大人のためのファンタジア

深水 酉

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第2章

3 マリー

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 「シャーオ!シャーオ!」
 雛鳥の甲高い鳴き声が俺を探していた。
 その声は石造りの神殿の壁に反響して、あちこちに届いた。
 「どこ~?シャーオ!」
 声がする度にガサゴソ、バタン、ガチャンと擬音が響く。かくれんぼのつもりか、そこらじゅうの戸棚や引き戸を開け放しては中身をひっくり返していた。バタンはいいがガチャンは困るな。また何か割ったのか?怪我してないよな?片付けるのは俺なのに。
 雛鳥が歩いた後はゴミだらけ。毎度の事だが片付けは結構労力がいる。ま、そのぶん要らないものの始末には困らない。雛鳥がひっくり返してくれたおかげで、捨てるのも惜しい気がしない。掃除用に取っておいた古い衣服も、花瓶用に集めていたガラス瓶もこれを機にまとめて処分だ。
 再利用するのもいいけど、結局は使わずにしまい込んでしまうことが多いんだ。
  「シャー」
  一文字消えた。俺の名前をちゃんと呼べない雛鳥はまだ五歳半。舌ったらずの甘えん坊だ。神殿中を歩き回り物を引っ掻き回す暴れ鳥だ。大抵、俺を探している。遊んで欲しいのか、眠いのか。行ってやりたいのは山々だが今は手が離せない。神殿の最上部、天窓の掃除をしている最中だった。長い柄のモップのようなものを伸ばしてステンドグラスを拭く。昇降機の上の作業は何度やっていても恐ろしい。落ちたら終わりだ。
 ここにいるぞと手でも振ろうものなら、雛鳥は這ってでも登ってくるだろう。昇降機にも乗りたがる。雛鳥といっても人間だから飛べはしないのだ。俺を追いかけ回す様が雛鳥のようだとみんなから言われて定着してしまった。
 「今日も絶好調だな。お前の雛鳥は。な、シャドウ」
 一緒に掃除をしていたチドリが笑った。
 「元気がない日なんかないよ」
 確かに。と二人して笑った。熱を出しても走り回るような子だ。笑い声を聞かない日はない。
 「しかし、あのゴミはひどいな。手伝ってやろうか?ペスカのシロップ漬けでどうだ?」
  「あれは冷やして食べると絶品だから嫌だ。瓜漬けならいいぞ?」
 「瓜かぁ。労働の後は塩辛いのもいいよな」
 「決まりだな」
 「そうと決まればさっさとこっちを終わらせようぜ」
  チドリは上機嫌になり、モップを早く動かした。
 数分後、拭き終えた窓のチェックをしてもらい昇降機を片付けて地上に戻ると、ゴミは部屋の奥まで道筋のように続いていた。
 「泥棒なら一発で見つかるな」
 「だな」
 今日は一段と暴れ回っているようだ。呼びかけに反応しなかったせいか?とはいっても、こっちも仕事中だ。声をかけてしまったら仕事どころではなくなる。遊んで遊んでと追い回されるのが関の山だ。
 「貯蔵庫の方だな」
 ガサゴソと何かを探り当てているかのような物音は食品のストックを保管している貯蔵庫から聞こえた。そこには酒や小麦粉や干した肉や魚、野菜や蜂蜜などがある。神殿には大人と子ども十数人で暮らしている。孤児の受け入れや遠方からの礼拝者なども多いので食事を振る舞うこともあり、貯蔵庫はいつも満タンだった。子どもらが入り込んでつまみ喰いなどしないように普段は鍵がかけられているのだが、今日はどういうわけか鍵がかかってないようだ。
  シャドウは嫌な予感がした。チドリより先に走り出し、貯蔵庫の中に入った。
 「…」
 絶句。。
 床の上は物で散乱していた。酒樽は倒れ、小麦粉の袋は穴が空き粉まみれ。紅茶の茶葉は飛散し、芋や根菜類は互い違いに並べられていた。ここだけファンタジー。子どもがよくやる遊びだ。
 「まあ!なんてことでしょう!!」
 料理を担当する女官達が驚嘆な声を上げて入って来た。
 凄惨な現状にこれ以上の言葉が出て来ないようだ。
 さすがにこれほどまでにやられたら気が変になりそうだ。怒りを通り越して呆れてものが言えない。
 「チドリ!シャドウ!なんですかこの有様は!!」
 「俺達じゃないですよ!」
 チドリは怒りの矛先が自分に向けられて焦り出した。
 「じゃあシャドウ?あなたなの?」
 「…な訳ないでしょう」
 こんな豪快にやったらすぐにバレてしまう。干し肉の一枚や二枚をくすねるのとは訳が違う。シャドウもまた、うんざりして真犯人の名前を呼んだ。
 「雛鳥!出てこい!」
 「にゃ、シャーオ?」
 呼ばれるとすぐに雛鳥は顔を上げた。
 カチャンと音を立てて物陰からヒョコっと姿を出した。
 蜂蜜かめに顔を突っ込んでいたのだろうか。顔面はテカテカに照りついて、髪の毛や服にまで蜂蜜が付いてベトベトになっていた。
 「クマの子かお前は!」
 甕から引き剥がし雛鳥を捕まえた。
 「あー、はちゅみつはつむつ」
 甕一杯になるまでどんなに苦労したか。蜂蜜は神殿の裏の畑で大人達が丹精込めて集めたものだった。これは怒られるなと確信が持てた。
 「洗っておやりよ」
 女官達の声がした。もう、ここには戻すなよと言わんばかりだ。チドリも片付けを手伝うようだ。これはペスカも持ってかれるな。シャドウは頭を抱えた。当の本人はやっと欲しかったお目当が目の前に来たので上機嫌になっていた。
 「あのね、あのね」
 雛鳥は蜂蜜いっぱいに塗りたくったテカテカの顔を眼前ギリギリにまで近づけて来た。甘い匂いに怒る気もどこ行く風か。
 シャドウはたらいに水を貼り、雛鳥を中に入れ全身を洗ってやった。頭上から溢れる水にキャッキャと騒ぐ。
 「悪さもほどほどにしてくれよ。俺だって仕事をしてるんだ。呼ばれても返事ができないこともある」
 「俺を探すのはいいけど、物を漁るのはやめろ。後片付けが大変なんだ。みんなも手伝ってくれるが他の仕事が回らなくなる。迷惑をかけたくないんだ。わかるだろ?」
 シャドウと雛鳥は孤児だ。それぞれに親はいない。どういう経緯で神殿で暮らすようになったのかはわからないが、二人以外にも孤児が引き取られている。二人は同時期に神殿に来たので、必然的にシャドウが雛鳥の世話をするようになり、兄妹のように暮らしていた。チドリの両親は神職者なので寝食を共にしている。歳も同じなのですぐに仲が良くなった。
 「素性がわからない俺にも仕事をくれるんだ。きちんと恩義は返さなきゃいけない」
 この時シャドウは十歳。五歳違う雛鳥の世話と仕事をこなしていた。仕事といっても給金は出ない。あくまでも家のお手伝いの範疇になるので、貰えたところで、せいぜいお駄賃程度の小銭だけだ。それでも労働の対価を得られるのは嬉しかった。
 「お金が貯まったら、お前の好きなものを買ってやるよ。何がいい?」
 「シャああ」
 「俺じゃなくて」
 「シャーの」
 シャーのシャーのと首を前後にぐらぐらと揺らして雛鳥は寝入ってしまった。まだ泡だらけなんだが…
 さっきまで散々遊び回ってたくせに、眠くなると一気にゼンマイが遅くなる。そして予告なく止まる。風呂だろうが食べてようが場所などお構い無しだ。
 シャドウは雛鳥を支えながら泡を落としてタオルに包んだ。膝の上に抱き抱えながら日光浴だ。髪の毛の雫を絞った。蜂蜜と同じような色の髪。日に当てると艶々に輝く。短いせいで本当の雛鳥に見える。巣箱の中でピーチクパーチク叫びながら餌を要求する様はそっくりだ。
 あと三年で神官の修行に入るから、こう頻繁に雛鳥と遊んでいられる時間もはあまりない。成長を見届けたい気持ちはあるけれど、神殿を出たら自立して自分で仕事と住まいを探さなければならない。素性がわからない俺にまともな仕事が来るとは到底思えない。
 雛鳥は人懐こい性格だから、俺以外がそばにいても大丈夫だろう。俺がいなくなる前にあのイタズラをやめさせて、落ち着きのある生活態度を定着させて、言葉遣いや挨拶をきちんと叩き込む。そして俺の名前をきちんと呼べるようにさせよう。
 せめてそれぐらいはさせなきゃな。礼儀は大事だ。雛鳥の為にもなる。大事な妹だから、そばにいられなくても不自由がないようにさせてあげたい。 


