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第4章
8 道行
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案内役をハゼルから、ナユタという宿屋の主人に代わってもらった。
背中越しに、「ナユタさんずるい!オレの仕事とった!」だのとハゼルの抗議が届いた。
「どの口が言うんだか」
お客様をほったらかしにしてアドルとくっちゃべってたくせにとナユタは呆れた声を漏らす。
「ここは任されるから、早くムジのところに行きなよ」
「ムジ」という名に我に返ったのか、ハゼルはビシッと背筋を正し、逃げ去るように駆け出した。
「やっべえ、やっべえ!!」
ハゼルの猛ダッシュにアドルや他の住人達は声を上げて笑った。その態度にシャドウはため息をつく。
「仕事を疎かにする気はないのか。どっちだ」
但し、順番は守れと言いたい。緊急性の高い方を取ったのかもしれないが、俺の依頼が先だ。一度引き受けたのなら最後まで見届けるものではないか。どうしても手が足りないのであれば、あらかじめ周囲に声をかけておくべきだ。
「ムジというのは、この村の長か?」
シャドウはナユタに尋ねる。
「はい。宿屋協会の代表でもあります」
「何か緊急事態があったのか?」
「いえ。今度、村を代表して周辺の村や町の調査に行く人選を決める日だったのです。ハゼルはそれに希望してまして。まあ、ちょっと色々あり、まだ決まってはないんですが」
「…もし、俺の依頼を優先してくれていたのなら悪いことをしたかな」
シャドウは足を止めた。謝るべきは俺の方だろうか?
結果的に完遂には程遠いが。きっかけを作ったのは俺だ。
「そこは気にしないでください。仕事は仕事です!上役に休むと告げなかったハゼルが悪い」
ナユタはピシャリと切り捨てる。
「…バカな子ほどかわいいというか」
ナユタはシャドウに背中を向けながら話し始めた。
「んん?」
シャドウは聞き間違いかと眉間に皺を寄せた。
「門所の仕事はきちんとしていると聞いていたけど、だいぶだなあ」
成功とは言い難い。かけ離れているとナユタは眉間に皺を寄せた。腰に巻いたエプロンを外し、捲っていた袖を直した。
「さっきいたアドルとは同い年で、二人ともお調子者で手を焼いてます。やんちゃなところがいいと一部のオバ様達には可愛がられていたりしますが」
それであの発言か?
「あなたもそう思っているのか」
シャドウは訝しげにナユタを見る。
「あくまでも仕事については、ですね。嗅覚がいいというか。方角や地理については抜群なんですが…」
今さらハゼルのことをフォローされてもな。
「感覚で仕事をされても困るな」
シャドウは自分のことを疎かにされてると思い、面白くなかった。
ハゼルの態度は思い返す度にカチンと来る。あれを見てどう可愛がれるんだと考え込む。客に怒られたことがあると言っていた真意がようやくわかった。始めはなんとも思ってなかったが、あれは酷い。
「仰る通りです。よく叱っておきます」
シャドウに頭を下げ、くるくるとエプロンを小さく畳んだ。
「…あなたに謝られてもな」
シャドウはバツが悪くなる。
ナユタはクスッと笑い、大きく腕を上げた。
「さあ、ラボに行きましょう!ここを登ればすぐですよ」
ナユタが指を指す方向は木々が等間隔に並んでいた。道も整地されていた。上空から太陽光が差してくる。門所の周りとは違い、若々しい若葉が輝いていた。
「ラボには人はほとんど来ないと聞いていたが」
その割には道はきれいだ。獣道ではない。段差があるところには、通りやすいように厚みのある木板が挟まれていた。
「尾根に近いので登りはキツイですよ」
そう言いながらも、ナユタの足取りはひょいひょいと軽やかだ。
「この辺は野草や木の実が採れるのでよく来ます」
新芽をフライにしたり、木の実をパンの生地に練り込んで焼いたり。季節ごとに楽しみが増える。
「その足元のロンギボンは甘くて美味しいですよ」
シャドウの左足のつま先あたりに赤い実がなっていた。木苺だ。
ナユタの説明を聞いて摘んでみた。大ぶりな実に周りを囲むようなヘタを取り除き、鼻元に近づける。甘い香りがすぐに鼻をくすぐった。食べなくても味がわかるくらいだ。こういう味だろうと予測がつく。
「もう時期としては終わりかけですが、どうですか?美味しいでしょう!」
「まだ食べてない…」
ナユタの圧に押されてシャドウはポイっと口の中に放り込んだ。
噛んだ瞬間にプチッと果肉が弾けた。甘酸っぱい香りが溢れ出す。香りも味もふわっと鼻を通り抜ける。
「うまいな」
「でしょう!おすすめです!」
シャドウは頬を赤らめさせた。うまいものの前ではポーカーフェイスが効かなくなる。
「これはジャムにしたり、天日に干すと携帯食にもなりますよ」
「それはいいな」
シャンシュールに似てるなとシャドウは漏らす。
砂漠の町で買い込んだ携帯食。柑橘系の小さな実のシャンシュールは、そのまま食べるのは酸っぱいからジャムにしたり、酒と割ると相性がいい。
あの時はディルも雪も一緒に旅をして、楽しかった。
雪は、ソーダのように弾ける駄菓子を口に入れてはしゃいでいた。つい最近の出来事のような懐かしさがある。
ああ。そんなこともあったなと口元が緩む。
あの頃は楽しかった。砂漠越えは辛かったが、楽しかった。ディルを真ん中にして、フサフサの毛皮をアテにして抱きついて眠るのだ。
ディルは鼾がうるさいだの寝言がうるさいだのと喧しかったが濡れ衣だ。
満天の星空の下で、焚火に焚べた枝も、目に沁みた煙でさえも思い出の中ではきれいに残る。
「……雪」
「ディル……」
シャドウは無意識に二人の名を呟いた。顔色がどんどん険しくなっていくのをナユタはじっと見つめていた。
「さ、もう少しですよ」
ナユタはシャドウを先導しながら歩いた。
頂上までは行かずに、平らな場所に出た。道の先は見えない。緑が渦を巻いているように、周りの空間をも巻き添えにしていた。
今までの解放されていた空間から一転、絡みついて来るような、ただならぬプレッシャーがじわじわと押し寄せてきた。
「なんだこの感じは…」
シャドウは低く唸る。肌の上にポツポツと鳥肌が立った。隣にいるナユタは静かなままだ。
「ラボと言っては聞こえはいいですが、ただの廃墟ですよ」
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