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第4章

17 悪いのは誰だ?

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 「はぁ」
 自分の偏屈さには頭が痛くなる。いつだって声を荒げ、態度も横柄になるからだ。
 相手が誰でも気に食わなければ噛み付いた。もう私には何を話しても聞き入れてはくれないと、最初から決めつけて来る人が多いので、いちいち反論するのが馬鹿らしくなった。
 誰も彼も私が悪いと言いたいのだろう。しかしこっちにだって言い分はある。
 ナノハめ、良妻賢母と言いたいところだが、あの夫婦には子どもがいない。子どもを育てたこともないのになんだあの態度は!偉そうに!
 「お前の夫が不甲斐ないせいで、あんな何処からか降って沸いて来た子どもを世話してやったんじゃないか。他の奴らも、みんな自分の事だけで手一杯だというから、引き取ってやったというのに。感謝の言葉はあれど、非難の言葉を被せて来るなんてお門違いもいいとこだ!」
 シダルは立腹しながら、踏み出した足を蹴り上げる。靴の先端についた泥が木の根元に張り付いた。

 サディカは右も左もわかってないただの小汚い少年だった。年の割には肉付きがない体だった。
 見たこともない肌の色や、額に書かれた得体の知れない文字列。石鹸で擦っても擦っても落ちやしない。意味など知る由もない。興味もない。消してしまえば煩わしさが無くなるかと思えば、これは親が書いてくれたものだと生意気に歯向かってくる。物怖じはしない性格だった。だが、その親元にいつ帰れるのかと問うてみても、返事はない。威勢がいいのはここまでか。
 「どこに行くあてもないなら、私に従いな」
 そうするしかないだろう。得体が知れないが、まだ子どもだ。このまま野垂れ死にでもされたら目覚めが悪い。
 「観念したならついてきな。今日から私がお前の親代わりだ」
 どの口が言ってるんだか。一度引き受けたなら途中で飽きてもポイ捨てはできない。
 観念するのは私の方だ。
 やるなら、どこに出しても恥をかくことがないよう躾をしなければ。国が違えど、種族が違えど、作法がなってなけりゃ恥をかくのは親をも同じ。丁寧に。事細かく。時に辛辣に。手取り足取り、付かず離れず。
 最初は言うことを聞いていたが、生活に慣れてくると次第に、生意気な態度を取ることがあった。私にたてをついて、口答えをするようになった。
 私にとっては、小動物が喚いてる程度だったから、こちらが一吠えでもすれば、すぐに鳴き止んだ。
 「私に勝てると思うなよ。どちらが強いか。お前の立場はなんだと教え込まねばならないな」
 子どもは理解が乏しいからな。一から百まで叩き込んでやろう。
 次第におとなしくなった。自分の立場を理解したのだろう。
 私に頭を下げ、一歩下がって歩く。重たい物は進んで持つようになり、私には手が届かない扉の蝶番も直せるようになった。字を覚えたいからと言って教えたら、すぐに読み書きができるようになった。分厚い本も何冊も読んだ。なにやら調べては書き写していた。
 時には村の大人たちと話をするようになった。大人顔負けに口が立つようになった。ムジまでも論破するようになった時には、シダル二号かと揶揄された。口の悪さまで教え込むなと笑われた。
 ただ、似なかったのは態度だ。私とは違い、誰彼構わず無駄に噛み付くようなことはしない。温厚で篤実な青年になった。
 「何を考えている」
 「何がですか」
 「そんなに本を読んでどうする気だ。学者にでもなる気か?」
 「私のように違う世界から来た人のことを調べています。転移者というそうです」
 「そんなこと調べてどうするんだ」
 「情報の共有ができたらいいなと思ってます。世界は広くて色々な国がある。その国々の特色や文化をまとめてます。…いつか」
 「いつか?」
 「その国の人に会えたら、ここにも同じ人がいますよって教えてあげたいんです」
 「はあ?」
 「同じ国の人がいたら、ひとりではなくなるから、寂しい思いをしなくなる。ひとりではないから、希望がもてる。そう思って、」
 「じゃあ何かい、お前は私が世話をしてやっているのに寂しいというのか?ひとりぼっちで虚しいというのか!」
 「あ、いえ、」
 「この私が何年も何年もお前に尽くして、育ててきてやったのに、それも全てお前にとっては無意味なことだというのか!!」
 何をどうすればそんな解釈になるのか。
 あの頃の私に伝えてやりたい。
 人の話はちゃんと聞けと。
 振り上げた手は、とどまることを知らずにサディカの頬を殴り飛ばし、書き溜めてあった帳面をビリビリに破いていた。
 「逃がさないよ、お前をどこにもやらないからな!!」
 私が苦労して育て上げたんだ。今さらよそになどやるものか。
 「元の国になど帰れるものか!そんな貧しい国など、あっという間に消滅してるさ!お前の帰る場所などどこにも無い!!」
 逃しはしない。私の元から離れて行こうなどと絶対に許しはしない。
 もう無我夢中だった。鼻息荒く、涎を飛び散らし、眼球はひん剥いて、これでもかと罵詈雑言をサディカに浴びせた。我ながら最悪だ。
 二度とこんな考えを持たないように。二度と私から離れて行こうなどと思わないように。足の一本でも折ってやろうか。柱に括り付けてやろうか。本も帳面も取り上げた。
 「お前は一生、私とここで暮らすんだよ!!」
 こんなのは呪いだ。愛情なんて生ぬるいものじゃ無い。いずれ自分に返ってくる呪いをかけたのだ。


 その後のことは、見ての通りだ。ナノハを悪く言えない。子どもがいようがいまいが関係ないな。
 子どもの希望を叶えるよう努力もせず、ただ怒鳴りつけて、ただ縛り付けて、雁字搦めにしたって、子どもは逃げていくものだ。愛情があったって、繋ぎ止めておけやしない。



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