41 / 206
第3章
16 別れ目
しおりを挟む
----------------------------------------
「人の生き死にを左右する禁呪と言ったな?そんな話を聞いて俺がお前をやすやすと通すと思うか?」
シャドウはナイトメアを睨みつけ、腰に提げていた棒刀に手をかけた。殺傷能力は低くともこの夢魔を蹴散らすぐらいはできる。
「お前とやり合う気はない。そんな時間もないしな。娘が大事なら手間をかけさせるな」
ナイトメアは雪を引き合いに出し、シャドウとの戦いをスルーした。余計な体力は使いたくないからだ。シャドウも怒り任せに暴れても何の意味をないことがわかっていたが棒刀の柄から手が離せなかった。もたもたしている場合ではないことも、とうに理解していたが、行き場のない怒りを放出したかった。
「待て。記憶を封じるというのはチドリの、神殿のやり方と同じではないか?」
シャドウはナイトメアの言葉の意味を不可解に思い、声を上げた。
「同じなものか。儂はこの国がどうなろうと知ったこっちゃない。影付きの記憶と知識を頼りにしか生きながらえない国など、さっさと滅んでしまえばいい」
ナイトメアは表情を変えずに淡々と話した。この国には何の期待も未練もないように見える。
「あの卑しいヴァリウスが修める国だぞ。影付きを手に入れたらもう100年、奴の天下だ。今以上に国はさびれる一方だぞ」
王の名を名指しにする時は口元がニヤリと横に広がった。
「…随分とヴァリウス王を否定するんだな。確かに良い王とは言い難いが、何故そこまで憎む?」
シャドウはナイトメアを見据えた。こいつは以前にも王の悪口を言っていたなと思い出した。
「何故だと?」
ナイトメアは怪訝な表情をした。見ればわかるだろうと表情で訴えていた。
確かに、ヴァリウスは王としての資質があるとは疑わしい。
性格の良し悪しも含め、年上、年下構わず部下には誰に対しても横柄な態度をとり、労いの言葉をかけてもらったことがあるのは近臣のごくわずかだ。
興味のあること以外は無関心、無干渉。国政をいかにして回すのかプランは無いに等しい。前王のテレサと比べても無能な王だと言わざるを得ない。
ただ、存在感のある男だった。ざわつく議会でも口を挟まずともなく、席に着いた途端に静まり返る。低音の声は広い講堂に響き渡った。奥行きのある声は心身に響き、体の自由さえ奪う。臓器を抉られるようだ。それぐらい迫力のある男だった。
だが、存在感だけでは国は動かない。
税収の増加、無駄使い、就業率の低下、意図のない政策に国民は戸惑うばかりだった。
「憎むべき点など数え切れんほどあるだろう。強いて言うなら、何もしなかったことだな」
「何も?」
「国民が増税に嘆いても知らぬ存ぜぬ。国土が砂漠化しても碌な政策は打ち出さずに放置。
獣人の扱いもぞんざいだったな。奴の城で下働きしている獣人の多くは賃金もなくタダ働きだった。過酷な重労働を課せられ、倒れていく者も少なくない。
それでも、獣人は体も頑丈で知識も豊富だから、下手な人間よりは使い勝手がいい。使いたくなる気もわからないこともない。儂の使い魔もよくできた奴だったわ」
「お前の使い魔?」
シャドウは眉毛をぴくりと上げた。
「…余計な話だ。忘れろ」
ナイトメアはバツが悪そうにそっぽを向いた。
「…随分と獣人の肩を持つな。そんなに頼もしい奴だったのか」
シャドウの脳裏に仲間の姿が浮かんだ。ディルとレアシスだ。二人は能力は違えど、歳も近く頼もしかった。
今となっては、ディルとは霧の中ではぐれたきりだ。どこに行ったか検討もつかない。レアシスに至っては、神殿から攻撃をされ、怪我の容体もわからないままだ。
「人間よりは使えるからな」
常にそばにいたとされる獣人の姿を思い出したのか、ナイトメアは懐かしそうに目を細めた。指の動きは髪の毛を絡めるような仕草を見せた。
「…ふん。儂の話はいい」
話を戻そうとするシャドウをナイトメアはバッサリと切り捨てた。
話は雪についてに戻った。
「娘は余計なことを知りすぎてる。国家機密を垂れ流しておくのは如何なものか。影付きでなくなれば、覚えておく必要もないことだ」
没落国家。衰退した神殿。影付きの在り方。他国に伝われば侵略されても文句のつけようがない。
「なら。この世界のことだけで良いのではなないか。元の世界の記憶まで消す必要はない」
シャドウは食い下がる。
「ふん。戻れもしない世界の記憶などあっても仕方がないだろう。新たな生を生きるのには邪魔でしかない」
ナイトメアはシャドウの言い分を聞きもしなかった。
「…新たな人生…か」
そこには俺はいない。ディルもレアシスもだ。
誰のことも頼れずに一人で生きていく道を探すのだ。
まっさらな大地に一人佇む雪の姿が見えた。歩むべき道を。行くべき道に導くと約束をしたのは紛れもない自分だ。
だが、こんな形で示したかったのではない!
