大人のためのファンタジア

深水 酉

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第2章

2 恋は厳禁

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 ジリジリと照りつく太陽の下を歩く。一歩進む度に靴に入り込む砂。かいてもかいてもとどまりなく砂は届けられる。
 「砂漠を歩いて渡るのって無謀なんじゃないですか?もっと、有効な手立てがあるんじゃないですか?例えば乗り物的な」
 今日は次の休憩場所まではだいぶある。朝日が昇り出してからも歩みは止まらなかった。額からしたたる汗と地表から湧き出る熱波に体力はどんどん消耗し、体はますます疲弊していく。息切れも動悸も鳴り止まない。
 「生憎、馬も駱駝もいない」
  シャドウは、うだる雪の顎を掴み上げ、口の中に飴玉のような物を放り込んだ。
 「ふぁっ?なにっ」
 口の中でパチンと弾けたそれは、オブラートで包まれたゼリーのようでシュワッと泡を吹いて瞬時に消えた。後味はミントガムみたいに清涼感があった。
 「なんですか今の?すごい爽やか」
 喉元がスッキリした。焼きただれたような引っかかった痛みが取れた。
 「それをやるから頑張れ」
 幼子をあやすかのように雪の頭に手を置き、左右に揺るがすように砂を払った。
 子ども扱いされた…。
 そんなに歳は変わらないはずなのにシャドウさんは大人びている。こんな場所でも冷静さがある。私とは大違い。
 雪は深呼吸をし、喝を入れるかのように自分の頬を叩いた。
 「がんばりますか」
頼りになる人がいて、私は一人じゃないと確信が持てるのが嬉しい。一人で戦っても勝てる気などしないのだ。
 「ねー、そんなことよりさー」
  入れたばかりの喝をそんなことと片付けられたのは言うまでもない。また心をディルに読まれていた。
 「あーのーねー!」
 怒るだけ無駄だとわかっていても叫びたくなる。いつもこんな風に揚げ足を取られていたんだ。よしくんに。
 「ぼくはあんたの弟じゃないよ」
  しれっとした顔でディルは訂正を求めた。
 「わかってます!そんなことより心の中読むのはやめてくださいって言ってるじゃないですか!」
 「だって、ダダ漏れなんだもん。わかりやすいんだもん。あんたの中」
 「だからって」
 またいつものコントが始まった。ディルのちょっかいに雪が乗る。 一息入れるにはちょうどいい流れだ。シャドウはやれやれと呆れつつも、日よけになりそうな場所を探した。砂漠化が目立ってきたとはいえ、木々はいくらか残っていた。
 「こんな時に聞くのもなんだけど、あんた恋人はいるの?」
  「は?」
 三人がぎりぎり入れるくらいの横穴を見つけた。雪を真ん中にして寄りかかった。天井まで間があまりない。亀裂や苔がすぐそこに見て取れる。枯葉が合わさって発酵しているのか、空気はあまりよくない。
 五分休憩と言い、シャドウは雪に背中を向けて寝入ってしまった。
 「…なんでそんなこと聞くんですか?」
 「あんたが捨てれない未練の中に、恋人の項目がなかったから。あんたぐらいの若い娘なら恋人の一人や二人いるもんじゃないの?」
 「恋人は一人いればいいんですよ。…まあ、いまは、いない、、ですけど…」
 こちらに飛ばされる前に振られてしまった。渉くん。理由すら聞いてない。あれ、聞いたっけ?まぁ、どちらにしても一方的な別れだ。好きだったけれど、もう、どうでもいいと思う。
 「…別れた人に未練はないんです」