 「…………ィ」
 「珍しいですね。シャドウさんが先に寝るのって」
 野営用の簡易テントの中で、雪とディルは話していた。
 シャドウは一足先に横になっていた。
 「疲れてるんだろ。あんたはよく平気だなぁ」
 「平気ではないけど、ちょっと慣れたかな」
 疲弊する体が何日も続くとキャパオーバーでハイになる。ドーパミン大量放出されているんだ、きっと。眠気も疲れもさほど感じない。
 「それはそれでヤバいんじゃない?早く休めよ」
 「そうします。それにしてもさっきのなんですか?どういう意味?」
 「何が」
 「恋愛厳禁のくだりですよ。私のことはわかるけど何でシャドウさんにまでダメって言ったんですか」
 「そのままだけど」
 「わからないです」
 「だからさ、いつまでも過去に囚われてちゃ困るって意味だよ。そういう意味ならシャドウもあんたと境遇は似ているからね」
 ディルさんの悩みどころはシャドウさんのコイバナか。確かに含みのある言い方してたもんね。
 「今でも忘れられない人がいるんだ…」
 シャドウさんに想われてる人はどんな人だろう。ちょっと羨ましいかも。シャドウさんなら真面目にお付き合いしてくれそうだ。ちょっと過保護だけど、優しく見守っててくれそうだ。
 「…そんな小綺麗な話じゃないよ。女なんて嘘ばかりじゃないか」
 「聞きづてならないなぁ。男の人だって嘘つくでしょう?」
 「あんたのクズ男と一緒にするなよ」
 「くっ…」
 ぐうの音も出なかった。でも渉くんには嘘はつかれたことはない。真っ正直で聞いてもないことを何でも話してくるから、嘘などつく気などハナからないのだ。嘘のつき方を知らないの?と心配になるほど真っ正直。
 どちらかといえば、嘘つきは大人の方。私の周りにいた嘘つきだらけの大人達。お父さん、中村部長、岩井さん。

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