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第4章
23 風鳴り
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起きてしまったことはなかったことにはできない。間違いは誰にでもある。それを許すかいなすかは受け取り方次第。
でも、納得がいかないこともしばしば。ひとの気持ちは多種多様。良いか、悪いかでは判断がしにくい。強制はできない。自分の気持ちは自分のものだ。ひとに合わせることも、被せることも、時には必要かもしれない。でも、自分の気持ちに嘘はつきたくない。
キアは目を閉じて静かに考えた。自分の気持ちに間違いはないかを自分自身に問う。今まで散々と嫌がらせを受けてきた相手を結果としては守ろうとしている。それは間違いではないのか。どうか。
普段なら、考えたら考えた分、こんがらがって余計に頭を悩ませてしまいそうだが、今回はするりと答えが出た。悩む必要はなかった。どうしたって答えは一緒だった。
「シダルさんのことは、苦手なままだけど、今の状態は見過ごせない」
苦手な相手にこんなにも素直に答えを出してしまう自分に驚きもあったが、気持ちは上向きだ。
ここは、退かない。
キアの迷いのない澄んだ瞳に、キハラはぶつくさと愚痴を言いたそうな口元がごわついた。顔つきもムスッとしている。なんだかおもしろくなさそうだ。自分以外のことに真剣にぶつかりに行く姿勢が気に食わない。
「…本来の目的からは逸脱してるぞ」
森に入ってきた旅人達の足跡や感情のエネルギーが充満していくのを解消するための儀式だ。村人ひとりひとりの心の機微にまで干渉はできない。
「一軒一軒回れとか言うなよ」
「言わないよ。ただ、森がきれいになれば、みんなの気持ちも安らぐでしょう。少しでも落ち着かせられたらいいんだ」
キアは柔らかく笑う。
「私の言葉より、キハラの方が頼りになるでしょう」
「それでも収集がつかなかったらどうするんだ」と嫌味ったらしく言うのはやめにした。
己れの力を過小評価する必要はない。ただ、
「結局はオレ頼りか」
余計な一言か。頼りにされて当然だと思いつつも、当たり前に思われてはつまらない。
キハラは意地悪くキアに詰め寄る。
「…適材適所かなぁって。でもダメならちゃんと言うよ」
私が。
キアもキアで、キッとキハラを見つめた。夜目でも体が白いキハラの表情はきれいに見える。
「…生意気になりやがって」
キハラはツンと顔を突き出し、キアの額を軽く小突く。キアは、一歩後ろによろめくも、地面をぐっと踏み締めた。
「祈れ。さあ、はじめるぞ」
キハラの号令と共に、月のない夜の森は静かに目を覚ました。
ザザザ、ザザザザザザ、ザザザザザザ、、、
風によって森中の木々がざわめき出した。水面も我よ我よと飛び跳ねる。キハラが水中から出てくる時に落ちてくる水にキアは体を濡らす。それは勢いがよく、押し潰されそうになる時もある。でも今日は違った。吹き荒ぶ風に乗って、あっという間に消えてしまった。
緊張までもが吹き飛んだ。もう何度となく行っている儀式だが、毎回緊張していた。でも今日は気分がいい。吹き飛ばされそうな風の中でも、キアの足下はしっかりと根付いていた。
「我が主に祝福を」
いつもの口上のあとにキアは続ける。
「どうか、村の人たちの気持ちがおさまりますように!」
争いごとなど誰もしたくないのだ。大勢がひとりを攻撃するなどあってはならないのだ。
キアの渾身の叫びに、キハラはチッと舌打ちをした。
「世話のかかるやつだ」
言われっぱなしは性に合わない。かと言って過干渉はしたくない。負のエネルギーで森を汚したくない。
そもそも、負のエネルギーを浄化するための儀式だ。ん?何だ?あいつが望んでいることは、結果的にオレのしていることと同じか?ええい、ごちゃごちゃ考えているのも性に合わない。
「お前らオレの森で好き勝手な振る舞いをするとはいい根性だ!!オレは争いごとが一番嫌いだといつも言っているじゃねえか!!」
ザザザ、ザザザザザザ、ザザザザザザ、、、!!
