183 / 203
第4章
33 モヤモヤをふっ飛ばせ
しおりを挟む-------------------------------------------------
いつものことながら、悩み出すとすぐにキハラを頼ってしまう。
私は「自分」がない。キハラに甘えてばかりだ。もっとちゃんと自分を持ちたい。
いや、「持たなきゃ」いけない。いつまでもキハラに頼ってばかりではダメだ。悩みながらも、自分のことを省みる。キハラに甘えっぱなしの自覚はあるのだ。反省も踏まえ、ぎゅっと心に誓う。
「自分のことは自分で」
言いたいことぐらいは自分で決めよう。正解ではなくても、自分の気持ちを抑え込むことだけはしないようにしよう。いつか必ず「自分」が決断しなければいけない時が来る。
その時のために今からでもその心づもりは用意をしなければいけない。いつか来る別れの時に。
「別れ?」
キアは口に出してハッとした。咄嗟に振り返る。紅葉したての木々の中を掻い潜り、キハラの棲家まで視線を向けた。見えるはずはないのだが、必死になってその姿を探した。
「…まさか。そんなはずはない…よね」
買い出しに行くために村を出る。しかしそれは、ほんの数日間だけだ。
買い物が済めば村に帰る。荷物の分配だってしなければならない。水の宿も注文した商品がある。
私が仕分けをするとナユタと決めていた。約束を違えることはしたくない。
「…ちゃんと帰るもの」
キハラの元に。
キアはハーッと息を吐く。にわかに白く色づいていた。秋めいた森では気温が下がっていた。雨の後だからか、余計に空気がひんやりとした。握りしめた指先も冷たくなっていた。
「…ちゃんと帰る。私には番の役目がある…」
簡単に出ていかれない理由があるとして、キアはもう一度口に出して確認する。声に出さないと不安で仕方がなかった。
胸の音がドクンドクンと強く響いていた。自分で考えたことに打ちのめされて罠にかかってしまった。器用なのか。不器用なのか。どちらでもないのか。
「ただの馬鹿だな」
と、キハラがぼやいていそうだ。人を小馬鹿にするような辟易顔がわりと好きだったりする。打ちのめされる時もあるけれど、「本気にするな」とフォローも忘れない。根の優しさが垣間見れるのも好きだ。
キアは思い出しては息を吐いて、白く色づく様を眺めた。口角が緩んでいるのがわかる。
ふと、視線の先に人集りがあった。ディルだ。村人と数人で話をしている。その中には獣人のロイの姿もあった。
ディルは人間だが、獣人でもある。昼間は人の姿、夜間だけ犬の姿になるというが、精神的ストレスと怪我のせいで昼間でも獣化のままだった。怪我は治ってもまだ本調子ではない。
薬師のアンジェの見立てではまだ完治には時間はかかるだろうと言う。ディルはこちらに気がつくと、ふさふさの尻尾を左右に揺らした。
「キア!」
ワンとひと吠え。キアに向かって小走りしてきた。ぬかるんだ土が四方に飛び跳ねる。その後ろからロイもやって来た。
「ディルさん!ロイさん!」
同じ村にいても、それぞれ仕事があるのでなかなか姿を見ることがない。朝の水汲みと子どもたちのお世話でロイには会うが、ディルとは全然会わなかった。なんだか久しぶりだねとキアは笑う。
「獣人だけの国を造ると豪語したはいいけど、何をどうしたらいいかわからないんだ。拠点となる場所もない。今は主神の厚意でここにいさせてもらってるけど、ずっとってわけじゃない。いつかは出ていかなければならないのに、行き先がないんじゃ話にならない。だから、ここは一つ、ダメ元で実家に頼み込もうと思っている。そのために手紙を書いた」
ディルは元はニルクーバという貴族の家の出身だという。
「実際にはオレが代筆した」とロイが口を挟む。手には分厚い封書があった。
「父さんはもう引退しているから、今の長は兄だ。兄さん達の領土のどこかに無人島みたいな場所があればいいなって思ってる」
「もうだいぶ会ってないから、話が通るかはわからないけどね。今はこんな姿だし。でも、しのごの言ってる場合じゃないから」
使える手は何でも使うとディルは息巻く。
「そうなんだ。話が通るといいですね」
人の頑張りは素直に応援したい。
「うん。やってやる!」
ワンともうひと吠え。やる気は漲っていた。
「んで、キアは?」
「え?」
「こんなところで何をしてるんだ?」
ディルとロイは同時に首を傾けた。
「あ…、ええっと…。なんだろう、お散歩?」
色々と悩んでいて森の中を彷徨っていたと言うのは心配させてしまうだろうかとキアは思った。
「考え事をしていたら、どんどん森の奥に来てしまったみたい」
的確な答え。これを先に言えばよかったとキアは後悔した。
「…婆さんのこと聞いたのか?」
ロイはストレートに聞いて来た。キアのことだから悩んでいるのだろうとすぐに思いついたようだ。
「えっ!なんで知ってるの!?」
まだ内緒だとムジから口止めをされたのに。