シャドウは横にいない人物を思い、歯がゆさを感じていた。
何故、手を離してしまったのか。
何故、繋ぎ止めていられなかったのか。
己れの心の弱さを酷く憎んだ。
チドリを憎むといえど、手をかけられるかと問われて、一瞬、躊躇したのは事実だ。
「…お前はそれでいい。怒り任せに突っ走っても憎しみを生むだけだ。娘の為にもならん」
ナイトメアはシャドウの胸の内を理解したように語り出した。ディルの能力と似たことをやってのけたのだ。
「どういう意味だ?」
シャドウは、心の中を無断で入り込んで来たナイトメアを睨みつけた。
「お前がそばにいると、娘がお前の力を頼りに復讐の意欲を示してしまう。また悪鬼を呼びかねない」
「…なに?」
「力のない奴が、力のある奴に頼ることはよくあることだ。娘は、お前が神官を懲らしめてくれることを願っている。だが、自分の為にお前が手を汚すことは躊躇っている。解せんな。儂なら遠慮なくお前の力を借りるがな」
ナイトメアはケケケと卑しく笑った。
「お前と一緒にするな」
雪が自分から離れた理由が、自分を想ってのことだったのが嬉しくもあり、辛くもあった。
「娘はこの短期間で二度も悪鬼を呼び寄せている。一度は儂が、二度目はお前が消してやっているが、感覚に慣れると厄介だ。取り除けなくなるぞ」
三度目は、どうなるかわからないという。
「儂がそばにいてコントロールしてやるか」
ナイトメアはふわりと空中に浮いた。
「雪はいつまで保つんだ」
泉原雪でいられる時間はどれほどか。自分やディル達のことを覚えていられる時間はどれくらいあるのか?
シャドウは何も出来ずに狼狽えるだけの自分を呪いたくなった。
「リュリュトゥルテの花が咲くまでと聞いておる。婚礼の儀の際に一緒に影付きを処するのではないか」
きらびやかな空間の裏では、凄惨な儀式が行われる。真っ白な花に埋め尽くされて雪は生涯を終えるのだ。神殿のカラーの白色の服に身を包んで、胸の上で両手を組む雪の姿が脳裏に浮かんだ。花嫁を着飾る為の花が、悪しき儀式にも色を添える。
「…させるものか」
シャドウは拳を強く握りしめ、馬鹿げた空想の中の雪の姿をかき消した。
「人の生き死にを左右する禁呪と言ったな?そんな話を聞いて俺がお前をやすやすと通すと思うか?」
シャドウはナイトメアを睨みつけ、腰に提げていた棒刀に手をかけた。殺傷能力は低くともこの夢魔を蹴散らすぐらいはできる。
「お前とやり合う気はない。そんな時間もないしな。娘が大事なら手間をかけさせるな」
ナイトメアは雪を引き合いに出し、シャドウとの戦いをスルーした。余計な体力は使いたくないからだ。シャドウも怒り任せに暴れても何の意味をないことがわかっていたが棒刀の柄から手が離せなかった。もたもたしている場合ではないことも、とうに理解していたが、行き場のない怒りを放出したかった。
「待て。記憶を封じるというのはチドリの、神殿のやり方と同じではないか?」
シャドウはナイトメアの言葉の意味を不可解に思い、声を上げた。
「同じなものか。儂はこの国がどうなろうと知ったこっちゃない。影付きの記憶と知識を頼りにしか生きながらえない国など、さっさと滅んでしまえばいい」
ナイトメアは表情を変えずに淡々と話した。この国には何の期待も未練もないように見える。
「あの卑しいヴァリウスが修める国だぞ。影付きを手に入れたらもう100年、奴の天下だ。今以上に国はさびれる一方だぞ」
王の名を名指しにする時は口元がニヤリと横に広がった。
「…随分とヴァリウス王を否定するんだな。確かに良い王とは言い難いが、何故そこまで憎む?」
シャドウはナイトメアを見据えた。こいつは以前にも王の悪口を言っていたなと思い出した。
「何故だと?」
ナイトメアは怪訝な表情をした。見ればわかるだろうと表情で訴えていた。
確かに、ヴァリウスは王としての資質があるとは疑わしい。
性格の良し悪しも含め、年上、年下構わず部下には誰に対しても横柄な態度をとり、労いの言葉をかけてもらったことがあるのは近臣のごくわずかだ。
興味のあること以外は無関心、無干渉。国政をいかにして回すのかプランは無いに等しい。前王のテレサと比べても無能な王だと言わざるを得ない。
ただ、存在感のある男だった。ざわつく議会でも口を挟まずともなく、席に着いた途端に静まり返る。低音の声は広い講堂に響き渡った。奥行きのある声は心身に響き、体の自由さえ奪う。臓器を抉られるようだ。それぐらい迫力のある男だった。
だが、存在感だけでは国は動かない。
税収の増加、無駄使い、就業率の低下、意図のない政策に国民は戸惑うばかりだった。
「憎むべき点など数え切れんほどあるだろう。強いて言うなら、何もしなかったことだな」
「何も?」
「国民が増税に嘆いても知らぬ存ぜぬ。国土が砂漠化しても碌な政策は打ち出さずに放置。
獣人の扱いもぞんざいだったな。奴の城で下働きしている獣人の多くは賃金もなくタダ働きだった。過酷な重労働を課せられ、倒れていく者も少なくない。
