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第4章
15 祝福を
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「転移者が元の世界に戻れるかどうか」と言いかけて、シャドウは言葉を飲み込んだ。その答えはサディカを見ていればわかる事だった。
十歳でこの国に紛れ込んだ少年が、今や自分と変わらない年齢に見える。
たとえ戻れたとしても、既に何十年とこの世界で生きている彼を元の世界の人間はどう見るのか。以前と差し障りなく接せられるとは到底思えない。
ひどく悲しませることになるかもしれない。
シャドウはそう思うとサディカに後ろめたい気分になり、これ以上は無闇に口に出せなかった。
むしろ、雪に関しては「戻る」より、今後をどうこちらの世界で「生きるか」だ。
「…人を探している。神官に殺されかけた。だが体はない」
「また物騒な話だ」
サディカはやれやれと話題の尽きないシャドウを見て軽く笑った。
「ルオーゴ神殿で追い詰められたんだ。イルツォークの影付きだ」
「ヴァリウスに襲われたんじゃないのかい?」
サディカは不思議そうにシャドウに尋ねた。
神官の反乱も耳にはしていたが、事の詳細までは気にしてなかった。
「…神官に、」
シャドウは語尾に詰まった。口に出すと未だにあの時の光景が鮮明に脳裏に浮かんでくる。
チドリを追い詰めたのは紛れもなくヴァリウスだ。だが、チドリを止められなかったのはオレだ。雪を巻き込んだのも、雪をヴァリウスに引き合わせたのも!!
「眉間の皺が凄いよ。深い渓谷のようだ」
サディカはやれやれと胸の前で腕組みをし、シャドウの額を指先で弾いた。
「何をするっ!」
弾かれた額は思ったより鈍い痛みを覚えた。シャドウは額を押さえて一、ニ歩よろめく。
「あなたは何でも自分の責任にして、自分だけで問題を解決しようとする。そのせいで、背負い過ぎて身動き取れずにいる。解決しないから私を訪ねて来たんでしょう?もっと頼ってくれないと困るよ」
サディカはシャドウの前に腰掛ける。机に腕を乗せ、ぐっと顔を寄せた。
「ここまで来るのも大変だったでしょうに。私に出会ったことで終わりじゃないんだよ」
「……体が見つからないんだ」
雪は、チドリに追い詰められたまま、狂い咲きした国花リュリュトゥルテに飲み込まれて消えた。
「それは、誰か別の第三者が間に入って、その人を逃したのかもしれないね」
前向きに考えればそうとも思える。
「だが、確信はない…」
真相は未だわからず。
「……そうか。だからあなたは、その人のことがあるから、死体が上がらないままでいるヴァリウスのことを見過ごせないのか」
サディカは、シャドウのヴァリウスに対する頑なな姿勢が崩れない本当の理由に、深い溜息をついた。
「そうだ。自分の目で確認するまでは気持ちはおさまらない」
どんな結果になっても納得がいかないだろう。
シャドウはぎゅっと拳を握りしめた。渓谷はさらに深みを増す。
「神殿を出てからあちこち探したんだ。森を抜けて、街道に出て、村々を訪ねて回った。似た娘がいないかとさんざん聞いて回った!だが、城の情報もヴァリウスの情報もなかなか掴めない。ようやくザザで探し人の依頼書を出せたんだ」
ザザで出会った転移者はどうしてるか。あの性悪なトカゲとまだいるのか。飲み屋の店主も、その妻ともあれ以来何もない。その後の情報はない。
「ザザからの知らせを待つしかないのは、手持ち無沙汰で歯痒い…」
だが、もう手持ちのカードはない。ラボに来ても影付きのことは、自分が知っている内容ばかりだった。
シャドウはがくりと肩を落とし、俯いた。
「…人は、追い詰められるとその恐怖から逃れようとするために、過剰に防衛本能が高くなる。二度と捕まらないように顔や姿を変えるというね」
「…何の話だ」
シャドウは怪訝な顔を見せる。
「そのあなたが探してる娘さんの顔を覚えているかい?」
「あたりまえだ!」
何を今更と、シャドウは椅子から立ち上がる。
雪は、中肉中背で髪型は肩につくくらい。黒よりの茶髪。太り過ぎず痩せすぎず。背も平均的な高さだ。つまりはあまりにも標準的すぎて、見つかり難いとも言えなくはない。
「じゃあ、それを一度忘れてみようか!」
パンッと脈拍もなく柏手を打つサディカにシャドウは訝しんだ。
「さっきも言ったように、姿を変えていることも想定してみようか」
「姿を、変える?」
「あなたは今はその人のために無我夢中の状態だ。だけど下ばかり見ている。周りが見えてない。その目で見てみないと納得いかないと言うなら、きっちりと前を向くべきだ」
「向いてる」
「いや。向いてないよ。視線が低すぎる。体ごと、気持ちごと前を向きなさい。さすれば自ずと見えてくることもある」
サディカはシャドウの顎を持ち上げた。バチッとお互いの視線がぶつかる。
「っ、離せ、」
気恥ずかしさと、指摘されたことが的中していたことにシャドウは顔を赤らめる。
「ふふ」
サディカは、素直で宜しいと満足そうに笑った。
「さあ。そろそろ行きなさい。気持ちを新たに。きっと、今まで見えてなかったものが見えるはずさ」
サディカはシャドウの背を押す。
さあさあと半ば強引に。且つ優しく。
「あなたの新たなるはじまりに祝福をあげるよ」
「っ、おい、」
シャドウは、口を挟む隙を与えられないままラボの外に追い出された。
まだ聞きたいことがあると振り返ったそこには、ラボを全体的に囲むように大輪の花々が咲き誇っていた。
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