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第4章
26 気持ちを切り替える
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「キアはもう手を引きなね」
澄み切った青空の下、水汲みを終えて宿に戻る時にアンジェに出会った。
おはようの挨拶もままならぬまま、開口一番に告げられた。
「え?」
一瞬何のことかわからなかった。
「婆さんのこと。キアが気にしてるってナユタが言っていたよ」
「あ…、うん」
「あの人は昔からああいう人だから、今さら騒いでもどうにもならないよ」
アンジェは今朝もシダルを見舞っていた。怪我の回復が遅いと薬師であるアンジェに絡んできたという。年齢的に回復に時間がかかることを理解していない様子だ。空元気のようにも見えるが、性格は相変わらずだと笑った。
「どっちかというと、今回のことで心の内側のドロドロが露呈されて、本性がバレてよそよそしくなってる人がいっぱいいるんじゃないかな」
アンジェはニヤリと笑う。あそこの奥さんとか、宿屋の奴らとか、と指折り数える。
「アンジェ。たのしそう」
普段は見せない悪い顔をしている。
「ふふ」
「ここは狭い村だからさ、みんな色々不満があるんだよ。それが溜まり溜まって爆発したってところかな。そういう意味では婆さんも被害者だな」
あの人は常日頃吐き出してるからダメージは少なさそうだけど。今回はまた症例が違う。
「キハラがいるのに」
浄化の効果は期待できない?
「個人的な心の機微にまでは干渉はできないよ」
「…あっ、そうだよね」
そこは私も気にしていた点だ。儀式はあくまでも森全体の浄化だ。村人の心情にまで寄り添えない。あったことをなかったことにはできないのだ。
「中にはけろっとしてるのもいるけどね。ハゼルとか」
「…ああ。そんな感じだね」
一時の感情にものを言う人には、よく効くようだ。問題なのは婆さんよりハゼルの方では?と疑問を持つ人も少なく無い。両親にキツくお仕置きを受けて人一倍落ち込んでいたアドルとは違い、ハゼルは普段と変わらない態度のようだ。
「ま、なんにせよ。キアはここまで!いつまでも気にしてたら体に悪いよ」
確かに、もうできることはなさそう。お見舞い?でも慰めるのはちょっと違う。どうせ突っぱねられるに決まっている。
「アンジェはどうするの?」
「私は薬師だから怪我が治るまで診るよ。家も隣だ。アーシャも懐いているし、なんだかんだで今後も付き合いはあるよ」
アンジェはシダルのことは嫌いではないようだ。問題はあるけど頼りにしている部分もあるようだ。
わしゃわしゃとキアの頭をかき混ぜた。キアは気にするなと励ましているようだ。
「わわわわっ」
「お客も入ってるし、これから忙しくなるよ」
「えっ!お客さま?」
「うん。ナユタと話しているところを見かけたよ。背の高い男性だった」
「そうなんだ!気がつかなかった」
儀式の後は、体力回復のために朝までキハラの元にいるようにしていた。
朝になったら水汲みの仕事に行くので宿には帰っていなかった。お客が来るのは花祭り以来。ちょっと緊張するかも。
「お客が入るとナユタが活気付くからサポートしてやりな」
サービスの上を行く大売り出しだとお客をもてはやす姿が安易に想像できた。アンジェは普段の閑古鳥の状態も知っているからニヤニヤと笑った。
「意地悪ね」
キアはむぅっと頬を膨らませた。アンジェとのやりとりはキハラを思い出す。ちょっと一言多い意地悪。でも優しいのだ。
「ははは」
アンジェはもう一度キアの頭を撫でた。キアの表情が豊かになってきたのが、アンジェもたまらなく嬉しいのだ。お互いに姉のように妹のように慕い合う。
「じゃあ。またね」
「うん。また」
お互いに手を振って別れた。アンジェはゆっくりと。キアは小走りに駆け出した。
「キアはもう手を引きなね」
澄み切った青空の下、水汲みを終えて宿に戻る時にアンジェに出会った。
おはようの挨拶もままならぬまま、開口一番に告げられた。
「え?」
一瞬何のことかわからなかった。
「婆さんのこと。キアが気にしてるってナユタが言っていたよ」
「あ…、うん」
「あの人は昔からああいう人だから、今さら騒いでもどうにもならないよ」
アンジェは今朝もシダルを見舞っていた。怪我の回復が遅いと薬師であるアンジェに絡んできたという。年齢的に回復に時間がかかることを理解していない様子だ。空元気のようにも見えるが、性格は相変わらずだと笑った。
「どっちかというと、今回のことで心の内側のドロドロが露呈されて、本性がバレてよそよそしくなってる人がいっぱいいるんじゃないかな」
アンジェはニヤリと笑う。あそこの奥さんとか、宿屋の奴らとか、と指折り数える。
「アンジェ。たのしそう」
普段は見せない悪い顔をしている。
「ふふ」
「ここは狭い村だからさ、みんな色々不満があるんだよ。それが溜まり溜まって爆発したってところかな。そういう意味では婆さんも被害者だな」
あの人は常日頃吐き出してるからダメージは少なさそうだけど。今回はまた症例が違う。
「キハラがいるのに」
浄化の効果は期待できない?
「個人的な心の機微にまでは干渉はできないよ」
「…あっ、そうだよね」
そこは私も気にしていた点だ。儀式はあくまでも森全体の浄化だ。村人の心情にまで寄り添えない。あったことをなかったことにはできないのだ。
「中にはけろっとしてるのもいるけどね。ハゼルとか」
「…ああ。そんな感じだね」
一時の感情にものを言う人には、よく効くようだ。問題なのは婆さんよりハゼルの方では?と疑問を持つ人も少なく無い。両親にキツくお仕置きを受けて人一倍落ち込んでいたアドルとは違い、ハゼルは普段と変わらない態度のようだ。
「ま、なんにせよ。キアはここまで!いつまでも気にしてたら体に悪いよ」
確かに、もうできることはなさそう。お見舞い?でも慰めるのはちょっと違う。どうせ突っぱねられるに決まっている。
「アンジェはどうするの?」
「私は薬師だから怪我が治るまで診るよ。家も隣だ。アーシャも懐いているし、なんだかんだで今後も付き合いはあるよ」
アンジェはシダルのことは嫌いではないようだ。問題はあるけど頼りにしている部分もあるようだ。
わしゃわしゃとキアの頭をかき混ぜた。キアは気にするなと励ましているようだ。
「わわわわっ」
「お客も入ってるし、これから忙しくなるよ」
「えっ!お客さま?」
「うん。ナユタと話しているところを見かけたよ。背の高い男性だった」
「そうなんだ!気がつかなかった」
儀式の後は、体力回復のために朝までキハラの元にいるようにしていた。
朝になったら水汲みの仕事に行くので宿には帰っていなかった。お客が来るのは花祭り以来。ちょっと緊張するかも。
「お客が入るとナユタが活気付くからサポートしてやりな」
サービスの上を行く大売り出しだとお客をもてはやす姿が安易に想像できた。アンジェは普段の閑古鳥の状態も知っているからニヤニヤと笑った。
「意地悪ね」
キアはむぅっと頬を膨らませた。アンジェとのやりとりはキハラを思い出す。ちょっと一言多い意地悪。でも優しいのだ。
「ははは」
アンジェはもう一度キアの頭を撫でた。キアの表情が豊かになってきたのが、アンジェもたまらなく嬉しいのだ。お互いに姉のように妹のように慕い合う。
「じゃあ。またね」
「うん。また」
お互いに手を振って別れた。アンジェはゆっくりと。キアは小走りに駆け出した。
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