それでも、獣人は体も頑丈で知識も豊富だから、下手な人間よりは使い勝手がいい。使いたくなる気もわからないこともない。儂の使い魔もよくできた奴だったわ」
「お前の使い魔?」
シャドウは眉毛をぴくりと上げた。
「…余計な話だ。忘れろ」
ナイトメアはバツが悪そうにそっぽを向いた。
「…随分と獣人の肩を持つな。そんなに頼もしい奴だったのか」
シャドウの脳裏に仲間の姿が浮かんだ。ディルとレアシスだ。二人は能力は違えど、歳も近く頼もしかった。
今となっては、ディルとは霧の中ではぐれたきりだ。どこに行ったか検討もつかない。レアシスに至っては、神殿から攻撃をされ、怪我の容体もわからないままだ。
「人間よりは使えるからな」
常にそばにいたとされる獣人の姿を思い出したのか、ナイトメアは懐かしそうに目を細めた。指の動きは髪の毛を絡めるような仕草を見せた。
「…ふん。儂の話はいい」
話を戻そうとするシャドウをナイトメアはバッサリと切り捨てた。
話は雪についてに戻った。
「娘は余計なことを知りすぎてる。国家機密を垂れ流しておくのは如何なものか。影付きでなくなれば、覚えておく必要もないことだ」
没落国家。衰退した神殿。影付きの在り方。他国に伝われば侵略されても文句のつけようがない。
「なら。この世界のことだけで良いのではなないか。元の世界の記憶まで消す必要はない」
シャドウは食い下がる。
「ふん。戻れもしない世界の記憶などあっても仕方がないだろう。新たな生を生きるのには邪魔でしかない」
ナイトメアはシャドウの言い分を聞きもしなかった。
「…新たな人生…か」
そこには俺はいない。ディルもレアシスもだ。
誰のことも頼れずに一人で生きていく道を探すのだ。
まっさらな大地に一人佇む雪の姿が見えた。歩むべき道を。行くべき道に導くと約束をしたのは紛れもない自分だ。
だが、こんな形で示したかったのではない!
シャドウは横にいない人物を思い、歯がゆさを感じていた。
何故、手を離してしまったのか。
何故、繋ぎ止めていられなかったのか。
己れの心の弱さを酷く憎んだ。
チドリを憎むといえど、手をかけられるかと問われて、一瞬、躊躇したのは事実だ。
「…お前はそれでいい。怒り任せに突っ走っても憎しみを生むだけだ。娘の為にもならん」
ナイトメアはシャドウの胸の内を理解したように語り出した。ディルの能力と似たことをやってのけたのだ。
「どういう意味だ?」
シャドウは、心の中を無断で入り込んで来たナイトメアを睨みつけた。
「お前がそばにいると、娘がお前の力を頼りに復讐の意欲を示してしまう。また悪鬼を呼びかねない」
「…なに?」
「力のない奴が、力のある奴に頼ることはよくあることだ。娘は、お前が神官を懲らしめてくれることを願っている。だが、自分の為にお前が手を汚すことは躊躇っている。解せんな。儂なら遠慮なくお前の力を借りるがな」
ナイトメアはケケケと卑しく笑った。
「お前と一緒にするな」
雪が自分から離れた理由が、自分を想ってのことだったのが嬉しくもあり、辛くもあった。
「娘はこの短期間で二度も悪鬼を呼び寄せている。一度は儂が、二度目はお前が消してやっているが、感覚に慣れると厄介だ。取り除けなくなるぞ」
三度目は、どうなるかわからないという。
「儂がそばにいてコントロールしてやるか」
ナイトメアはふわりと空中に浮いた。
「雪はいつまで保つんだ」
泉原雪でいられる時間はどれほどか。自分やディル達のことを覚えていられる時間はどれくらいあるのか?
シャドウは何も出来ずに狼狽えるだけの自分を呪いたくなった。
「リュリュトゥルテの花が咲くまでと聞いておる。婚礼の儀の際に一緒に影付きを処するのではないか」
きらびやかな空間の裏では、凄惨な儀式が行われる。真っ白な花に埋め尽くされて雪は生涯を終えるのだ。神殿のカラーの白色の服に身を包んで、胸の上で両手を組む雪の姿が脳裏に浮かんだ。花嫁を着飾る為の花が、悪しき儀式にも色を添える。
「…させるものか」
シャドウは拳を強く握りしめ、馬鹿げた空想の中の雪の姿をかき消した。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。


婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

私はいけにえ
七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」
ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。
私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。
****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる