172 / 203
第4章
22 夜を待て
しおりを挟む-----------------------------------------------
「他人の諍いごとでお前の感情が揺さぶられるのはおもしろくない」
「眉間に皺が寄るのも、顔がふてくさるのもだ」
「悪ガキ共や性悪ババアの処遇など放っておけ」
キハラは続け様に言いたいことをずらずらと並べた。
「キハラの森の中で起きたことよ。負の感情が蔓延するとよくないって言ったじゃない。今、まさにそういう状態なのに、気にならないの?」
負けじとキアも言い返す。珍しい光景だとキハラは低く唸る。
「そんなものまとめてひっくり返してやるわ」
大地を踏み荒らされた足跡も、陰気な感情を撒き散らした村人たちの心の葛藤も、すべてひっくり返してまっさらに均してやる。
「人の心は、思ったことをなかったことになんてできないでしょう?」
確かにそれは無理な話だ。一度でも芽生えた感情は、均しても消えることはない。人の弱みにつけ込んで悪さを起こす輩をたくさん見てきた。ここの村人だってそうだ。人の良いフリをして言葉巧みに近づいては大事な物を根こそぎ奪っていく。愛情も友情も、己れを守る方が大事とくれば重荷にしかならない。
「そんな…」
気落ちするキアに、
「そうそう善人ばかりではない」
キハラはさらに畳み掛ける。
「それは、わかるけれど。だからって、手を上げたあの二人が守られて、シダルさんだけが責められのはおかしいよ」
「吹き出した感情に蓋はできないからな」
いつでも良い人をしていられるわけじゃない。時には他者を攻撃だってする。自分の経験をかさに、同士を集めてさらに攻撃をする。
「シダルさんは意地悪な人だとそれはもうわかっていたことでしょう?なのに、なんで今、みんなで攻撃してくるの?」
「魔が差したんだろ」
「そんなふうに端的に言って!キハラだって困ることでしょう?」
平穏な暮らしが乱されていく。陰気な感情があちこちに充満している。
「お前の方こそ何を言っているか自分でわかっているのか?支離滅裂だぞ」
「う……」
「誰のために怒っているのだ?婆さんのことか?村のことか?オレがどう思うかはこの際関係ないだろうが」
人の内面をうだうだ言っても仕方がない。吹き出した感情には蓋はできない。いっそのこと全部吐き出して、思いの丈をぶちかましてしまえばいい。綺麗事だけを並べても誰も納得しないし、わだかまりは消えやしない。
「…お前はほんと余計なことばかりに気を遣うな」
シダルには幾度ともなく嫌がらせを受けてきた。「異質者」と詰られ、道ののり面から突き落とされたこともある。
「忘れたわけではないだろうが」
やれやれといった顔つきでキハラはキアを見る。
キアは真っ赤に頬を染めていた。かつ、悔しそうに吐き出す。
「忘れはしないけど、この状況がいいものとは決して思えないから!」
ぐうっと歯を食い縛る。目の端に涙が溜まっていた。気を抜くと落ちてきてしまいそうだった。絶対に流すまいと空を睨みつける。
「……夜を待て」
キハラは何か言いたそうな表情を見せるも、ハアと深いため息だけを残し、水中に消えていった。
「ずるい」
なぐさめて欲しかった。気にするなと寄り添って欲しかった。
キアはキハラが消えたあたりの水面をじっと見つめた。
「…ハァ。だめ。だめだなあ」
吹き出した感情のまま話し合ったって、何の解決にはならない。わかってはいたはずなのに止まらなかった。
キアは手のひらの付け根あたりで涙を拭った。ずずっと鼻も鳴らす。
キハラに当たり散らすなんてどうかしてる。
「心配してくれていたのに反論するなんて」
キアは自分のことばかりを考えていたことを猛省した。
「ずるいのは私だ。シダルさんを心配して「良い人」になろうとしている?」
キアは水面に映った自分の姿に問う。正か、誤か。
「…そんなことは、ない」
ケガの傷跡だってまだ残っている。心を詰られたことは今も忘れられない。
シダルのことは、
「好きじゃない。出来れば会いたくない。苦手。話が合わない。横暴。目つきが悪い。声がこわい。仲良くなれない。後ろ姿だけでもびっくりする」
よかった。ちゃんと嫌いだ。苦手な要素が色濃くある。誤魔化していない。
キアはふぅーっと深い息を吐いた。
でも、たまにロイやアンジェと交えて話をしたりもする。苦手だけども対応できないわけでもない。サディカという息子のことはよく知らない。込み入った話のようだから、ナユタやナノハに聞くことはしてない。
でも、
「好き勝手に暴言を吐いていいわけじゃない。だからといって暴力を振るわれていいとは思わない。村の人も傷付いていいわけじゃない」
確かに支離滅裂だ。でも、声に出したら少しだけ気持ちがすっきりした。
「…夜を待つね」
キアはまた水面に視線を落とし、キハラに言われたことを反芻した。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


冤罪で追放した男の末路
菜花
ファンタジー
ディアークは参っていた。仲間の一人がディアークを嫌ってるのか、回復魔法を絶対にかけないのだ。命にかかわる嫌がらせをする女はいらんと追放したが、その後冤罪だったと判明し……。カクヨムでも同じ話を投稿しています。

異世界転移二児の母になる
ユミル
ファンタジー
牧野悠里(まきのゆうり)が一度目は勇者として召喚されて命を落とすがラウムにより転移で女性になる。
そこで出会った人達と仲良くしていく話です。
前作同様不慣れなところが多いですが、出来るだけ読みやすい様に頑張りたいと思います。
一応完結まで書く事ができました。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
今後は番外編等を書いていくのでよろしくお願いします。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

我が家に子犬がやって来た!
もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★

聖女召喚に巻き込まれた私はスキル【手】と【種】を使ってスローライフを満喫しています
白雪の雫
ファンタジー
某アニメの長編映画を見て思い付きで書いたので設定はガバガバ、矛盾がある、ご都合主義、深く考えたら負け、主人公による語りである事だけは先に言っておきます。
エステで働いている有栖川 早紀は何の前触れもなく擦れ違った女子高生と共に異世界に召喚された。
早紀に付与されたスキルは【手】と【種】
異世界人と言えば全属性の魔法が使えるとか、どんな傷をも治せるといったスキルが付与されるのが当然なので「使えねぇスキル」と国のトップ達から判断された早紀は宮殿から追い出されてしまう。
だが、この【手】と【種】というスキル、使いようによっては非常にチートなものだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる