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第4章
28 変な人
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緊張感がまた現れた。
その名前を口に出した途端に不安定な気持ちになった。目の前の女性にも緊張が移ってしまったようだ。こちらをじっと見ている。不審そうにオレを見ている。唇が、だ、れ、と動く。首を傾げて不安そうにしている。
見れば見るほど、オレが記憶している雪の姿とは違った。
青みがかった髪はゆるく編み込まれて、毛先は背中の辺りまであり、目の色は茶色く、背丈は小柄で歳も若そうだ。
雪の背丈はオレの胸元辺りまではあったはずだ。それに髪色は茶がかかった黒髪だ。肩につくぐらいで短めだった。歳は二十三と言っていた。離れている間に髪が伸びたのかもしれないが、年齢まで変わることはないだろう。
歳は足せられても、引き算はできない。これでは総体的に似てるとはいえない。
「ちがう」
口に出ていた。精査する時間はいらない。
ただ、流れてきた記憶はどう説明するんだ。あれは限られた人にしか知らない記憶だ。オレとディルと雪。あの場にはこの三人しかいなかったはずだ。シャドウは固まったまま動かなくなった。
「…だ…れ?」
キアは訝しむようにシャドウを睨んだ。こちらをじっと見つめてきては、ぶつぶつと呟いている。なんだか様子がおかしい。あやしい。
キアはシャドウから目を逸らさずにいたが、足はすくむ一歩手前で、カタカタとちいさく震えていた。後ろ足でゆっくりと退がり、扉を支えながら外に出た。
バタン!!
体ごと扉に押しつけて閉めた。
やっぱり水の宿には変な客が多い!!
キアは必死になって扉の前に重そうな物を運んだ。土嚢を積み上げ、薪を割る土台を転がして扉の前に置いた。箒2本をバツになるよう交差させて立てかける。
よし!変な客を閉じ込めた!
キアは小さくガッツポーズをした。
「ナユタさんに言って追い返してもらおう!」
踵を返したところにナユタとナノハがいた。
「ぼくがなんだって?」
「なぁにこれ?どうしたの?」
「うわっあきゃあ!」
突如、声をかけられて驚きと衝撃で変な声が出た。ついでに体が跳ね上がった。
「キア。落ち着いて」
ナユタもナノハも笑っていた。獲物を狙おうとして忍び寄っていく小動物が、逆に獲物側から驚かされて飛び上がって逃げていくような様だと安易に想像ができた。
「へっ、へんなひとがいます!なかに」
キアの必死な姿に、ナユタは首を傾げながら土嚢を跨いで扉に手をかけた。中にいるのはシャドウだけのはず。変人でも悪人でもないと思ったけど、紹介もなしに二人きりにするのはまずかったかなと反省した。
「変な人だって言われてますよ。シャドウさん」
中に入るとシャドウが席を立ったままの状態でいた。
「だ、誰がだ」
声をかけられて慌てて平静を装い、席に戻った。スープを一口運ぶものの、すっかり冷めてしまい、パンも固くなっていた。
「あなたが」
扉は少し開けたままにしておいた。外ではナノハとキアが土嚢を片付けていた。
「うちの従業員が何か」
隙間からちらっとキアの姿が見えた。シャドウもちらっと視線を送る。
「従業員?いつから働いているんだ?」
この質問にナユタはすぐには答えなかった。眉毛をぴくっと動かし、慎重な面持ちでシャドウを見返した。
「…いや。なんでもない」
「ちょっとちょっと、なんでもないってわけないでしょう!」
あきらかに引かれてるじゃないか!とナユタは呆れる。現に、シャドウだけを宿に閉じ込めて隔離されていた。何かあったと思うのが正解じゃないか。
「……ひと違」
「ん?」
シャドウは口籠る。精査は必要ないはずなのに、キアは雪ではないと、はっきりと断言できなかった。自分が納得できないのに、人に説明などできるはずもない。
「…こちらの勘違いなら謝るけど?」
「いや、いい。驚かせたのかもしれないから」
突然現れた男に、訳の分からないことを言われたら気分が悪くなるのは当然だ。むしろこちらが謝るべきだ。
「ホント、腰の低い人だね」
間違いをすぐに正せるのは良いことだけど、謝ってばかりじゃないか。
ナユタはシャドウを見て、なんだかなあとぼやいた。キアを気にしてるあたり、ワケありだと言っているものと同じじゃないか。何の意図があるか、ぼくもシャドウさんを見極めないとだな。ナユタはまたひとつ問題が増えたと肩のあたりを撫でた。
「少し話をしてみたいんだが…」
機会をもらえるかどうか聞いてもらえないかとシャドウはナユタをちらっと見る。ナユタは、思い切り不振がられていたから、どうかなぁ~とおどけて見せた。
「キアならもういないわよ。別の用事ができたからね」
扉を開けるとキアの姿はなかった。ナノハだけがいた。
「ムジに呼ばれてたから行かせたわ。ホント、あの人は人使いが粗いんだから。心の準備だってあるでしょうに!」
心なしかムスッとしていた。
「ちょうどいいわ。シャドウさん!薪割りをお願いできるかしら!」
ナノハはキアが運んできた土台に斧を食い込ませた。
ずいっとシャドウの手に薪を三、四本押し込んだ。まだまだあるからねと後ろの薪の山を指さされた。
「お、おう…」
断るのは容易ではなさそうだ。
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