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第2章
12 あのね
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マリーは堰を切ったように喋り出した。人に会うのが久しぶりのようで噛んでも噛んでも話をやめなかった。
話の内容は主に神殿での暮らしぶりだ。朝は礼拝と掃除と朝食。それらが済んだ後は一般教養や歌の勉強。昼は食事は取らずに礼拝と勉強。夜は夕食の後は寝る前の礼拝以外は自由時間。子ども達は本を読んだりおままごとをしたり絵を書いたりと、遊びの種類は様々のようだ。一日二食の下りが気になった。育ち盛りに二食はきついのでは?細い体の線が気がかりでもある。
春には花が芽吹いてミツバチや蝶が飛んでくる。手作りの花冠でお嫁さんごっこしたり、花の蜜を吸ったり。夏は楡の木の下でお昼寝し、釣りをしたり水場で泳ぐ。秋は落ち葉を集めてかくれんぼをしたりベッドにする。冬は鎌倉を作っておままごと。池の水が凍ってスケートやソリで遊ぶのが楽しいと目を輝かせていた。遊び方はどこも一緒か。私も似たようなことをして遊んでいたもんだ。摘んだ花を押し花にしたり、虫かごにトカゲ詰めたり、田んぼでザリガニを釣ったりもした。
こちらの世界でも四季はあるようだ。しかも話の内容からすると、この辺りが砂漠化になったことは、マリーは知らないみたいだった。緑は暑さに強い種類がいくばかりかある程度。野原なんてものは存在を消していた。空を見てないと言っていたけれどそれはいつの話だろうか。
雪は天井を見上げた。格子付きの小さな窓が四方にあった。これはせいぜい明かりとりの為の窓だ。きっと開くことはない。これでは監禁じゃないか。そんな部屋に私も入れさせたということは、私も閉じ込める気か。ますますチドリさんの動向がわからない。
「マリーとチドリと…っとね、いっぱいあそんだんだよ」
「…そうなんだ」
マリーは何か言いたげなよそよそしい表情をしていた。
「はちみつをね、マリーがたくさんたべちゃってチドリと…が女官たちに怒られたの」
マリーとチドリと…と?
どうして隠すの?
一緒にいたのはチドリさんだけじゃないでしょう?
マリーの話し方はとても不明瞭で、ところどころに穴があった。
「二人だけじゃないよね?遊んでいた人は」
「えっ」
マリーの表情が明らかに曇ってきた。唇を触ったり服の裾を掴んだり離したりと急に落ち着かなくなってきた。
「あああとねっ」
雪に口を挟ませまいとマリーは一生懸命に言葉を紡いだ。外には馬とラクダとヤギがいて毎日世話をしていた。ヤギからはミルクが取れる。今日の朝ごはんは木ノ実が入ったパンとヤギのミルクと芋のスープだとか。たまのおやつは干した果実。マリーはたくさん噛むとおいしいんだよと力説してくる。洗濯も掃除もみんなでやるの。みんなでやると早く終わるから、そしたらみんなであそぶの。
「みんな?」
「うん!えっとね、マリーとチドリと…」
どうしてももう一人の名前を出そうとしてしない。
「…ねぇ。シャドウさんのこと知ってるよね?マリーち
ゃんはチドリさんとシャドウさんと三人で一緒に遊んでたんじゃないの?」
雪は首を傾げてマリーの顔を覗き込んだ。
「どうしてシャドウさんのことを言わないの?」
シャドウさんが大事に愛しく育ててきた妹。忘れたとは言わせない。
「おねえちゃん。シャーオのこと知ってるの?」
しょぼくれていた瞳が一瞬だけ、見開いた。
雪は頷く。
「昨日まで一緒にいたの。今ははぐれちゃったけど…」
今はいないとわかるとマリーの表情はまた影をさした。
「…だってシャーオは」
マリーは服の裾をぎゅっと掴んだまま、唇を噛み締めた。うう~と低い唸り声をあげた。
「…シャーオはマリーのことキライになったって言うんだもん!」
ポタポタと丸い涙の粒が頬を伝い、石床に落ちていった。肩を上下に揺らしわあわあと泣き崩れていくマリーを雪は呆然と見ていた。
「嫌いになんてなるわけがない!何言ってるの?シャドウさんは」
あなたの幸せを誰よりも願っているのに。雪はマリーの肩に手を置き、指の腹で涙を拭いた。
「キライじゃないの?」
「嫌いになる理由がないじゃない」
だったら何のための拘束?何のための罪?あんな不名誉な称号を取らざるを得ない理由は何なの?