「ムジの宿に出入りしていれば嫌でも耳に入るさ」
ロイは灰狼でピンッと立つ耳を指先で弾いた。人間より数倍以上感知能力が高い獣人には、内緒話などは無縁だ。
「そっか。そうだよね…」
「ムジの地声もデカいしな」
本当に隠す気があるんだかないんだか。ロイは皮肉るように笑った。
キアは心の中のモヤモヤを二人に素直に吐露した。自分の意見は言えるようにと誓ったばかりだ。
実践の場がこんなにも早く訪れるとは思っていなかったから、上手く説明ができるか不安になった。
だが、キアの言葉にディルはあっけらかんと答えた。
「その人はキアに当てつけで転居するわけじゃないんだろ?」
「そんなことはないと思うけど…」
「ならさ、その人は希望が叶った。その結果として、キアにとってはラッキーなことだった。それだけのことだろ。気にしすぎだよ」
うははとディルは大きく口を開けて笑った。
「あー、おっかしいな!キアはあいつに似てる!雪みたいだ」
「ゆ、き?」
会話の中に入って来た人名にキアは反応した。聞き馴染みがない。
「うん。仲間のひとり。他人のことばっかり気にしてて、自分のことはいつも後回し。なんかクセのあるやつだよ」
「私に似てるの?」
「うん。性格がね。自分より他人に優しいところなんてそっくりだよ。そんなだから損してばかりでさ」
「私も損してるのかな」
そんなふうに思うこともあったけれど、人よりも頑張らないとこの村にはいられないから、自分を後回しにしてしまうのは当然だった。空回りすることばかりだけど。優しさとは違うような気がする。
「その、ゆきさんは今はどこにいるの?」
「あー、うん。今はちょっといなくて、探してる最中なんだ」
「どこにいるかわからないの?」
「うん。まあ、そんなところ。僕ともう一人、シャドウという仲間と探しているんだ」
過去を懐かしむようにディルの表情がほどける。
「…シャドウ?」
ふと、頭によぎる人の姿があった。ぼんやりと。宿にいた先ほどの変な人の顔が浮かぶ。
「その人なら今、宿にいるかも」
そんな名前でナユタが呼んでいたかもしれないとキアは首を捻る。
「えっ?ほんと?シャドウがいるのか!?」
ディルの耳がピンッと張り、尻尾が激しく左右に揺れた。
「まじ?まじ?」
「や、ちょっと、ディルさん、落ち着いてっ」
「シャドウ!シャドーウ!!」
ワワワワーンと甲高い声を上げて、ハッハッハッと息遣いが荒くなり、前足をキアの腹部に押し当てた。
反動でキアの体は後ろに反る。法面から二人とも滑り落ちた。声を上げる前にずるっと一気にだ。
「おい!!」
ロイの声が響く。慌てふためくも手を伸ばすも間に合わなかった。
パシャン!と頭から水辺に落ちた。水位が浅かったため、「冷たっ」と頭皮に染みるくらいにおさまった。ロイはすぐにひょいとキアを抱き抱える。背中が真っ黒だ。髪の毛から水滴と枯れ葉が落ちた。
「ディル!お前な」
ロイが呆れた声を出す。
「ごめん!キア!でもうれしくて!!」
ディルは謝罪をするにも、明るくて元気な顔をして跳ね回っていた。そんな姿を見ては、責めることはできない。ぬかるんだ土だったためか、打ち付けてもあまり痛みはなかった。だが、体は泥だらけになった。
ディルの銀色に近い白い毛も真っ黒に変わった。まだ万全ではない体に無理はしないで欲しかった。全回復前は油断しがちだとアンジェも口酸っぱく言っていたのを思い出した。こんな姿見られたら怒られるかもしれない。
「…危ないよ気をつけて。怪我はない?」
「うん!ごめん!大丈夫!」
ハッハッハッと荒い息遣いのまま、駆け出していた。よっぽど嬉しかったのだろう。尻尾がこれでもかとぐるぐると回転していた。
「飛んでいっちゃいそうだね」
キアはふふふと笑みを浮かべる。ディルの喜びが自分のことのように感じた。このくらいシンプルに喜べたらいいのかと、自分の悩みを振り返る。
「…いいなぁ」
このくらいシンプルに感情をむき出したい。
「すき」も「きらい」も「イエス」も「ノー」も。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
Fairy Song
時雨青葉
ファンタジー
妖精たちが飛び交う世界。
ここでは皆、運命石と呼ばれる石を持って生まれてくる。
この運命石は、名のとおり自分の運命の相手へと繋がっているのだという。
皆いずれ旅立つ。
対になる運命石を持つ、運命の相手を捜して。
―――しかし、そんなロマンチックな伝承に夢を見れない者がここに一人。
自分は生まれながらの欠陥品。
だからどうせ、運命の相手なんて……
生まれ持った体質ゆえに、周囲との価値観の差に壁を感じずにいられないシュルク。
そんな彼に、とある夜の出会いが波乱を巻き起こす。
「恨むなら、ルルーシェを恨みなさい。」
唐突に振り上げられる刃は、退屈でも平和だった日常を打ち砕く。
運命石を中心に繰り広げられる、妖精世界の冒険譚!!