「この不届者どもめ!!」
キハラの激しい叫びと轟音が森中に響き渡った。
雷が落ちた。門所のあたりだ。口では言い表せないくらいの頭が割れそうな音だ。村人たちの家を大きく揺らし、窓がガタガタと響く。うわああとかキャーとか村人の声があちこちから聞こえてきた。
その音は眠っていたシャドウにも届いた。
明かりのない部屋でシャドウは起き上がる。窓枠がガタガタと音を鳴らし、水差しの水が数滴こぼれていた。
「何だ…」
ずいぶんと寝入っていたようだ。まだ体に力は入らずにいた。眠気もまだ取れない。
だが、吹き荒ぶ風の音にはさすがに気がついたようだ。
窓は風圧で開かなかった。窓越しに外を見ると、周りの木々が大きくしなり、左右に揺れていた。
「何事か」
台風か?地震か?
相当なエネルギーを使っている現象にシャドウはなす術なく立ち尽くした。ふと、視線を窓に方に向けた。何かが視界の端に映ったのだ。白い紐状のようなものだ。紐状とはいえ細いわけではない。太く、大きく、長く。この家屋を覆っているように見えた。体は白く光っていた。まるで、龍のような体だった。
「こんな山の中になぜ、」
龍の棲家といえば、洞窟の中や人気のない場所がほとんどだ。山の中とはいえ、ここには人が多すぎる。シャドウは一瞬だけ目にしたものを確かめるために部屋から飛び出した。
「おや、シャドウさん起きたね」
よく眠れた?とナユタはのんびりと間の抜けた声をかける。
シャドウは、ナユタの場にそぐわない発言をする姿に慌てふためく。
「何か、外にいるぞ!」
「ああ。大丈夫だよ」
「何がだ!しかもこの風は何だ!」
「この辺りはこういう風はよくあるから」
ナユタは気にしない気にしないとあっけらかんと笑う。
「気にせずにいられるか!何がどうなっているんだ!!」
「まあ、今日はちょっと荒れまくりだけど」
うちの神様はキレやすくて気まぐれだからと笑うナユタにシャドウは食ってかかる。
「あんたは見えてないのか?あれを」
「だーかーらー。大丈夫だから。落ち着いて」
ポンポンと両肩を叩くナユタの手を払いのける。
バカにされているのは一目瞭然だった。
「でかい龍みたいなのにこの宿屋は囲まれているぞ!ほら見ろ!!」
シャドウが指を指す方向には何もいなかった。代わりに人影があった。
吹き荒ぶ風の中で佇んでいる人の姿がシャドウの目にとまった。
起きてしまったことはなかったことにはできない。間違いは誰にでもある。それを許すかいなすかは受け取り方次第。
でも、納得がいかないこともしばしば。ひとの気持ちは多種多様。良いか、悪いかでは判断がしにくい。強制はできない。自分の気持ちは自分のものだ。ひとに合わせることも、被せることも、時には必要かもしれない。でも、自分の気持ちに嘘はつきたくない。
キアは目を閉じて静かに考えた。自分の気持ちに間違いはないかを自分自身に問う。今まで散々と嫌がらせを受けてきた相手を結果としては守ろうとしている。それは間違いではないのか。どうか。
普段なら、考えたら考えた分、こんがらがって余計に頭を悩ませてしまいそうだが、今回はするりと答えが出た。悩む必要はなかった。どうしたって答えは一緒だった。
「シダルさんのことは、苦手なままだけど、今の状態は見過ごせない」
苦手な相手にこんなにも素直に答えを出してしまう自分に驚きもあったが、気持ちは上向きだ。
ここは、退かない。
キアの迷いのない澄んだ瞳に、キハラはぶつくさと愚痴を言いたそうな口元がごわついた。顔つきもムスッとしている。なんだかおもしろくなさそうだ。自分以外のことに真剣にぶつかりに行く姿勢が気に食わない。
「…本来の目的からは逸脱してるぞ」
森に入ってきた旅人達の足跡や感情のエネルギーが充満していくのを解消するための儀式だ。村人ひとりひとりの心の機微にまで干渉はできない。
「一軒一軒回れとか言うなよ」
「言わないよ。ただ、森がきれいになれば、みんなの気持ちも安らぐでしょう。少しでも落ち着かせられたらいいんだ」
キアは柔らかく笑う。
「私の言葉より、キハラの方が頼りになるでしょう」
「それでも収集がつかなかったらどうするんだ」と嫌味ったらしく言うのはやめにした。
己れの力を過小評価する必要はない。ただ、
「結局はオレ頼りか」
余計な一言か。頼りにされて当然だと思いつつも、当たり前に思われてはつまらない。
