大人のためのファンタジア

深水 酉

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第4章

21 ひとやすみ/むかむか

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 「とりあえずシャドウさんの部屋を案内するよ」
 「泊めてくれるのか?」
 意外だなとシャドウは思った。村中巻き込んだ諍いに部外者が入り込んで、ひっちゃかめっちゃか掻き乱して余計に事を荒げようとしているわけではないが、大問題にしようとしている奴など、面倒くさいだろうに。早々に追い出されるかと思っといた。
 「うちとしてはお客様は大歓迎だよ。色々世話になったしね。お礼も兼ねてるよ」
 「…それはありがたいな。ちょうど横になりたかったところだ」
 余計な勘ぐりだったようだ。シャドウは胸を撫で下ろした。
 「ははは。色々あったからねえ。少し休むといいよ」
 ナユタに部屋を案内される間に、数人の村人とすれ違った。シャドウを見ては、ヒソヒソと小声で囁きあった。会話の端々から「シダル」と聞こえて来る。
 「派手に動いたからね」
 「おぶっただけだ」
 ナユタはにやにやと微笑む。やんちゃなハゼルを黙らせ、シダルを助けた。皆、興味津々だ。
 「どこから来たのかしら」「心根優しい人ね」 
 「この後はどこへ行くのかしら?」「あら見て。引き締まった体ね。見目も麗しいわ~」
 「あらやだ、奥さんたら、どこを見てるの?」
 ご婦人たちの井戸端会議。キャッキャウフフ。
 「シャドウさんモテますね」
 シシシといたずらっ子のように笑うナユタに対し、面白がってないか?とシャドウはナユタをジロッと睨む。
 「まあまあ!人の噂も七十五日っていうからみんなすぐに忘れるよ!」
 「七十五日…長すぎるだろう」
  シャドウはあからさまにげんなりとした表情を見せる。
 「はは。あんまり気にしないで。とりあえずゆっくり休んでよ。あとで何か食べ物を持って行くから」
 ナユタはニ階の奥の部屋を用意した。階段を登る途中に一輪挿しが飾られていた。浅い水の中に、節のついた枝が生けていた。秋色の花と赤い実がついていた。シャドウはそれをちらりと見た。名前は知らないがきれいな花だと思った。
 これだけではない。宿に入ってから、どこからともなく花の香りがした。香油やハーブと混ざって、薬材ぽさも残しつつ、芳しくも感じる。何の香りかは説明できない。それでも、悪い気はしない。
 「さあどうぞ」
 ナユタに案内された部屋に入ると、ベッドと小さなテーブルと椅子。括り付けの棚があった。ベッドの横には窓。解放されて心地よい風が吹いていた。ベッドメイキングはナノハの担当。シーツや枕カバーは草木染めをしたものだ。渋めの紫色だ。安眠効果のあるポプリも枕元に置いてある。汲みたての水も枕元に置いてある。
 「ここの部屋を使ってね。食堂は一階、厠と水場は外。お湯を使いたかったら声かけて。タオルも貸すよ」
 「何から何まで悪いな。助かるよ」
 少し休みたい。頭の中を整理したい。サディカのこともシダルのことも。この後のことも。一旦頭の隅に置いておきたい。
 「お客様あってのものだからねえ。ゆっくりしていってよ」
 シャドウは肩に下げていた荷物を棚に置く。ベッドに腰をかけて靴紐を解いた。言葉通り肩の荷がおりてふうっと一息つく。
 「今布団を干してる最中だから、あとで持っていくね。他に何か欲しいものはある?」
 日差しがあるから寒くないでしょうとナユタは言う。
 「…いや。今はないな」
 早く休みたい。目を開けているのもやっとだ。シャドウは靴を脱ぎ、上着を脱ぎ、ベッドに寝転んだ。程よい弾力と硬さがあった。天井の梁と目が合う。
 「立派な梁だな…」
 頑丈そうな木の梁がドンッと鎮座していた。
 「でしょう!つくりだけは立派なのよ!お客様は全然来ないけど!」
 アッハッハと自虐風に笑うナユタを横目に、シャドウはすうっと目を閉じた。
 「ああ、あとね。今夜は新月だから夜は外に出ないで…」
 振り返るとシャドウは既に寝息を立てていた。
 「ねって言おうとしたのに…お早い寝付きで」
 一服盛ったっけ?と自分を疑いたくなった。空になったカップを眺める。それほどシャドウの寝落ちは早かった。
 よっぽど疲れていたんだなぁとナユタは後ろ手でドアを閉め静かに部屋から出た。