雪はマリーを胸に抱きしめて背中の中腹をさすった。泣かない泣かないとあやしていく。
「じゃあなんで会いに来てくれないの?マリーはずっとシャーオに会ってないよ。いっしょにあそびたいのに」
泣きじゃくるマリーの髪を撫でる。せっかく梳かした髪もまた乱れてきた。絡まって毛玉になる。
「マリーは短い髪の方が似合うよ」
雪とマリーの間に息をする間もなくスッと現れたチドリに雪は慌てふためいた。
「な、え?どこから!?」
咄嗟にマリーの体から手を離し仰け反ってしまった。見渡すと部屋には扉がない。この男はどこから入って来たのだろうか。
「やあ。目が覚めたみたいだね」
いけしゃあしゃあと好青年のように微笑むチドリに雪は猛烈に腹が立った。対人なら美紅以来の怒りだ。
「あなたねえ!」
「家畜用の薬なのに効いたみたいだね」
チドリは今にも食ってかかってきそうな雪をのらりくらりとかわす。まだ涙がきれないマリーを抱き抱えて頭を撫でた。
「よしよし。良い子だから泣き止みなさい。僕はこの人と大事な話があるから、マリーは向こうに行っててくれないか?」
「だいじなおはなし?」
ぐすんぐすんと鼻を鳴らし両手で涙を拭った。両目は赤く染まり鼻水を拭いたワンピースの裾は灰色のシミができていた。
「うん。お仕事なんだ」
「マリー、きいてちゃだめ?」
「うん。ダメ。マリーには難しい話だから聞いてもわからないよ。あっちでお歌の練習してきて。まだね、咲かない花がたくさんあるから。咲かないとね儀式ができないんだ」
「ぎしきってなに?おまつり?」
「まあ、似たようなものかな。マリーはお歌がうまいからお花を咲かせられるよね?お花さんに届くように大きな声で歌って」
「うん!わかった」
チドリの言葉にマリーの泣きっ面が明るくなった。目尻が下がり花が咲いたみたいに可憐だ。
どう見ても真っ当な生活を送れてはないように感じるが、マリーがチドリを見る目には信頼さがあった。
おねえちゃん、またねと笑って部屋の奥に走って行った。その方向からまたワンフレーズだけの歌が聞こえて来た。
「国花を咲かせる為の祈りの歌です」
チドリは雪に説明するように呟いた。国花とは確かリュリュトゥルテとかいう花のことだ。神殿の巫女の結婚式に使う花だとディルに教えてもらっていた。
「さてと。これで漸く落ち着いて話ができますね」
チドリは雪と向き直り、傍にあった椅子に腰を下ろした。
「…」
雪は無言のままチドリを睨んだ。言いたいことは山ほどあるが、どう切り出したらいいか迷っていた。
「そんなに硬くならなくてもいいですよ。影付きさん」
「なんでそれを、」
体の奥から鳥肌がたった。何でも見透かしているような瞳から目が反らせない。
「なんでって。国賓の証をぶら下げてわからないわけないじゃないですか。ヴァリウスの愛人だと誤解する輩もいるでしょうけど」
チドリは感情のない表情を浮かべて自分の首を掴んで見せた。
「誰が愛人よ!」
「国家が転覆するかもって時に遊び歩いている馬鹿な王の愛人などと間違えられてはあなたも散々ですね。まあ、似合っていますけどね。とっても」
真紅の色は女性を表す。宝石の数や大きさなどで寵愛度を測るなどと揶揄する下賤な見方もあるのだとチドリは笑った。
「ふざけたこと言わないで!」
雪は立ち上がり、チドリに詰め寄ろうとしたが繋がれた足に邪魔をされた。
「まあ、そんなに熱くならずに。市井の話ですよ。黙ってすましていればあなたも存外可愛らしい。痩我慢などせずに影付きを受け入れて愚王の側にいなさい。さすれば国も安泰だ」
「…私の存在一つで今後の国のありようが左右されるようなものですか」
「影付き」を手に入れれば安泰だと一口で言ったって、そう変わるものじゃない。私には何の力もない。
「やれやれ。あの愚王は何も言ってないのか?本当に使えない男だな」
チドリは見るからに呆れた顔になり、辟易していた。
「どういうこと?」
「きみが以前にいた世界で今まで学んで来た知識や教養、政治、カルチャー、社会、宗教や文化などの情報を記憶として我が国に献上してもらいたい。きみは記憶媒体として我が国の礎になるんだよ。この国はまだまだ発展途上でね。あらゆる国の情報が必要なんだ」
「…何を言ってるの?」
そんな話聞いたことがない。
雪は自身が震えていくのをすぐに察知した。この先の話を聞いてはいけない。いけないと体が拒否反応を起こしていた。でも、聞かずにはいられない。今後の自分の行き先を決めるにあたり、この情報は必要だ。
「…今までこの世界に来た影付きは」
以前、レアシスが、影付きが元の世界に帰れたと事例はないと言っていたのを思い出した。事例がないのではなく、存在自体をなかったことにしているのではないか?
雪は疑問を持った。礎とやらにされたら誰にも真実はわからない。
「きみらの存在は我が国の歴史の功績として永遠に残る。これはとても名誉なことだ。何も心配はいらない。きみの髪の毛一本でさえ無駄にしないよ」
チドリは妖しく薄笑いを浮かべた。雪の眼前にいたはずだったが、いつの間に雪の背後に回っていた。音も立てずに。後ろ髪の上からチョーカーに触れた。指先の腹で首筋をなぞる。
「花が咲いたらきみともお別れかな」
チドリは耳朶に唇を当てながら囁いた。
そしてまた、音もなく室内から消えた。
チドリが出て行ったことを察したマリーが、部屋の奥から戻ってきた。
「あのね。マリーはね。前みたいに三人でまた遊べるようになりたいと思っているよ」
こっそり耳打ちされた声が今も残る。無邪気に笑う少女さえ、恐ろしくなった。
マリーは堰を切ったように喋り出した。人に会うのが久しぶりのようで噛んでも噛んでも話をやめなかった。
話の内容は主に神殿での暮らしぶりだ。朝は礼拝と掃除と朝食。それらが済んだ後は一般教養や歌の勉強。昼は食事は取らずに礼拝と勉強。夜は夕食の後は寝る前の礼拝以外は自由時間。子ども達は本を読んだりおままごとをしたり絵を書いたりと、遊びの種類は様々のようだ。一日二食の下りが気になった。育ち盛りに二食はきついのでは?細い体の線が気がかりでもある。
春には花が芽吹いてミツバチや蝶が飛んでくる。手作りの花冠でお嫁さんごっこしたり、花の蜜を吸ったり。夏は楡の木の下でお昼寝し、釣りをしたり水場で泳ぐ。秋は落ち葉を集めてかくれんぼをしたりベッドにする。冬は鎌倉を作っておままごと。池の水が凍ってスケートやソリで遊ぶのが楽しいと目を輝かせていた。遊び方はどこも一緒か。私も似たようなことをして遊んでいたもんだ。摘んだ花を押し花にしたり、虫かごにトカゲ詰めたり、田んぼでザリガニを釣ったりもした。
こちらの世界でも四季はあるようだ。しかも話の内容からすると、この辺りが砂漠化になったことは、マリーは知らないみたいだった。緑は暑さに強い種類がいくばかりかある程度。野原なんてものは存在を消していた。空を見てないと言っていたけれどそれはいつの話だろうか。
雪は天井を見上げた。格子付きの小さな窓が四方にあった。これはせいぜい明かりとりの為の窓だ。きっと開くことはない。これでは監禁じゃないか。そんな部屋に私も入れさせたということは、私も閉じ込める気か。ますますチドリさんの動向がわからない。
「マリーとチドリと…っとね、いっぱいあそんだんだよ」
「…そうなんだ」
マリーは何か言いたげなよそよそしい表情をしていた。
「はちみつをね、マリーがたくさんたべちゃってチドリと…が女官たちに怒られたの」
マリーとチドリと…と?