運命の出会いを、あなたは信じますか…?
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか
サクラ近衛将監
ファンタジー
レブナントとは、フランス語で「帰る」、「戻る」、「再び来る」という意味のレヴニール(Revenir)に由来し、ここでは「死から戻って来たりし者」のこと。
昭和11年、広島市内で瀬戸物店を営む中年のオヤジが、唐突に転生者の記憶を呼び覚ます。
記憶のひとつは、百年も未来の科学者であり、無謀な者が引き起こした自動車事故により唐突に三十代の半ばで死んだ男の記憶だが、今ひとつは、その未来の男が異世界屈指の錬金術師に転生して百有余年を生きた記憶だった。
二つの記憶は、中年男の中で覚醒し、自分の住む日本が、この町が、空襲に遭って焦土に変わる未来を知っってしまった。
男はその未来を変えるべく立ち上がる。
この物語は、戦前に生きたオヤジが自ら持つ知識と能力を最大限に駆使して、焦土と化す未来を変えようとする物語である。
この物語は飽くまで仮想戦記であり、登場する人物や団体・組織によく似た人物や団体が過去にあったにしても、当該実在の人物もしくは団体とは関りが無いことをご承知おきください。
投稿は不定期ですが、一応毎週火曜日午後8時を予定しており、「アルファポリス」様、「カクヨム」様、「小説を読もう」様に同時投稿します。
月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~
羽月明香
ファンタジー
魔女は災いを呼ぶ。
魔女は澱みから生まれし魔物を操り、更なる混沌を招く。そうして、魔物等の王が生まれる。
魔物の王が現れし時、勇者は選ばれ、勇者は魔物の王を打ち倒す事で世界から混沌を浄化し、救世へと導く。
それがこの世界で繰り返されてきた摂理だった。
そして、またも魔物の王は生まれ、勇者は魔物の王へと挑む。
勇者を選びし聖女と聖女の侍従、剣の達人である剣聖、そして、一人の魔女を仲間に迎えて。
これは、勇者が魔物の王を倒すまでの苦難と波乱に満ちた物語・・・ではなく、魔物の王を倒した後、勇者にパーティから外された魔女の物語です。
※衝動発射の為、着地点未定。一応完結させるつもりはありますが、不定期気紛れ更新なうえ、展開に悩めば強制終了もありえます。ご了承下さい。
世界一の怪力男 彼は最強を名乗る種族に果たし状を出しました
EAD
ファンタジー
世界一の怪力モンスターと言われた格闘家ラングストン、彼は無敗のまま格闘人生を終え老衰で亡くなった。
気がつき目を覚ますとそこは異世界、ラングストンは1人の成人したばかりの少年となり転生した。
ラングストンの前の世界での怪力スキルは何故か最初から使えるので、ラングストンはとある学園に希望して入学する。
そこは色々な種族がいて、戦いに自信のある戦士達がいる学園であり、ラングストンは自らの力がこの世界にも通用するのかを確かめたくなり、果たし状を出したのであった。
ラングストンが果たし状を出したのは、生徒会長、副会長、書記などといった実力のある美女達である、果たしてラングストンの運命はいかに…
国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版
カバタ山
ファンタジー
信長以前の戦国時代の畿内。
そこでは「両細川の乱」と呼ばれる、細川京兆家を巡る同族の血で血を洗う争いが続いていた。
勝者は細川 氏綱か? それとも三好 長慶か?
いや、本当の勝者は陸の孤島とも言われる土佐国安芸の地に生を受けた現代からの転生者であった。
史実通りならば土佐の出来人、長宗我部 元親に踏み台とされる武将「安芸 国虎」。
運命に立ち向かわんと足掻いた結果、土佐は勿論西日本を席巻する勢力へと成り上がる。
もう一人の転生者、安田 親信がその偉業を裏から支えていた。
明日にも楽隠居をしたいと借金返済のために商いに精を出す安芸 国虎と、安芸 国虎に天下を取らせたいと暗躍する安田 親信。
結果、多くの人を巻き込み、人生を狂わせ、後へは引けない所へ引き摺られていく。
この話はそんな奇妙なコメディである。
設定はガバガバです。間違って書いている箇所もあるかも知れません。
特に序盤は有名武将は登場しません。
不定期更新。合間に書く作品なので更新は遅いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる