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第3章
2 裏切りの代償
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雨の降らない土地でも育つ植物がある。葉は丸く肉厚で、丈は低く地面に這って育つ。ちぎると水に似たゲル状の物が出て来る。その名もシズクソウ。
口にすると苦味と塩味があり、人間にはあまり口に合わないが、鳥がよく啄みにくる。珍しい植物として商人の間では高値で売買されていた。水分を多く含んでいることから繁殖力も高く、シズクソウが生えると砂漠化が食い止められるという噂もあるという。
*
かく語りき。チドリはあの日を境に雪の元へ日参していた。話すことは専ら、影付きの使命だの、この世界の理りだのばかり。ヒエラルキーの頂点は神殿にあり。その下に王族、貴族、平民となる。
シャドウとマリーは孤児だが、神殿に引き取られたので神職者。ディルは除籍されたとはいえ、元は王族。では、私は?
「きみはこの中にはどれにも属さないよ」
ぐったりと正気のない顔で壁に寄りかかっている雪の髪の一房を人差し指に絡ませた。触るなと手を払いたかったが、そんな気力も無くなっていた。
「きみの記憶次第でこの国は大きく変わる。そうすればきみの価値はうなぎ登りさ」
「…私なんて何も。…影付きは記憶や未練を消して生き直すことができると聞いたけれどあれは嘘だったの?」
記憶を渡すなら、それ相当の見返りは欲しい。承諾する気はないが、それなりに期待はある。
「ああ!表向きはね。そのぐらい言わないと心を開いてはくれないだろうと思ってね。だいたい、無償で助けてあげるのに、こちらには何のメリットもないでは割に合わないだろう?」
チドリは意気揚々と話すが、雪の表情は暗くなるばかりだった。心労と疲労。自由のきかない体が悲鳴をあげていたのは言うまでもない。
確かに。そんな慈善事業をまんまと信じる方がバカなのかもしれない。うまい話には裏がある。おばあちゃんがよく言っていた。
でも、微塵も期待も希望もせずにこちらに飛ばされた者としては合点がいかない。だから影付きも受け入れを拒否した。
「影付きと聞いて手放すバカがどこにいると言うんだい?前王の話を聞かなかった?だいたい、きみはここに何しに来たんだい?」
「…結婚式があるというから、王様の代わりに出席して欲しいと…」
「王はきみを引き渡す気でいるんだよ。結婚式はただの名目にすぎない」
逃げ出さないように、護衛と称してシャドウとディルをつけた。
ヴァリウスめ。自分では手に負えないと思いこちらに押し付けたか。本当に役に立たない男だ。
チドリは吐き捨てるように呟いた。ヴァリウスは王とはいえ、王族というには下級すぎる。無作為に選んだとはいえ白羽の矢が立った時には皆、衝撃を覚えた。
「ヴァリウス家は、歴史ある一族ではあるけれど、これといって名高い当主がいたわけじゃない。財力と権威で王族の血を引っ張り込んだどうしようもない家だ。あんな家の者が王だなんて皆反対したものだよ」
「…ずいぶん嫌われてますね」
増税を嘆く市民が多いとディルの言葉を思い出した。
「前王テレサの末弟の子どもを金で買い取り、王家の血を意図的にヴァリウス家に引き入れた。奴等はクズだ。悪魔だ。そうまでして得た玉座にのうのうと座らせておいて良いと思うのかい?」
「…確かに。それは最低ですね」
雪は弱々しく答えた。ヴァリウスの自分勝手な振る舞いに目眩がした。そんな男がおさめる国に来てしまったことを心底呪った。半分くらい心を許してしまっていたこともだ。反省くらいでは足りない。自分の甘さがどうしようもないくらい浅はかで頼りなくて。自分が自分を貶めていく。そんな感覚を覚えた。
そんな中でも、チドリに言いたいことがあった。ヴァリウスを悪魔だというなら、あんたがしてることは何なのかと。
「…あんな小さな子を、こんなところに閉じ込めておいてるのは非道なことだとは思わないの?」
部屋の奥で今日も歌声を響かせている少女に視線だけを送った。少女の歌声からは一抹の不安も感じられない。それが余計に心配だった。
「…きみにはわからないよ」
問いかけに答える気などまるでない。チドリは雪を一瞥してから立ち上がった。石壁を前にして口を開いた。
「…あの頃のぼくらは本当に楽しかったんだ。毎日が楽しくて輝いていた。雨の日も風の日も。みんながいればいつだって晴れやかな気分でいられたんだ。夜が来て一日を終えるのが惜しいくらいだった。ぼくとマリーとシャドウと…」
ここに来て初めてシャドウの名前をチドリから聞けた。雪はチドリを見つめた。何かが動いた気がした。
「ぼくは大神官の息子だ。生まれた時から将来が決まっていた。ゆくゆくは父の跡を継ぎ大神官となり、神殿を守って生きて行くんだ。将来が決まっているというと何の苦労も心配もいらないと思うだろうけど、そのぶん迷いもゆとりも許されはしない。神に仕える者として、子どもの頃から教育受け、規律をきちんと守って来た。それでも子どもの頃は、神殿に引き取られた孤児が多かったから、彼らと一緒に過ごすことも多かった。勉強以外にも学べることがたくさんあってね。仲間とか労わりとか友愛とか。口に出すと照れ臭いけれど、神官の勉強だけでは決して得られない情報。いや、コミュニケーションをとれた時間だったよ。大切だった。こうやって仲間と得た、かけがえのない思い出を抱いて、ぼくは立派な神官になるんだと決めたんだ。ここにいる仲間達を守って、誰もが幸せに生きていけるようにと。
だから神官以外の道を持とうだなんて口が裂けても言えなかったよ」
それはシャドウさんのことを言っているのか?
「あなたもそう思ったことがあったの?」
雪は言葉を挟む。チドリは壁を見つめたまま動かない。声音も同じままだ。
「…どうかな。ぼくは目を逸らすわけにはいかないからね」
「…親御さんのことなしに考えたことはなかったの?あなたの本心は」
寄り道さえ許されないの?
「考えたところで叶えられるわけもないことに時間は費やせないよ」
「シャドウさんは?シャドウさんと話したりしなかったの?」
同い年と聞いていたから、考え方も似るのかと思った。
「シャドウは…」
チドリは拳を握りしめた。
「ぼくには下界の話をしなかったんだ。ぼくは、ぼくには神官になる道以外の夢は見させてくれなかったんだ!あいつは、マリーに、だけ、」
興奮して壁に爪を立てた。石壁は爪の間を削り皮膚を破いた。
「ぼくはシャドウに裏切られたんだ。マリーさえ、何も言ってくれなかった!ぼくに言えばきっと反対されるだろうと思っていたんだろうな!でもさ、」
「ぼくらは長いことずっと一緒にいたんだよ。ぼくが神官の息子とか関係なく、仲間として繋いでくれたんだよ。手をさ、手を!」
雪の目の前に出された手は血が滴り落ちていた。多少とはいえ、血など見たくない。かぶりを振って目を閉じた。
「なのに、何のひとことも、何の相談もなしに出て行くなんてひどいだろう?」
「ぼくはあの二人のなんだったんだ?」
堰を切って溢れ出したチドリの言葉に雪は何も言えずにいた。これはチドリの本心だ。今まで誰にも言えずに閉じ込めていた言葉だ。ここは何も言うまい。差し込める言葉などない。飲み込めずにいた気持ちを全部吐き出してしまえば、きっと楽になる。言えずにいたのは、神官という職のせいか。それともプライドか。シャドウさんに裏切られたことを認めたくなかったの?