 「ハゼルと一緒にいると気が昂るんだ。オレまで勢いづく」
 だからといって、何でもしていいわけではない。
 ハゼルは、両親から説教をくらい、宿屋の仕事をしばらく取り上げられた。
 とぼとぼと歩いていたところを、キアやご婦人たちに出会したのだ。
 「ハゼルさんのせいにしてる?」
 「そういうわけじゃないよ!…けど」
 「けど?」
 その後の言葉が続かない。
 「…ハゼルと一緒だと馬鹿な事をしてても笑い流してもらえるから。だから、ラクなんだ」
 怒られても構わない。どこ吹く風か。反省していると言っておけばなんとかなる。適当でいいんだ。適当で。
 「でもハゼルはキレるとヤバい。止められなくなるから、こわいんだ」
 騒動が大きくなって親たちにバレるのがこわい。家督を継いだばかりだから、馬鹿な事ばかりしてると役目を取り上げられてしまう。
 「だから、止めたんだよ!オレは婆さんに手を上げてない!ハゼルだけがやったんだ!」
 「だから?」
 自分は関係ないと言い逃れるつもりか。
 「…ずるいですね」
 キアはムッとした。アドルの身勝手な言い訳に。 
 自分には非がないと友人を売り飛ばす態度に。
 「仕方ないわね。ハゼルは」
 「血気盛んな年頃だもの。仕方ないわよ」
 (気持ち悪い)
 そうやって、仕方がないと一言で片付けてしまうご婦人たちにもキアは苛立ちを覚えた。
 「あなただってシダルさんにはずいぶんと意地悪されてたじゃない。大怪我したって聞いたわよ」
 「そうよ」「そうよ」
 ムッとしている態度に気づき、婦人たちはキアを睨む。
 「…その件はもう済んでますから」
 シダルから特に謝罪があったわけではないが、キアの中ではとっくに消化している。止めに入りもしなかった人たちにとやかく言われたくない。
 今さら持ち出してやいのやいの言う気などない。
 今問題なのは、ハゼルとアドルだ。今まで迷惑を被った人もたくさんいるだろうけれど、今回の当事者ではない。ここぞとみんな寄ってたかって一人を責め立てる。よくない事とわかっているくせに、シダルが弱っている間にみんなここぞと攻撃してくる。
 それがとてつもなく、「気持ち悪い」

 キアもとぼとぼと歩いた。あの輪の中にいつまでもいたくない。
 誰かに言うわけでもない。いや、本当は愚痴ってしまいたいと悶々としていたところをキハラに見つかってしまった。
 「オレにどうしろと言うんだ」
 オレに頼るなよと言わんばかりにキハラは顔を曲げる。
 「…そんなんじゃないよ」
 キアはムッと眉間に皺を寄せたまま押し黙る。人の気持ちなんて人それぞれだ。どう思っても、その通りにいくはずもない。
 「…めんどくせぇな。人間は」
 キハラはヌッと頭を木の上まで伸ばし、ぐるりと周辺を見回した。
 「踏み荒らした土地も、荒んだ心も、均してしまえばいいだろうが」
 それでチャラだ。何をそれほどまでに悩む必要があるのかと、キハラはキアを見下ろした。
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