どうして隠すの?
一緒にいたのはチドリさんだけじゃないでしょう?
マリーの話し方はとても不明瞭で、ところどころに穴があった。
「二人だけじゃないよね?遊んでいた人は」
「えっ」
マリーの表情が明らかに曇ってきた。唇を触ったり服の裾を掴んだり離したりと急に落ち着かなくなってきた。
「あああとねっ」
雪に口を挟ませまいとマリーは一生懸命に言葉を紡いだ。外には馬とラクダとヤギがいて毎日世話をしていた。ヤギからはミルクが取れる。今日の朝ごはんは木ノ実が入ったパンとヤギのミルクと芋のスープだとか。たまのおやつは干した果実。マリーはたくさん噛むとおいしいんだよと力説してくる。洗濯も掃除もみんなでやるの。みんなでやると早く終わるから、そしたらみんなであそぶの。
「みんな?」
「うん!えっとね、マリーとチドリと…」
どうしてももう一人の名前を出そうとしてしない。
「…ねぇ。シャドウさんのこと知ってるよね?マリーち
ゃんはチドリさんとシャドウさんと三人で一緒に遊んでたんじゃないの?」
雪は首を傾げてマリーの顔を覗き込んだ。
「どうしてシャドウさんのことを言わないの?」
シャドウさんが大事に愛しく育ててきた妹。忘れたとは言わせない。
「おねえちゃん。シャーオのこと知ってるの?」
しょぼくれていた瞳が一瞬だけ、見開いた。
雪は頷く。
「昨日まで一緒にいたの。今ははぐれちゃったけど…」
今はいないとわかるとマリーの表情はまた影をさした。
「…だってシャーオは」
マリーは服の裾をぎゅっと掴んだまま、唇を噛み締めた。うう~と低い唸り声をあげた。
「…シャーオはマリーのことキライになったって言うんだもん!」
ポタポタと丸い涙の粒が頬を伝い、石床に落ちていった。肩を上下に揺らしわあわあと泣き崩れていくマリーを雪は呆然と見ていた。
「嫌いになんてなるわけがない!何言ってるの?シャドウさんは」
あなたの幸せを誰よりも願っているのに。雪はマリーの肩に手を置き、指の腹で涙を拭いた。
「キライじゃないの?」
「嫌いになる理由がないじゃない」
だったら何のための拘束?何のための罪?あんな不名誉な称号を取らざるを得ない理由は何なの?
雪はマリーを胸に抱きしめて背中の中腹をさすった。泣かない泣かないとあやしていく。
「じゃあなんで会いに来てくれないの?マリーはずっとシャーオに会ってないよ。いっしょにあそびたいのに」
泣きじゃくるマリーの髪を撫でる。せっかく梳かした髪もまた乱れてきた。絡まって毛玉になる。
「マリーは短い髪の方が似合うよ」
雪とマリーの間に息をする間もなくスッと現れたチドリに雪は慌てふためいた。
「な、え?どこから!?」
咄嗟にマリーの体から手を離し仰け反ってしまった。見渡すと部屋には扉がない。この男はどこから入って来たのだろうか。
「やあ。目が覚めたみたいだね」
いけしゃあしゃあと好青年のように微笑むチドリに雪は猛烈に腹が立った。対人なら美紅以来の怒りだ。
「あなたねえ!」
「家畜用の薬なのに効いたみたいだね」
チドリは今にも食ってかかってきそうな雪をのらりくらりとかわす。まだ涙がきれないマリーを抱き抱えて頭を撫でた。
「よしよし。良い子だから泣き止みなさい。僕はこの人と大事な話があるから、マリーは向こうに行っててくれないか?」
「だいじなおはなし?」
ぐすんぐすんと鼻を鳴らし両手で涙を拭った。両目は赤く染まり鼻水を拭いたワンピースの裾は灰色のシミができていた。
「うん。お仕事なんだ」
「マリー、きいてちゃだめ?」
「うん。ダメ。マリーには難しい話だから聞いてもわからないよ。あっちでお歌の練習してきて。まだね、咲かない花がたくさんあるから。咲かないとね儀式ができないんだ」
「ぎしきってなに?おまつり?」
「まあ、似たようなものかな。マリーはお歌がうまいからお花を咲かせられるよね?お花さんに届くように大きな声で歌って」
「うん!わかった」