雪は目を閉じた。自分にできることは何もなかったからだ。同情なんてしないけど、親しくしていた人からの裏切りは自分にも覚えがある。だから、なんとなく可哀想に見えた。
「…どうしてもあの二人が許せなかった」
次に吐露した言葉にはすぐに反応した。雪は目を開けて、チドリを見上げた。
「ぼくを裏切ったシャドウとマリーを許せなかった。だから罰を与えた」
「罰?」
物々しく囁いた言葉にぞわりと鳥肌が立つ。
「シャドウは神官の資格を取り上げて追放した。もう神職には就けない。巫女を唆して連れ出そうとした罪も消せはしないよ」
「マリーには、楽しかったあの頃をずっと覚えていて欲しいから時間を戻したんだ」
「時間を…戻した?」
聞き慣れない単語にまた背筋が凍った。頭の回路がおかしくなったのか。チドリの言ってる話が理解できずにいた。
「シャドウが下界の話などする前に。何も知らずにいた頃さ。ぼくとシャドウとマリーの三人で楽しく過ごしたあの頃に戻して、止めた。だからあの子は永遠に六歳のままだ」
「なんでそんなこと…」
「下界など汚れた世の中を知るべきではないんだ。神殿に守られて生きて行くのが一番なんだ。ここにはぼくがいる。ぼくが守っていられる」
「…そんなことがあの子の幸せだと思っているの?」
尋常じゃない。狂信者の目つきだ。
「ありきたりの答えなど聞いても仕方がないだろう。どう思うかなんてぼくが決めていいんだよ。非道だと罵られても、二人から同時に裏切られたぼくの気持ちには到底敵わない!」
「そんな考えおかしい…」
「だろうね」
雪の怯える様を見せてもチドリは動じない。もう正気など遥か前に振り切れていたのだ。初対面で見た精悍な顔立ちは、目つきだけを変えて別人に成り果てた。
「でもね。ここにいるのはある意味得策なんだよ」
チドリは雪にシイと喋らないように口元に指を当てた。
「サリエというマリーの世話役の女官がいるんだが、彼女はどういう訳かマリーのことを嫌ってる。子どもの頃はよく懐いていたのに、今は寄り付きもしないよ。彼女もマリーに笑顔すら見せない。顔を合わせればいがみ合うだけだから、この部屋はいい隠れ家だ。彼女にはこの部屋は見つからないように呪文がかけてある。もちろんきみもね。影付きがいると知ったら、すぐにでもきみは処されるよ」
だから来るべき時が来るまで、おとなしくしていなさい。
チドリは石壁に半身をすり抜けさせ、顔だけを雪に向けて囁きながら消えた。
雨の降らない土地でも育つ植物がある。葉は丸く肉厚で、丈は低く地面に這って育つ。ちぎると水に似たゲル状の物が出て来る。その名もシズクソウ。
口にすると苦味と塩味があり、人間にはあまり口に合わないが、鳥がよく啄みにくる。珍しい植物として商人の間では高値で売買されていた。水分を多く含んでいることから繁殖力も高く、シズクソウが生えると砂漠化が食い止められるという噂もあるという。
*
かく語りき。チドリはあの日を境に雪の元へ日参していた。話すことは専ら、影付きの使命だの、この世界の理りだのばかり。ヒエラルキーの頂点は神殿にあり。その下に王族、貴族、平民となる。
シャドウとマリーは孤児だが、神殿に引き取られたので神職者。ディルは除籍されたとはいえ、元は王族。では、私は?