キハラは意地悪くキアに詰め寄る。
「…適材適所かなぁって。でもダメならちゃんと言うよ」
私が。
キアもキアで、キッとキハラを見つめた。夜目でも体が白いキハラの表情はきれいに見える。
「…生意気になりやがって」
キハラはツンと顔を突き出し、キアの額を軽く小突く。キアは、一歩後ろによろめくも、地面をぐっと踏み締めた。
「祈れ。さあ、はじめるぞ」
キハラの号令と共に、月のない夜の森は静かに目を覚ました。
ザザザ、ザザザザザザ、ザザザザザザ、、、
風によって森中の木々がざわめき出した。水面も我よ我よと飛び跳ねる。キハラが水中から出てくる時に落ちてくる水にキアは体を濡らす。それは勢いがよく、押し潰されそうになる時もある。でも今日は違った。吹き荒ぶ風に乗って、あっという間に消えてしまった。
緊張までもが吹き飛んだ。もう何度となく行っている儀式だが、毎回緊張していた。でも今日は気分がいい。吹き飛ばされそうな風の中でも、キアの足下はしっかりと根付いていた。
「我が主に祝福を」
いつもの口上のあとにキアは続ける。
「どうか、村の人たちの気持ちがおさまりますように!」
争いごとなど誰もしたくないのだ。大勢がひとりを攻撃するなどあってはならないのだ。
キアの渾身の叫びに、キハラはチッと舌打ちをした。
「世話のかかるやつだ」
言われっぱなしは性に合わない。かと言って過干渉はしたくない。負のエネルギーで森を汚したくない。
そもそも、負のエネルギーを浄化するための儀式だ。ん?何だ?あいつが望んでいることは、結果的にオレのしていることと同じか?ええい、ごちゃごちゃ考えているのも性に合わない。
「お前らオレの森で好き勝手な振る舞いをするとはいい根性だ!!オレは争いごとが一番嫌いだといつも言っているじゃねえか!!」
ザザザ、ザザザザザザ、ザザザザザザ、、、!!
「この不届者どもめ!!」
キハラの激しい叫びと轟音が森中に響き渡った。
雷が落ちた。門所のあたりだ。口では言い表せないくらいの頭が割れそうな音だ。村人たちの家を大きく揺らし、窓がガタガタと響く。うわああとかキャーとか村人の声があちこちから聞こえてきた。
その音は眠っていたシャドウにも届いた。
明かりのない部屋でシャドウは起き上がる。窓枠がガタガタと音を鳴らし、水差しの水が数滴こぼれていた。
「何だ…」
ずいぶんと寝入っていたようだ。まだ体に力は入らずにいた。眠気もまだ取れない。
だが、吹き荒ぶ風の音にはさすがに気がついたようだ。
窓は風圧で開かなかった。窓越しに外を見ると、周りの木々が大きくしなり、左右に揺れていた。
「何事か」
台風か?地震か?
相当なエネルギーを使っている現象にシャドウはなす術なく立ち尽くした。ふと、視線を窓に方に向けた。何かが視界の端に映ったのだ。白い紐状のようなものだ。紐状とはいえ細いわけではない。太く、大きく、長く。この家屋を覆っているように見えた。体は白く光っていた。まるで、龍のような体だった。
「こんな山の中になぜ、」
龍の棲家といえば、洞窟の中や人気のない場所がほとんどだ。山の中とはいえ、ここには人が多すぎる。シャドウは一瞬だけ目にしたものを確かめるために部屋から飛び出した。
「おや、シャドウさん起きたね」
よく眠れた?とナユタはのんびりと間の抜けた声をかける。
シャドウは、ナユタの場にそぐわない発言をする姿に慌てふためく。
「何か、外にいるぞ!」
「ああ。大丈夫だよ」
「何がだ!しかもこの風は何だ!」
「この辺りはこういう風はよくあるから」
ナユタは気にしない気にしないとあっけらかんと笑う。
「気にせずにいられるか!何がどうなっているんだ!!」
「まあ、今日はちょっと荒れまくりだけど」
うちの神様はキレやすくて気まぐれだからと笑うナユタにシャドウは食ってかかる。
「あんたは見えてないのか?あれを」
「だーかーらー。大丈夫だから。落ち着いて」
ポンポンと両肩を叩くナユタの手を払いのける。
バカにされているのは一目瞭然だった。
「でかい龍みたいなのにこの宿屋は囲まれているぞ!ほら見ろ!!」
シャドウが指を指す方向には何もいなかった。代わりに人影があった。
吹き荒ぶ風の中で佇んでいる人の姿がシャドウの目にとまった。
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