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第4章
6 ハゼル
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ハゼルとシャドウは鬱蒼とした木々の合間を縫うように歩いた。青葉の筈だが色味は暗く、太陽光はまばらにしか入ってこない。
先頭を歩くハゼルは、シャドウがはぐれないようにチラチラと後ろを見ながら話しかける。
「草ボーボーで歩きづらいっしょ」
「足元気をつけてねー」
「あ、でも草木は折ったり抜いたりしないでね」
「もうちょい早く歩ける?」
門所を出たハゼルは、急にフランクな会話をするようになった。
狭い受付の中で、細々と口煩い同僚達と、ひっきりなしに訪れる客からの解放。
抑え込んでいた感情の大放出。息を吐くのと同じようにどんどん出てくる。
二十歳そこそこの、年相応の話し方と言えばこんなものかしれない。
ただ、「仕事上」としてはどうしたものか。老若男女、年上年下構わず。客でも誰でも普段通りに接する。
「この方が楽っしょ」
ただ、気まずくならないように相手によっては言葉を慎重に選ぶ。
長い道中なら尚更だ。道が悪かったりすると、無言のまま進まなければならない。お互いに苦痛を強いることになるからだ。
過去に何度か経験がある。その都度、態度を改めろと門所の先輩やおばさま達に叱責を受けたが直らなかった。
悪気があるわけじゃない。そう自分に言い聞かせて、今までなんとか濁してきた。
「だって、自分の敬語とか気持ち悪い。嘘くさく聞こえる」
当時のぼやきをムジに拾われて、かなりの雷を落とされた。
「人を敬う気持ちが足りないからだ!!」
ゲンコツ付きだ。
「自分のためじゃない。お客様のために向ける言葉だ!」
さらにゲンコツ。おまけのもう一発目はさすがに止めが入ったけど、未だに納得がいかない。
「俺は何とも思わない。案内してくれて感謝している」
本日の客。シャドウは素直に答えた。
「だよねー」
褒められて気持ちが跳ね上がる。歯を見せておどけるハゼルにシャドウは続けた。
「どう受け取るかは相手によるんじゃないか。あんたの態度を軽んじてると思う人もいるかもしれない」
「えっ!そ、そうお?…」
一瞬にして笑顔が消えた。子どものようにコロコロと表情が変わるハゼルに、シャドウは微笑む。
「この仕事はずっとやってるのか?」
「あ、うん。十四歳の時からずっと…」
「上はあんたのこと仕事はできると判断しているんだな」
「そうなの、かな?」
森の地形は頭に入っている。あまり行かないラボの道でもバッチリだ。
「だったら、あんた自身ももう少し変わる努力をしてもいいんじゃないか」
経験が長くても信頼がなければ後には続かない。
仕事には信頼が大事だ。不可欠だ。
「いつか村の外に出て、他の仕事を就くことになったら、新しい同僚とではその態度ではうまくいかないかもしれないな」
「えっ?なんでなんで?」
「言っただろう。どう受け取るかは相手によると。気軽で話しやすいと言う人もいるかもしれないが、馴れ馴れしい、舐められてると思う人もいるかもしれない」
「舐めてないよ!」
「たとえだ」
「誰が聞いても不快にならないよう。一般に通じるような言葉遣いを使い分けろと言ってるんじゃないかな」
「…うぇ」
同じことをムジにも言われたとハゼルは肩を落とした。それでもなお、悪いことをしているとは思えないとハゼルは唇を尖らせた。
「あとはあんたの努力次第だな」
シャドウはハゼルの肩をポンポンと叩き、先を行くように促した。
悪い奴ではない。ただ素直で実直なんだなとシャドウは考えた。
素直すぎさが時に、足を引っ張るとは考えられないんだろう。
他人にどう見られるか、雪もよく気にしていたな。
シャドウは続け様にため息を吐き、枝を折らないように慎重に体を躱した。棘の生えた草木は容赦なく服や肌に突き刺さる。ハゼルを真似て歩くものだから手足は傷だらけだ。
「村人もラボにはあまり関心がないということか」
シャドウは話を変えようとラボのことをもう一度口にした。
「う、うん。まあ」
そうだなあとハゼルは空に向かって呟く。
「サディカさんは良い人なんだけど」と付け加えるも話が続かない。
「彼の母親は?」
「何年か前に喧嘩別れしてそのままって聞いてる。婆さんはたまにラボの方に行ってるみたいだけど、会ってはないんじゃないかなあ…」
態度が全然変わらないんだ。いつも不機嫌。オニババ。
両手でツノを模して頭の上にむける。
「異世界から転移してきた人というのは見てわかるもの?こう、見た目が違ったりするのかな。例えばツノとか牙があったり、翼が生えてたりする?」
ツノと牙、翼を手振り身振りで表現する。
「…人間には違いないから、見た目でどうという違いはない」
目や肌や髪の色。言語の違い。こちらの土地勘がない。それ以外は少なくとも型は「人間」である。
「ふうん。人外ではないけれども、こちらの人間ではないのか。…ううむ、難しいな!」
「何が難しい?」
「見極めるのがさ!知らずに紛れているかもしれないだろ?それは怖いじゃないか!!」
人知れず異質なものが紛れて浸透している。気づかずに何年も一緒に過ごしているかもしれない。
「……そんなに恐ろしいものではないぞ?」
ハゼルの慌てっぷりとは段違いに冷静なシャドウ。今まで雪以外の転移者も見てきたが、特段どうというものはなかった。皆一同に慌てふためき、泣いたり笑ったり。雪はどうだったかな。
「詳しいんだね」
「まあ、そういう仕事をしていたからな」
ヴァリウスの指示で転移者(影付き)を試練の森に案内していた。元にいた世界の記憶や後悔、しがらみを断ち切ることで新しい人生が始まる。似非くさい文言もあの頃は何も考えていなかった。指示されるがまま、繰り返すだけだった。
あの日の後悔を振り返ることはできないけれど、これから先の後悔は繰り返したくはない。
「なんだか訳ありだねー」
ハゼルは、これ以上踏み込んではまずいと口を結んだ。
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