「きみはこの中にはどれにも属さないよ」
ぐったりと正気のない顔で壁に寄りかかっている雪の髪の一房を人差し指に絡ませた。触るなと手を払いたかったが、そんな気力も無くなっていた。
「きみの記憶次第でこの国は大きく変わる。そうすればきみの価値はうなぎ登りさ」
「…私なんて何も。…影付きは記憶や未練を消して生き直すことができると聞いたけれどあれは嘘だったの?」
記憶を渡すなら、それ相当の見返りは欲しい。承諾する気はないが、それなりに期待はある。
「ああ!表向きはね。そのぐらい言わないと心を開いてはくれないだろうと思ってね。だいたい、無償で助けてあげるのに、こちらには何のメリットもないでは割に合わないだろう?」
チドリは意気揚々と話すが、雪の表情は暗くなるばかりだった。心労と疲労。自由のきかない体が悲鳴をあげていたのは言うまでもない。
確かに。そんな慈善事業をまんまと信じる方がバカなのかもしれない。うまい話には裏がある。おばあちゃんがよく言っていた。
でも、微塵も期待も希望もせずにこちらに飛ばされた者としては合点がいかない。だから影付きも受け入れを拒否した。
「影付きと聞いて手放すバカがどこにいると言うんだい?前王の話を聞かなかった?だいたい、きみはここに何しに来たんだい?」
「…結婚式があるというから、王様の代わりに出席して欲しいと…」
「王はきみを引き渡す気でいるんだよ。結婚式はただの名目にすぎない」
逃げ出さないように、護衛と称してシャドウとディルをつけた。
ヴァリウスめ。自分では手に負えないと思いこちらに押し付けたか。本当に役に立たない男だ。
チドリは吐き捨てるように呟いた。ヴァリウスは王とはいえ、王族というには下級すぎる。無作為に選んだとはいえ白羽の矢が立った時には皆、衝撃を覚えた。
「ヴァリウス家は、歴史ある一族ではあるけれど、これといって名高い当主がいたわけじゃない。財力と権威で王族の血を引っ張り込んだどうしようもない家だ。あんな家の者が王だなんて皆反対したものだよ」
「…ずいぶん嫌われてますね」
増税を嘆く市民が多いとディルの言葉を思い出した。
「前王テレサの末弟の子どもを金で買い取り、王家の血を意図的にヴァリウス家に引き入れた。奴等はクズだ。悪魔だ。そうまでして得た玉座にのうのうと座らせておいて良いと思うのかい?」
「…確かに。それは最低ですね」
雪は弱々しく答えた。ヴァリウスの自分勝手な振る舞いに目眩がした。そんな男がおさめる国に来てしまったことを心底呪った。半分くらい心を許してしまっていたこともだ。反省くらいでは足りない。自分の甘さがどうしようもないくらい浅はかで頼りなくて。自分が自分を貶めていく。そんな感覚を覚えた。
そんな中でも、チドリに言いたいことがあった。ヴァリウスを悪魔だというなら、あんたがしてることは何なのかと。
「…あんな小さな子を、こんなところに閉じ込めておいてるのは非道なことだとは思わないの?」
部屋の奥で今日も歌声を響かせている少女に視線だけを送った。少女の歌声からは一抹の不安も感じられない。それが余計に心配だった。
「…きみにはわからないよ」
問いかけに答える気などまるでない。チドリは雪を一瞥してから立ち上がった。石壁を前にして口を開いた。
「…あの頃のぼくらは本当に楽しかったんだ。毎日が楽しくて輝いていた。雨の日も風の日も。みんながいればいつだって晴れやかな気分でいられたんだ。夜が来て一日を終えるのが惜しいくらいだった。ぼくとマリーとシャドウと…」
ここに来て初めてシャドウの名前をチドリから聞けた。雪はチドリを見つめた。何かが動いた気がした。
「ぼくは大神官の息子だ。生まれた時から将来が決まっていた。ゆくゆくは父の跡を継ぎ大神官となり、神殿を守って生きて行くんだ。将来が決まっているというと何の苦労も心配もいらないと思うだろうけど、そのぶん迷いもゆとりも許されはしない。神に仕える者として、子どもの頃から教育受け、規律をきちんと守って来た。それでも子どもの頃は、神殿に引き取られた孤児が多かったから、彼らと一緒に過ごすことも多かった。勉強以外にも学べることがたくさんあってね。仲間とか労わりとか友愛とか。口に出すと照れ臭いけれど、神官の勉強だけでは決して得られない情報。いや、コミュニケーションをとれた時間だったよ。大切だった。こうやって仲間と得た、かけがえのない思い出を抱いて、ぼくは立派な神官になるんだと決めたんだ。ここにいる仲間達を守って、誰もが幸せに生きていけるようにと。
だから神官以外の道を持とうだなんて口が裂けても言えなかったよ」
それはシャドウさんのことを言っているのか?
「あなたもそう思ったことがあったの?」
雪は言葉を挟む。チドリは壁を見つめたまま動かない。声音も同じままだ。
「…どうかな。ぼくは目を逸らすわけにはいかないからね」
「…親御さんのことなしに考えたことはなかったの?あなたの本心は」
寄り道さえ許されないの?
