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第4章
13 サディカの告白(2)
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「支配」
その言葉は体にズシンと響いて来た。じわじわと体に浸み込んでやがて離れなくなる。体の底でざわざわと蠢く。
「私は自分と同じように転移して来た者がどこにいるのかを調べたかった。だけどそれは母が許さなかった。自分が生きてきたルーツを知りたいと思うのは当然ではないか?」
「自分が生きてきたルーツ」
シャドウはサディカの言葉をなぞる。一番古い記憶を思い浮かべた。一緒にいたのは幼いマリーだ。
泥だらけの顔でボロボロな服を着ていた。顔に似つかわない蜂蜜色の髪の毛を二つに結んでいた。毛先がとっ散らかってぴょんぴょんはねていた。
町外れの路地裏のような場所で他の子どもたちと一緒に神殿に引き取られ、育てられた。
それ以前のことはあまりよく覚えていない。
それまでどこにいたのか。どこに暮らしていたのか。家族はいたのか。いつ孤児になったのか。
どう集められて、どう迎えられたのか。
マリーと出会ったのもあの場所が初めてだ。
他にも年の功も同じくらいか、やや年下の男女数十人が集められていた。
「…オレも自分のことは知らないことばかりだ」
シャドウは独り言のように呟いた。
物心がついた頃から、知りたいと思ったことはあったと思う。
でもそれを知るために何かを実行したことはなかった。良いことも悪いこともすべて神殿で教わった。子ども時代の大半は神殿で過ごした。
自分の過ちがなければ今も神殿にいたのだろうか。
マリーの人生を捻じ曲げて、チドリの悩みを無視して、神官でいる自分を優先していたらどんな人間になっていただろうか。
そうしたらディルにも出会うことはなかった。
雪が転移してくることもなかったかもしれない。
「転移は誰の意志でもないよ」
シャドウの思考を汲み取ったかのように、サディカは言葉を被せてきた。
「私も転移などは望んでなかった。自分の村に帰りたかった。帰って働かないと弟妹たちが生きていけないからね」
「…それは、そうか」
貧しい暮らしだと言っていた。家族思いの立派な少年だったのだろう。
サディカには消したい過去もしがらみもない。ただ真っ直ぐに生きている人を無理やりに転移させる。このシステムはなんだ?
人生のやり直し?国の繁栄?しかもどこの世界かもわからない国のためと言われて誰が手を上げるというのか。
「そもそも転移なんて言葉も知らなかったしね」
サディカは微笑み、メガネの中央を人差し指で持ち上げた。
影付きについては今までの認識が変わることはなかった。出現場所によってどの運命を辿るのかはわからない。国によって方針が違うのだ。転移者として人生をやり直すか、影付きとして国の礎として記憶を奪われてしまうか。
「どちらも自分の意志でないと悲しみとしか言いようがないね」
自分の意志で転移したわけではないから、どの選択が正しいかなんてわからない。絶望しかない。
国のためなどと言われても、自分とは何の関係もない国のために自分の一生を捧げられるものか。
「ところが稀にいるんだよ。自分に出来ることなら引き受けたいと。それが転移してきた理由になるからと」
「そんな理由で正当化するというのか!」
それでは運命に抗った雪はだいぶ悪物になる。
「言ったでしょう。自分の意志で決めたならそれは正解だと。受け入れられない人だって、それは正解だよ。そう決めたのは自分なんだから」
サディカの言葉を聞きながら頷く。そうだ。雪は間違っていたわけではない。シャドウはぎゅっと拳を握った。
「しかし、影付きになれと無理やり追い詰めるなんてよっぽど切羽詰まっていたんだね」
ヴァリウスの狂乱ぶりは異常だった。ヴァリウスを追い詰めていたのはなんだったのか。チドリを利用していたつもりが、反対にチドリに食いつかれていたとは思いもしなかったのだろう。
「なんにせよ。王は死んだ。もう安心していい」
「なぜ言い切れる?死体も見つかってないんだぞ!」
「あれ?ここは大手を振って喜ばれるところなのに。あなたは違うんだね。激しい戦闘で肉体が朽ちたんだろう。切り刻まれて形も残らないほどに。そう考えるのが普通なのでは?」
「……しかし」
「人間の悪い癖だね。自分の目で確認しないと気が済まない?そういう思い込みが、いつまでも人々に恐怖を蔓延させているんだ」
気づいてないのか?
サディカの言葉にシャドウは反論できずにいた。
「いないものにいつまでも恐怖を感じる必要はないだろう」
「あんたは知らないから、ヴァリウスがどれだけ残虐な男だったかを…」
温厚な面も知っていたシャドウは、血にまみれ暴虐の限りを尽くすヴァリウスに未だ恐怖心が残っていた。時折思い出しては嫌な汗をかく。
「恐怖政治を強いて国民や獣人に酷いことをしていたのは知ってるよ。だから罰が当たったのさ。その獣人に滅ぼされたのも知ってる」
「獣人に討たれた?」
「そうだよ。王城は血の海だ。周りに血肉が飛び散り、人間と獣人の血が入り混じってどちらかのものかわからなかったと聞くよ。そんな状況下で生きてると考える方が無理があるだろう」
言われてみればそんな気もする。
だが、シャドウはサディカの言葉を素直に受け止めることはできなかった。
「私の話が信じられない?」
「そうじゃない。だが、」
言葉が続かなかった。うまく咀嚼できずに飲み込めないでいる。それほどヴァリウスの存在は大きかった。手放しで喜ぶなんて到底できない。
「…ふう。なら仕方ない。自分の目で確認してくるといいよ」
サディカは納得いかないでいるシャドウを見て、やれやれと溜息を吐いた。当事者でないとわからない感情があると理解はしている。根が深そうだ。信用に足らないなら、これ以上は話しをしても仕方がない。
「すまない。あんたには色々と世話になったのに」
シャドウは机に顔を突っ伏した。
「いいよ。いいよ。私も久しぶりに話し相手ができて楽しかった。胸のつかえが取れてスッキリしたよ」
サディカはふふふと笑って、くるりと一回転をした。
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