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第4章

9 月不見月

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 「ええ?あんな場所に置いてきちゃったの?」
 なんて事をしたのとナノハは、愕然かつ呆れた顔をして夫のナユタを見つめた。
 「仕方ないだろう。何を言っても応答をしてくれないんだから」
 仕方なくだよと、洗いたての髪をタオルで拭きながらナユタは飲みかけの水に口をつけた。風呂上がりの体を静かにクールダウンさせた。
 「だからって!こんな雨の中で体が冷えちゃうわよ」
 「一応、気が済んだら宿においでとは声はかけたよ」
 「普段の商魂たくましいあなたにしては、ずいぶん消極的ね」
 「人をなんだと思ってるんだい」
 ナユタは子どものようにムスッと唇を尖らせる。
 ナノハはクスッと笑い、ごめんなさいねと舌を出した。
 「……苦労して辿り着いた一縷の望みがあのザマじゃ、掛ける声もなくすよ」
 力が抜けたシャドウの後ろ姿を思い出しては哀れだなと思った。
 何か言いましたかとこちらに顔を向けるナノハをよそに、ナユタは考えこんだ。
 今さら「転移者」を探しに来ただなんてどうかしてる。
 村の人間に馴染みがないのは当然だ。ぼくとムジとで口止めをしているんだから。
 頭の隅に追いやっていた幼い頃のある少年を、ナユタは思い浮かべた。
 もう二十年前とかになるのか。
 森の中でぽつんと佇んでいた一人の少年。黒髪で褐色の肌。瞳は淡いグリーン。額には何が書かれているかわからない文字列。青いシャツとズボン。村のどの人間にも似つかない。近隣の土地の人間とも違う。
 名前はと訊ねたら「サディカ」と返ってきた。
 10歳だと言った。でも、それ以外は出てこなかった。どうしてこんな場所にいるのか。家族はいるのか。どこから来たのか。好きなものは。欲しいものは。
 何を聞いても首を傾げるだけだった。だが、ぼくらよりずっと落ち着いているように見えた。狼狽えたり泣いたりすることはなかったからだ。
 見つけたのはぼくとムジ。子どものいないぼくらには世話が難しく、途方に暮れていた。
 そんな時にシダル婆さんが声をかけてきた。不思議な風貌に眉を寄せるも、すぐに打ち解けた。仲睦まじく、本当の親子のように見えた。
「本当に仲良かったのにな」
 どこでかけ間違えたか。ずれたボタンが元に戻らない。
 ナユタは窓の外をじっと見つめた。しんしんと雨が降り続いている。
 あのシャドウはサディカの関係者には見えない。
 なら、誰を探しに来たのだろうか。
 「……ねえ。キアはどこにいるの?」
 ナユタはナノハに声を掛ける。そういえば朝からキアを見ていない。
 ナノハは、洗濯物を分別しながら畳もうとしている最中だった。
 「キアなら今夜はホルーサの家よ。アーシャと双子とパン作りですって。明日の朝届けてくれるそうよ」
 ホルーサの家は菓子屋だ。焼菓子やパンを製造している。
 「それは楽しみだ」
 「ふふ。そうね。シダルさんにもらったジャムでいただきましょう」
 キアがね、毎日子ども達の相手は大変だけど楽しいって言ってたわよとナノハは微笑んだ。
 キアにとっての喜びはこちらにとっても嬉しい知らせだ。ナノハは洗濯物を畳み終えて片付けに行った。
 「それはいいことだね」
 ナユタは窓を背にして寄りかかった。キアの成長を微笑ましく思うと同時に、悲しさも込み上げて来た。
 「……サディカじゃなければ誰を探しに来たのだろうか。もしかしてキアに用があるのかな。キアを迎えに来たとなったらどうするんだい?」
 困るのは誰?
 ゆうに数えても片手では足りなくなる。
 不意に漏らした言葉に反応するかのように、雨足が一層と強まったのをナユタはまだ気がついていない。
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