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第4章
31 答えが出ない
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町に行く理由に、買い出しと情報収集はもちろんとして、シダルの転居という話もくっついていた。驚きを隠せないキアに対してムジは淡々と答えた。
「前々から話はあったんだが、なかなか話が詰められなくてな」
ようやく整ったところだと、ふぅ~っと深く息を吐いた。
「それは、今回のことがあったからですか?」
「いや。本人の希望だ。うるさいのが嫌なんだと」
「はあ…」
「旅人が行ったり来たりするのが煩わしいんだと。他人嫌いだから仕方ないな」
トラブルも多いしなとムジは笑う。シダルの性格の悪さは折り紙つきだ。もう誰でもわかる。
「ザザは移民が多い町だから、婆さん一人来たところで何も問題はないだろうが、高齢で持病持ちだと何かとな。思うところもある。何かあった時に頼れる人がいないと心配になる。あんな性格だから、自分から助けを求めるタイプとは思えない」
ムジの説明にキアは首を捻る。
「…そうでしょうか」
「ん?」
「前に、森で。杖を作る木を探していて」
一緒にいたアドルを顎で使っていた。その頃はキアも村の生活に慣れるのに精一杯で、口を挟める状況ではなかった。
「ああ…。年下にはな。何とでも言えるさ。言い負かされない相手になら強気になれるからな」
アドルになら勝てるだろ。へなちょこだ。そういう意味ならお前も当て嵌まるなとムジは笑う。
「同性で同年代の人でもいるといいな。気が合う人がいたら気分も変わるだろう」
ムジは窓の外の遠くの方を見つめた。村一番の問題人でも別れは寂しい。付き合いが長い分、思いもひとしお。
「そもそも、なんで転居を希望されているんですか」
素朴な疑問だ。シダルの性格の悪さに悲鳴を上げてる村人達の方が転居したいというならわかるけど、当人がそれを望むとはどういうことか?
「…そろそろ、解放してやりたいんだと」
「解放って…?何を、ですか?」
何から?どこから?
キアは首を傾げる。
「まあ、色々だ。オレがとやかく言うことではない。婆さんにもオレにも、お前にだって色々あるだろ」
「それは、そう…ですね」
はぐらかされた。
キアは一、二歩後退した。
未だに戻らない記憶に、誰にも探されていない疎外感に、今はもう諦めも少し入っていることはまだ誰にも言えない。
言えないこと。言いたくないこと。言うべきではないこと。
「色々」とまとめられたら、もう何も言い返せない。
ムジの話はそこで切られた。半ば強制的に外に出され、「まだ内緒な」とシダルの転居話に蓋をした。
当日はひっそりと誰にも告げずに去りたいらしく、キアには箝口令が敷かれた。
キアは胸にモヤモヤを抱えたまま、ムジの宿を後にした。
「シダルさんがいなくなる…」
帰り道にふと、足を止めた。
考えもしなかった。今後もずっと嫌味なことを言われながらも我慢して生活をしていくんだと思っていたから、予想外だ。
もしかして、これはとても喜ばしいことなのかもしれない。顔を見るだけで心拍数が上がることも、悪口のオンパレードを浴びせられることも回避できるかもしれない。と、普段では口に出さないであろうことが、スラスラと出てきたことに衝撃を覚えた。
「…私、こんなこと思ってたんだ」
物分かりのいい、良い子でいたいわけではない。波風立てずに生きていきたいだけ。我慢はしたくない。泣きたくない。ケガももうたくさん。
だから、この転居話はとても嬉しく感じる。悪いことではない。みんなもきっとそう思っているはずだ。みんな口に出さないだけだ。本音を誰にも言えないでいるだけだ。
「悪いことではない」
自分に言い聞かせるように呟く。でも、口に出すと途端に罪悪感に苛まれる。
私から出ていくよう促したわけではない。本人の希望だ。それが願いが通った。それを喜ばしいと思っているだけだ。悪いことではない。私は悪くない。
ぶつぶつと呟きながらキアは森じゅうを歩いた。悪くない、間違ってない、と自分に言い聞かせるように。または、誰かに聞かれても、間違ってないと言われたいためか。相手はシダルだ。同情する人はそれほどはいないだろう。
なんて。最低だ。
道端の小石を蹴り上げた。木の根元に飛んで跳ね返ってきた。足首にコツンとぶつかる。
「私が楽になりたいだけだ…」
高齢で持病がある人がたった一人で転居する。それを心配することなく、自分の感情だけを優先してしまった。狡い。狡賢い。私はいつの間にか、こんなにも心の狭い人間になったのか。
買い出しとは名目で、本当は、私の本性を見破ったムジさんが追い出そうと画策しているのかもしれない。どこかに置いていかれるかもしれない。記憶もなくて身内もいない。捨て置くにはもってこいだ。
キアはがくっと肩を落とした。自分自身に絶望感を覚えた。
村人たちからの攻撃で、無駄に傷ついて欲しくないと願った気持ちは嘘ではないのだけど、いなくなると聞いて躍動する気持ちはなんなのか。矛盾している。気持ちの折り合いがつかない。
「酷いことしてる」
それだけはわかる。
キアは動けずに立ち止まってしまった。
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