 気持ちが離れた人を想い続けても一方通行なだけでメリットは何もない。止まるまで走る車は運転しないのだ。冷めるの早いねと言われても、そんなことをしてるタイムロスの方が痛い。
 「ふーん。いさぎよいね。そういうところは好感持てるな。ね、シャドウ?」
 「関係ない」
 ディルの問いかけにシャドウはぶっきらぼうに答えた。起き上がった時に天井に頭をぶつけていた。鈍い音が地味に痛そうだ。
 「だ、大丈夫ですか?」
 「…問題ない」
 覗き込む雪の視線を外して、横穴から這い出た。湿った草が衣服に付き、嫌な臭いを発した。雪とディルも続けて外に出た。むうっとする熱風が吹き付けてきた。先ほどのミント味はあっと言う間に吹き消された。
 「恋人がいるんだったら、男二人に女一人の旅じゃ気まずいなとか思ったけれど、いないなら気にしなくていいね」
 今まで気にしてくれてた素ぶりなどあった?それにしたって、今そんなこと気にしてる場合じゃないよ。
 「…お気遣いどうもです」
 とりあえずお礼は言おう。
 「ディルさんこそどうなんですか?恋人は?」
 「ぼくは特定の恋人は作らない主義だから」
 「…なんて事を堂々と言うんですか!女の敵!」
 可愛い顔して軟派なことを言うなー!これは是非に読んでくれと言わんばかりのメッセージをディルに向けた。案の定、ディルは、ほっとけよとムスッとした顔つきになった。頬が少し赤らんでいるのがかわいい。悪ぶって背伸びしちゃう言動なんかもほんとによしくんみたいだ。
 「シャドウさんは?」
 「何がだ」
 「恋人はいらっしゃるんですか?」
 「何で俺に聞くんだ」
 「…流れ的に」
  ディルさんに聞いたらシャドウさんにも聞くでしょ。普通に。
「…お前には関係ない」
 行くぞ。とだけを言い残してシャドウは先を歩いてしまった。ディルはあ~あ~と呆れた声を上げた。予想でもしてたなようなニュアンスだ。気にしなくていいよ、と雪の肩を叩いてシャドウに続いた。雪はぽつんと一人になってしまった。
 「…シャドウさんを怒らせた?」
  地雷踏んだ?
 ついさっき、味方ができて嬉しいと安心していたのに!また空気読めないバカに磨きをかけてしまった!
 「いーよ。放っておけば」
 ディルはマイペースだ。だからか余計に焦る。
 「え、いやいや。だって、怒らせちゃった…」
 「痛いところ突かれてバツが悪いだけだから」
 「痛いところって…」
 「あんたの潔さ。女の人の方が切替え早いと聞くけど、あんたは典型的なんだな」
 意外。とディルは笑う。他のことにはグダグダのくせになぁ~と尾ひれを付けて笑った。
 「…褒めてませんね」
 「褒めてるよ。シャドウもそうならよかったんだけどな」
 「シャドウさんは…恋人はいるの?」
 さっきの態度からすると、いそうには思えない。でも、とても大事にしている人がいそう。別れても忘れられない人かな。それとも失くした恋?
 「…当たり。あんたカンがいいなぁ。他のことはグダグダなのに」
 ディルは雪の心中を読み取りながら、ウンウンと頷いた。
 「神殿に行けば分かる話だけど、シャドウの前では恋愛話は厳禁な」
 …話を振ったのはディルさんでしょう!
 「前から聞こうと思ってたんだからいーじゃん!で、」
 「なにが」
 「あんたのコイバナ聞かせてよ。喋りたくないなら勝手に読み取るけどねー」
 ぐぬぬ。
 拳を握ろうにも天真爛漫な顔には太刀打ちできない。なんだこのかわいくて憎たらしい生き物は!
 無視してかわそうにも、一緒にいる時間が長いからいずれ話さなくてはならなそうだ。その都度のらりくらりも面倒なので、雪はつい先日まで恋人だった男を思い浮かべた。
 
