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第4章
12 サディカの告白(1)
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目が覚めたそこには、朝日が降り注いでいた。ごちゃごちゃした蔓草の間を縫ってポツポツと光の筒が差し込まれていた。
昨夜とは全く違う場所に来てしまったのかとシャドウは不安な気持ちになった。まさか夢かとも混乱した。
シャドウは顔を上げた。体を包んでいた毛布をはがし席を立った。その際に膝掛けは床に落ちた。
昨夜、暗がりの中で見た書棚はそのままあった。
整頓された本の下には乱雑に積まれた書類たち。陽に晒されて埃が空中に舞っているのがよくわかる。
机にはカップが二つ。壁の後ろにある流し台には食べ終えたシチュー皿が水桶に浸されていた。
雨に濡れた服は乾いており、きちんと畳まれていた。泥まみれになった靴も、腰に巻いていたベルトも、腰に提げていた小袋も、水が含んでいたものはすべて乾き切っていた。
「何かなら何まで世話になったな」
すまない。ありがとうと声に出したが、その言葉を受け取る人物はいなかった。
「…サディカ?」
シャドウはぐるりと部屋の中を見回した。夜通し話続けていた人物を探した。別の部屋も見たが姿はなかった。
シャドウは頭を捻り、昨夜のことを思い浮かべた。転移者のこと。影付きのこと。サディカのこと。自らを亡霊みたいなものだと公言していた。
「私は存在を許されなかった者だからね。朝になると監視が来るから夜しか姿は出せない」
含みのある物言いにシャドウは言葉を選ばざるを得なかった。
「……ずいぶんと物々しいな」
「私が何か良からぬことをしようとでも思っているのでしょう」
影付きに対するこの国の考え方と同じだ。得体が知れない何か。戦々恐々と怯えるのはわからなくはない。だが、
「罪人の言い逃れと言われた時はブチッときましたね」
「ぶち?」
「ブチ切れた。あなたは使わない言葉かな」
物腰柔らかな態度を見せるが、目の奥は笑ってはいなかった。
「結構な物言いだな。この村はそんなに転移者を拒むのか?国境の村で宿場をやっているのに」
異邦者だらけだろうが!
シャドウは机の上に拳を叩きつけた。
「転移者と異邦者を一緒にしてはだめだよ。旅人はどこからでも来るけど転移者は違うでしょう」
「何が違うと言うんだ!」
「そう滅多に来るものじゃない。それに、いちいち門所を通るわけじゃないしね」
いつの間にか「そこ」にいる。自分の意志はまるでない。
サディカは自分の額を指差した。
「これは私がジャファーという村に生まれた男子で、羊飼いという意味」
「読めるのか?」
シャドウはサディカの額に目を向けた。初めて見た時からずっと気になっていた。意味不明な文字の羅列。
「ええ。私の村では生まれてきた赤子に親が書きます。家族を守る立派な子になるようと親が祈りを込めるのです」
知らない風習だなとシャドウは唸る。
「十歳になると村の大人として迎えられます。大人になる初めての試練のひとつで、目隠しをしたまま、どこかに連れて行かれます。そこから無事に、自分の村に帰って来られた者だけが村で生きていけるのです」
「…ずいぶん過酷な試練だな。子どもにすることか?」
「口減らしの意味もあったのかと思います。私の村は子どもの目から見ても貧しさは滲み出ていた。誰も知らない場所から無事に帰ってきたら村の功労者として讃えられ、一生村で生きていけるのです」
「オレには一生村で働かされると聞こえるがな」
帰って来ても地獄。
「ふふ。そうかもしれませんね」
サディカは自分のことながらも、どこか他人事のように話した。
「どこかの場所に置き去りにされた私は、いろいろ彷徨ったんでしょう。そしていつの間にかこの国に入り込んだ」
「そこに転移したということか」
「ええ」
「風景が変わらなかったので、私も最初は気が付きませんでした。歩き疲れて座り込んでいた時に湧き水を見つけたんです。夢中で飲んでいたら、しばらくして、大人が私を見つけてくれました」
「大人?」
「この村の宿長のムジと、この近くで宿屋をしているナユタです」
「ナユタ…」
「ご存知ですか」
「この場所まで案内してくれた人だ」
「ああ。もう会ってましたか。人の良さそうなフリをして腹黒い人だから気をつけたほうがいいですよ」
「そんな風には見えなかったが」
「あくまで私の印象です。面倒なことには目を瞑る人です。まだムジの方が話がわかるかな。直情型の男ですが、村のことは真剣に考えてくれる人です。あとは母役をしてくれたシダル。この人は私を支配しようとしていた人です」
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