを感じていた。
 
 何故、手を離してしまったのか。
 何故、繋ぎ止めていられなかったのか。

 己れの心の弱さを酷く憎んだ。
 チドリを憎むといえど、手をかけられるかと問われて、一瞬、躊躇したのは事実だ。

 「…お前はそれでいい。怒り任せに突っ走っても憎しみを生むだけだ。娘の為にもならん」
 ナイトメアはシャドウの胸の内を理解したように語り出した。ディルの能力と似たことをやってのけたのだ。
 「どういう意味だ?」
 シャドウは、心の中を無断で入り込んで来たナイトメアを睨みつけた。
 「お前がそばにいると、娘がお前の力を頼りに復讐の意欲を示してしまう。また悪鬼を呼びかねない」
 「…なに?」
 「力のない奴が、力のある奴に頼ることはよくあることだ。娘は、お前が神官を懲らしめてくれることを願っている。だが、自分の為にお前が手を汚すことは躊躇っている。解せんな。儂なら遠慮なくお前の力を借りるがな」
 ナイトメアはケケケと卑しく笑った。
 「お前と一緒にするな」 
 雪が自分から離れた理由が、自分を想ってのことだったのが嬉しくもあり、辛くもあった。
 「娘はこの短期間で二度も悪鬼を呼び寄せている。一度は儂が、二度目はお前が消してやっているが、感覚に慣れると厄介だ。取り除けなくなるぞ」
 三度目は、どうなるかわからないという。
 「儂がそばにいてコントロールしてやるか」 
 ナイトメアはふわりと空中に浮いた。
 「雪はいつまで保つんだ」
 泉原雪でいられる時間はどれほどか。自分やディル達のことを覚えていられる時間はどれくらいあるのか?
 シャドウは何も出来ずに狼狽えるだけの自分を呪いたくなった。
 「リュリュトゥルテの花が咲くまでと聞いておる。婚礼の儀の際に一緒に影付きを処するのではないか」
 きらびやかな空間の裏では、凄惨な儀式が行われる。真っ白な花に埋め尽くされて雪は生涯を終えるのだ。神殿のカラーの白色の服に身を包んで、胸の上で両手を組む雪の姿が脳裏に浮かんだ。花嫁を着飾る為の花が、悪しき儀式にも色を添える。

 「…させるものか」
 シャドウは拳を強く握りしめ、馬鹿げた空想の中の雪の姿をかき消した。




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