 どんな恋だと言われても自慢できるエピソードは特にない。一週間中の金曜日だけ与えられた自由時間を過ごす相手だった。 高三の春に知り合った。ひょんな事で、家と学校の往復だけで毎日が過ぎていくのが辛いと愚痴をこぼしたことがあり、じゃあ金曜日だけ付き合ってよと言われた。弟妹たちの世話と家事手伝い。自分の時間を使う暇もない毎日から、解放された気がした。

 彼の趣味は映画鑑賞。映画の公開日は大抵金曜日か土曜日だ。彼は必ず初日に行く人だった。
 月に一、二度の映画デートをすることになった。そんな関係が一年続いた。程なくして、私はやっとの思いで就職し彼は大学に進級。お互いの環境が変わった事でしばらく会うことはなかった。
 仕事に慣れが出て来た頃、彼から連絡があり、また久々に映画に行こうということになった。日取りと座席番号がメールで来た。チケットを購入して欲しいと言われた。彼も授業やバイトで忙しくてチケットを買いに行けないという。当日に買えばいいじゃないと言ったが、前売り券は特典が付くんだと力説された。尚更、自分で買いに行けと言いたかった。私は彼ほど映画には興味がなく、わざわざ混んでる日を選んで観に行きたいとは思わない。それでも足を運ぶのは、彼が好きだからと言うよりは、仕事の憂さを晴らすのに最適な息抜きだったからだ。
 彼もまた、私を「本命」とは見てないようで「本命」は別にいた。私は映画を観に行く相手に過ぎなかったのだ。彼曰く、「本命ちゃんは映画よりDVD派で部屋でまったりしながら観たいんだって。俺は真逆。映画館の大画面でドーンと観たい。でも一人で観に行くのは寂しいじゃん。雪も寂しいでしょ?だったら二人で行こうよ」
 何方かと言えば私は一人で観る方が好きだ。寂しいも何も鑑賞中は私語厳禁だろうが。でも、
 「付き合わなくても映画ぐらいなら一緒に行ってあげるよ。だから、友達に戻ってもいいよ」
 ついつい甘さが出てしまう。私にとっても、「恋人」というカテゴリーの息抜き相手は必要なのだ。
 「ん~、でも友達だと、先約があったらそっちを取るでしょ?恋人だったらオレの方優先するでしょ?」
 下からの上目遣い。今、思い返すと腹が立つ。堂々の二股宣言。私もどうかしてた。彼の行動を許していたんだもん。

 当時を振り返れば、結局は彼の都合に全部合わせて、コマを進めていただけだった。
 デートスケジュールを立て、映画のチケットを用意し、お茶をする場所だって予約をしていた。並んだり、待つのは嫌いな人だったから。名ばかりの恋人が、都合良く振り回されていただけ。チケット代は払ってもらった事ないな。
 プレゼントのジルコニアも、自分の物だと目印を付けていただけだ。安物だとケチに思われそうだからって、それなりの値段で私に映えるものを選んでくれた。唯一の私のおしゃれアイテムだったけれど、どこかに落として失くした。

 「何でそんなクズと付き合ってたわけ?」
  心中察したディルの痛烈な一言に思わず噴き出した。
 「は、ははは!え?クズって?すごい!!」
 思ってもみなかった切り返しに、しばらく笑いが止まらなかった。お腹が捩じ切れそう!
 雪の笑い声にシャドウも反応した。内容もなんとなくわかったのだろう。こちらの世界に来て、まだ間もないが初めてこんな大きな笑い声を聞いた。決して、楽しい笑いではないのだが。シャドウは雪の側に寄り、苦労したなと言わんばかりに頭を撫でた。これはシャドウが歳下と接する時に、必ずやる行動だから何も考えてないわけだが、タイミングがズレると意味を持つことになる。
 その意味は、今はまだ知らなくていい。 

 「…本命ではなかったけど、私を選んでくれたことが嬉しかったんです」
 「それこそタイムロスなんじゃないの?メリットないじゃん」
 「…そうかも」
 自分の言葉が自分に返ってくるとダメージでかい。あの頃の私は、家を出たくて仕方がなかったから、どんな手段でも使いたかったのかもしれない。
 「結果オーライだからいいんです」
 自分が出した答えは覆せない。言い訳にしたくない。
 「ふぅん。あんたが出した答えならいいけど」
  ディルさんの納得してなさそうな偏屈な表情かお。かわいい。
 「…あんたはさ。元の世界に帰るためにこの旅に出たんだから、こっちの世界で男作るとかやめろよ。添い遂げられるわけじゃないんだから」
 「…うん?そうだね」
 今はまだ、好きな人作るとか考えられない。
 「…今じゃなくてもだよ!帰ること前提なのに、そういう相手が出来たらお互い嫌だろ。期間限定の恋とか出来なさそうじゃん」
 「いや、でもそういう縛りがあった方が強く想えるかもよ?」
 「そんな器用なタマかよ」
 「…ですね。無理です」
   不器用な私はいまを生きるだけで精一杯だ。恋愛厳禁。当たり前だ。

 「きみもね」
 視線の先にシャドウがいた。
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