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第4章
5 ディルの願い
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今さら説明がいるのかどうかはわからないけれど、おとなしく聞いておこうか。ディルは口を閉じた。
この世には獣人と呼ばれるものがいる。見た目は人間だけど、朝と夜だけとか。耳と尻尾だけとか。
部分的に獣人化している者もいれば、ロイのように完全に獣化している者もいる。獣化は人それぞれパターンが違っていて先天性、転化、変化、転身という。何百年前から存在は確認されているのに、未だに獣化のメカニズムは解明されていない。
「…こんな感じだったか?獣人の説明は」
ムジは部屋にいる村人達に説明をした。ムジが知っている獣人の情報だ。だいたい一般人が知っている内容だ。
「そんなところです」
相違ないとディルはニコッと笑った。
「ただ、獣人の存在の意味というものが最近わかりました」
「存在の意味?」
重苦しそうな話だなとムジは眉間に皺を寄せた。
「かつて、獣人は神の使いだったと言われました」
ディルの発言に壁に寄りかかっていたガマジが吹き出した。
「ぶはっ!何を言い出すかと思えばカミサマってか!!」
勘弁してくれよとヒイヒイと引き笑いをして壁を叩いた。ガマジの態度に周りにいた村人達もクスクスと揶揄うような笑い声が上がった。
「まあ確かに。にわかには信じられませんよね。ぼくも神に言われたときはハア?って思いましたし」
ルオーゴ神殿の祀神レンガ。神とはいえクソ生意気なチビだったと今でも記憶している。
「カミサマと話しまでしたのかい!」
こりゃ素晴らしい傑作だ!とドッと場が沸いた。
「神の言葉を人間に伝えるのが獣人の役目だと言われました。かつては獣人は人間より神のそばにいたんです」
どんなに野次られてもディルは顔色を変えなかった。今さらだ。いつも同じ反応をされるので感情がブレない。反対に隣にいるアンジェはいつでも飛びかかれる態勢でいた。
「ハア?」
獣人は人間より位は上だと取れる発言にガマジはディルを睨んだ。
「まあ。そんなことはどうでもいいんですけど」
「ハアア?」
ディルには睨みも野次もスルーだ。
いちいち茶々を入れるガマジに周囲は「うるさい」と注意をし、ガマジはバツが悪くなりチッと舌打ちをした。
「ぼくらの役目がなんであれ、ぼくらはぞんざいに扱われすぎてきた。神の使いならばもう少し丁重に扱われてもいいはずです。なら何故、こうも人と隔てられて扱われてきたのか」
ディルは落ち着き払った顔でいたが、内心は穏やかではなかった。視界の端々に野次を飛ばすガマジの姿が入り目障りに感じていた。
それでも表情を崩すこともなく話を続けた。ようやく自分で語れる場を貰えたのだ。一時の感情でこの舞台から降りるわけにはいかない。
「それは見た目の違いです」
「見た目?」
「そうです。人間とは違う姿をしているからです。獣の耳や牙、尻尾が生えてる人間なんてないですよね。自分達と違えば排除したくなる」
自己防衛本能が働いた。これは拭えない。事実だ。
「排除だなんて…」
ドキリと胸を打つも、手厳しい言葉に住人は狼狽える。
「みんながみんなそうであるとは思ってません。実際にぼくらを受け入れてくれる仲間もいます。でもひと握りです」
笑顔で返すも目の奥は笑ってはいない。
「自分はそう思ってなくても、世間が。この場合は城か。王様が決めたことなら従うしかないのが通りです」
獣人は城の管理下に置かれる。人ならざる者なら奴隷のように扱っても構わない。みんながそうしているから、自分達も同じようになぞっているだけ。
「ぼくらも人間は怖い者として見てきました。優しくしてくれるのは何か裏があるのではないかと疑うことばかりでした。実際、親にも見放され、家系図からも抹消されました」
「ひどいな…」
隣にいるアンジェがぼそりと呟く。
「個人差あるけどね。城には行かずに暮らしていけることもある。ぼくの場合は父が親身になってくれたけど、母と兄弟達はバラバラになった」
「…今は家族はどうしているんだ」
ムジは重い口を開く。
「さあ。知る由もありません。獣化してから会っていませんので」
「そうか。それは辛いな」
「ええ」
当時よりは落ち着いていられるが、あの頃のことはもう思い出したくない。どんなに抗っても時は戻らない。目まぐるしく駆け回る走馬灯に今も目が眩む。獣人を揶揄する歌を喚き散らす子ども達の歌声は、無邪気を通り越して悪意としか思えない。今でも吐きそうになる。
「でもお前は核も取られてないし、生き残っているじゃねえか。それだけ優遇されてるってことだろ?」
ガマジはディルを睨み唾を吐き捨てた。
「…あなたは獣人のことに詳しいですね」
「うるせえ!お、お、オレのことはどうだっていいんだよ!」
ガマジはバツが悪くなり、わざと大きな音を立てて外に飛び出した。
「ああもう、うるせえな!!話の腰ばかり折りやがって」
ムジはガマジが飛び出した後ろ姿に向かって怒鳴り声を上げた。
「ムジもうるさい」
アンジェのぼやきに一同から笑い声が上がる。ディルも口元が綻ぶ。
ふと見たら前足が汗ばんでいた。それがむず痒い。体に至ってはびっしょりだ。
笑い声と外から入り込んで来た風にディルはふぅと小さく溜息を吐いた。冷静を保ってきたつもりだったが、そうでもなかったようだ。風が汗を拾って冷たく感じた。
「それで。オレにどうしてほしいんだ?」
よいせと発しながらムジは座布団の上に座り直した。
「獣人の国を造るとかなんとか言ってたよな」
「あ、はい」
「具体的にはどうするんだ」
「…今までのような扱いを受けない獣人だけの自由な国です。人と獣人との壁を無くしてひとつのテーブルを囲みたい。話し合いをしたいんです」
「話?何のだ」
「……国の再興のための話し合いです」
神と人が交わした約束。
神が創って、人が壊した国の再興。
命懸けな巫女を支えたい。それが目下の希望だ。
「どうか。力を貸してください!!」
平伏すのはこれが最後にしたい。
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