チドリの言葉にマリーの泣きっ面が明るくなった。目尻が下がり花が咲いたみたいに可憐だ。
どう見ても真っ当な生活を送れてはないように感じるが、マリーがチドリを見る目には信頼さがあった。
おねえちゃん、またねと笑って部屋の奥に走って行った。その方向からまたワンフレーズだけの歌が聞こえて来た。
「国花を咲かせる為の祈りの歌です」
チドリは雪に説明するように呟いた。国花とは確かリュリュトゥルテとかいう花のことだ。神殿の巫女の結婚式に使う花だとディルに教えてもらっていた。
「さてと。これで漸く落ち着いて話ができますね」
チドリは雪と向き直り、傍にあった椅子に腰を下ろした。
「…」
雪は無言のままチドリを睨んだ。言いたいことは山ほどあるが、どう切り出したらいいか迷っていた。
「そんなに硬くならなくてもいいですよ。影付きさん」
「なんでそれを、」
体の奥から鳥肌がたった。何でも見透かしているような瞳から目が反らせない。
「なんでって。国賓の証をぶら下げてわからないわけないじゃないですか。ヴァリウスの愛人だと誤解する輩もいるでしょうけど」
チドリは感情のない表情を浮かべて自分の首を掴んで見せた。
「誰が愛人よ!」
「国家が転覆するかもって時に遊び歩いている馬鹿な王の愛人などと間違えられてはあなたも散々ですね。まあ、似合っていますけどね。とっても」
真紅の色は女性を表す。宝石の数や大きさなどで寵愛度を測るなどと揶揄する下賤な見方もあるのだとチドリは笑った。
「ふざけたこと言わないで!」
雪は立ち上がり、チドリに詰め寄ろうとしたが繋がれた足に邪魔をされた。
「まあ、そんなに熱くならずに。市井の話ですよ。黙ってすましていればあなたも存外可愛らしい。痩我慢などせずに影付きを受け入れて愚王の側にいなさい。さすれば国も安泰だ」
「…私の存在一つで今後の国のありようが左右されるようなものですか」
「影付き」を手に入れれば安泰だと一口で言ったって、そう変わるものじゃない。私には何の力もない。
「やれやれ。あの愚王は何も言ってないのか?本当に使えない男だな」
チドリは見るからに呆れた顔になり、辟易していた。
「どういうこと?」
「きみが以前にいた世界で今まで学んで来た知識や教養、政治、カルチャー、社会、宗教や文化などの情報を記憶として我が国に献上してもらいたい。きみは記憶媒体として我が国の礎になるんだよ。この国はまだまだ発展途上でね。あらゆる国の情報が必要なんだ」
「…何を言ってるの?」
そんな話聞いたことがない。
雪は自身が震えていくのをすぐに察知した。この先の話を聞いてはいけない。いけないと体が拒否反応を起こしていた。でも、聞かずにはいられない。今後の自分の行き先を決めるにあたり、この情報は必要だ。
「…今までこの世界に来た影付きは」
以前、レアシスが、影付きが元の世界に帰れたと事例はないと言っていたのを思い出した。事例がないのではなく、存在自体をなかったことにしているのではないか?
雪は疑問を持った。礎とやらにされたら誰にも真実はわからない。
「きみらの存在は我が国の歴史の功績として永遠に残る。これはとても名誉なことだ。何も心配はいらない。きみの髪の毛一本でさえ無駄にしないよ」
チドリは妖しく薄笑いを浮かべた。雪の眼前にいたはずだったが、いつの間に雪の背後に回っていた。音も立てずに。後ろ髪の上からチョーカーに触れた。指先の腹で首筋をなぞる。
「花が咲いたらきみともお別れかな」
チドリは耳朶に唇を当てながら囁いた。
そしてまた、音もなく室内から消えた。
チドリが出て行ったことを察したマリーが、部屋の奥から戻ってきた。
「あのね。マリーはね。前みたいに三人でまた遊べるようになりたいと思っているよ」
こっそり耳打ちされた声が今も残る。無邪気に笑う少女さえ、恐ろしくなった。
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