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第4章
41 何者かどうかは関係ない
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それは突然に降りかかってきた。
「転移者」
思いがけない出来事に時間が止まった。キアは膝の力が抜けてぺたりと座り込む。赤茶色に色づいた落葉樹の葉っぱがカサカサと音を立てた。
つい先程まで一緒にいたサディカはいなかった。あるはずの小屋も跡形もなく消えた。これは夢なのかと頬をつねるも痛覚はしっかりしていた。
「痛い」
ほんの数分前だ。考えすぎだとかお節介だとか散々言われて、私は自由だからどこにでも行けるし、何者にもなれるだのと畳み掛けられた。
取ってつけたかのように早口で捲し立てられた。こっちの方が大事じゃないか。肝心な最後の言葉。
「……私は転移者」
ここではないどこからか来た、者。そうか。今ならシダルに嫌悪をむき出しにされたのもわかる。自分のテリトリーに得体の知れないものが来たら誰でも戦闘体制に入る。自衛は大事だ。異質者と罵られたのもあながち間違いではなかった。
「間違いは私の方か…」
記憶が戻らないのも、他の人たちとの違和感も。
「原因は私にあるんだ」
みんなとは違うと薄々気が付いてはいたが、口には出せずにいた。言葉にしたらそれが現実になってしまいそうで。それが現実になったら、私はこの村にはいられなくなるんじゃないかって。
ぽろぽろと大粒の涙が頬を伝って服に染みた。ナノハと一緒にスノッザの木と皮で染めたワンピースに滲んだ。橙色が紅葉した木々とお揃いねと笑いあった。その日々すら間違いだったというのか。
「キハラは知ってたの?」
キアは心の中でキハラを呼んだ。近くにいれば思念でわかるはずだ。
得体の知れない私を構ってくれ番に選んでくれたのは、転移者だから何かと都合がよかったのだろうか。サディカのように用事が済めば消してしまえると思ったのだろうか。
ナユタもナノハも知っていたのだろうか。優しいフリをしているだけだったのではないか。アーシャも双子の姉妹も懐いているフリをして私を貶めようとしているのではないか。
アンジェには体に良いとして何か得体の知れない薬を飲ませられたのではないか。ロイやディルも困っているフリをして私を嘲笑っていたのではないか。
ムジには誤解だったと謝られたが、それさえも何かの陰謀だったのではないか。これから引っ越そうとしているシダルもどこかに隠れて私を襲おうとしているのではないか。
今までの幸せな日々を疑いたくはない。だけども都合がよすぎるのではないか。キアはありとあらゆる事項を並べては負の妄想を生み出していた。悶々と負の感情がキアの体に満ちていた。色彩は黒。ドロドロとした陰の色だ。
地面に疼くまるキアの体に巻きつき、キハラは「大馬鹿野郎」と舌打ちをした。
パッと場面が変わり、目を開けると水の中にいた。キハラの湖だ。青く澄んだ水に光が差す。水底の白い砂まで照らし出す。キアを包む陰の気が水圧に押し流されていく。
「このクソ馬鹿野郎!!陰の気を森に持ち込むとはどういうつもりだ!!何のためにオレが愚痴愚痴と毎日口酸っぱく言ってるんだと思ってんだ!!」
森への影響を考えろと大口を開けてキアを怒鳴りつけた。口の中は黒く、白い牙がよく映える。吸い込まれそうだ。白い体には無数に鱗が施されていた。どこからか転移してきた私はこの姿を最初に見たのだ。
「キハラは私が転移者だと知ってたの?余所者だから番にしたの?面倒くさくなったら私を捨てるの?」
思いつくだけの言葉を吐き出した。どれもYESだと言われたらどうしようか。
わんわん泣き出すキアを見て、キハラは事の顛末を知った。
空を叩きつけるかのように水柱を上げ、キハラはキアを地上に出した。
「…はじめに会った時も言ったと思うが」
キアが何者かは何度も疑問には思ったが、選ばない気はなかった。直感が働いたのだと言うしかない。こいつだと。何者でもいいと思ったんだ。
「…お前はお前のままでいればいい」
(まさか転移者だとはな)
「私は、ここの国の人じゃないんだよ、!どこか別の、別のせかいの、」
言葉がうまくまとまらない。気管に水が入ったか。えずいてしまう。涙が顔を崩していく。髪の毛もほどけてぐちゃぐちゃだ。
(まさか転移者だとはな)
今まで気が付かなかったなんてヤキが回ったか。気を抜きすぎだ。
キハラは己れの失態に辟易した。
それでも、
「おまえを選んだだろうよ」
何者かだと知る気もなかった。興味がない。ただ、そばにいて番の役目を全うしてもらえればよかった。身寄りも記憶がなければ好都合だ。良いように手懐けておけば長く使えると考えていた。
「…それでおまえはどうしたい?」
自分の正体を解き明かす手がかりを見つけたんだ。野放しじゃ勿体無い。
「…う、う」
「このまま番を続けるか?それとも自分のルーツでも探しに行くか?」
自ら選択権を与えるなんてどうかしてるな。出ていかれたら面倒だろうが。
キハラはキアに顔を近づけ顎の下に顔を寄せた。しゃくり上げて泣くキアに頭を擦り付け、顔を上げさせた。
「決めろ。今すぐに」
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