「考えたところで叶えられるわけもないことに時間は費やせないよ」
「シャドウさんは?シャドウさんと話したりしなかったの?」
同い年と聞いていたから、考え方も似るのかと思った。
「シャドウは…」
チドリは拳を握りしめた。
「ぼくには下界の話をしなかったんだ。ぼくは、ぼくには神官になる道以外の夢は見させてくれなかったんだ!あいつは、マリーに、だけ、」
興奮して壁に爪を立てた。石壁は爪の間を削り皮膚を破いた。
「ぼくはシャドウに裏切られたんだ。マリーさえ、何も言ってくれなかった!ぼくに言えばきっと反対されるだろうと思っていたんだろうな!でもさ、」
「ぼくらは長いことずっと一緒にいたんだよ。ぼくが神官の息子とか関係なく、仲間として繋いでくれたんだよ。手をさ、手を!」
雪の目の前に出された手は血が滴り落ちていた。多少とはいえ、血など見たくない。かぶりを振って目を閉じた。
「なのに、何のひとことも、何の相談もなしに出て行くなんてひどいだろう?」
「ぼくはあの二人のなんだったんだ?」
堰を切って溢れ出したチドリの言葉に雪は何も言えずにいた。これはチドリの本心だ。今まで誰にも言えずに閉じ込めていた言葉だ。ここは何も言うまい。差し込める言葉などない。飲み込めずにいた気持ちを全部吐き出してしまえば、きっと楽になる。言えずにいたのは、神官という職のせいか。それともプライドか。シャドウさんに裏切られたことを認めたくなかったの?
雪は目を閉じた。自分にできることは何もなかったからだ。同情なんてしないけど、親しくしていた人からの裏切りは自分にも覚えがある。だから、なんとなく可哀想に見えた。
「…どうしてもあの二人が許せなかった」
次に吐露した言葉にはすぐに反応した。雪は目を開けて、チドリを見上げた。
「ぼくを裏切ったシャドウとマリーを許せなかった。だから罰を与えた」
「罰?」
物々しく囁いた言葉にぞわりと鳥肌が立つ。
「シャドウは神官の資格を取り上げて追放した。もう神職には就けない。巫女を唆して連れ出そうとした罪も消せはしないよ」
「マリーには、楽しかったあの頃をずっと覚えていて欲しいから時間を戻したんだ」
「時間を…戻した?」
聞き慣れない単語にまた背筋が凍った。頭の回路がおかしくなったのか。チドリの言ってる話が理解できずにいた。
「シャドウが下界の話などする前に。何も知らずにいた頃さ。ぼくとシャドウとマリーの三人で楽しく過ごしたあの頃に戻して、止めた。だからあの子は永遠に六歳のままだ」
「なんでそんなこと…」
「下界など汚れた世の中を知るべきではないんだ。神殿に守られて生きて行くのが一番なんだ。ここにはぼくがいる。ぼくが守っていられる」
「…そんなことがあの子の幸せだと思っているの?」
尋常じゃない。狂信者の目つきだ。
「ありきたりの答えなど聞いても仕方がないだろう。どう思うかなんてぼくが決めていいんだよ。非道だと罵られても、二人から同時に裏切られたぼくの気持ちには到底敵わない!」
「そんな考えおかしい…」
「だろうね」
雪の怯える様を見せてもチドリは動じない。もう正気など遥か前に振り切れていたのだ。初対面で見た精悍な顔立ちは、目つきだけを変えて別人に成り果てた。
「でもね。ここにいるのはある意味得策なんだよ」
チドリは雪にシイと喋らないように口元に指を当てた。
「サリエというマリーの世話役の女官がいるんだが、彼女はどういう訳かマリーのことを嫌ってる。子どもの頃はよく懐いていたのに、今は寄り付きもしないよ。彼女もマリーに笑顔すら見せない。顔を合わせればいがみ合うだけだから、この部屋はいい隠れ家だ。彼女にはこの部屋は見つからないように呪文がかけてある。もちろんきみもね。影付きがいると知ったら、すぐにでもきみは処されるよ」
だから来るべき時が来るまで、おとなしくしていなさい。
チドリは石壁に半身をすり抜けさせ、顔だけを雪に向けて囁きながら消えた。
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