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第3章

11 身勝手な人たち

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 「ヌシさま。なんでこんなにニンゲンがあつまっているのでしょう…」
 キハラのお供のオオサンショウウオのウルは、キハラの体に寄り添いながら短い手足で水をかく。時折、泳ぎを止めて水中から外を眺めていた。ぞろぞろと森中を歩いていく人々を見ては、足元に視線を落とした。
 「ああ!あんなにドロをはねあげて!!ヌシさまかゆくなっちゃう…!」とか、
 「ああ!こらコドモ!はっぱちぎっちゃダメ!!」とか、
 ウルが、ひゃあとか、はあああとか、悲嘆している隣でキハラはやかましいと顔をしかめていた。
 雨のせいで水が濁り出していた。透明度が薄れてきた。花殻や葉っぱの屑が水面に浮かぶ。
 キハラはそれらを横目に、嫌々ながらも仕方がないといった表情を浮かべた。
 「…これだけ雨が降ればな。…ん。なんだか獣臭えな…」
 水面から頭だけを出したキハラは、眼光を鋭く光らせ、数百メートル先の薮の中をじっと見つめて低い声で唸った。
 雨と風で消えてしまいそうだが、それは色濃く残っていた。濡れた土と草木を刈り取ったツンとした匂いに混じって微かな獣の匂いだ。あいつの夢で出てきたヤツか。
 「ヌシさま!見られちゃう!だめだめだめ!!」
 ウルは必死になってキハラの顔の前に貼り付く。
 キハラは邪魔だと言って、顔を左右に振ってウルをぽいっとふりほどいた。
 投げられた時にも、ウルは、ひゃああと悲嘆の声を上げた。お前の方がニンゲンに見つかるぞとキハラは睨んだ。
 「…気に食わねえな。オレに挨拶も無しとは。いい度胸だ。頭から丸飲みしてやろうか…」
 挨拶も無ければ姿も見せない。
 森の中の、生きとし生けるものの代表となる主神を無視するなど言語道断だ。
 しかも主神のつがいに無断で接触している。
 「ヌ、ヌ、ヌシさま、ヌシさま。コワイこといわないで!だめ~」
 ウルがキハラの元に戻ってきて、おどおどして、体をプルプルと震わせた。
 「フン。どこのどいつか知らねえが、体の穢れごと噛みちぎってやるわい。こうなったらさっさと儀式を始めてやる」
 キハラは吐き捨てるように呟いた。
 「でもヌシさま。ニンゲンがたくさんいるなかだとギシキできない」
 「ケッ」
 いても構うものかと吐き捨てるキハラに、ウルはだめだと首を振る。
 「あのコこまるよ~」
 「オレが主だぞ」
 「でもでも」
 ウルのプルプルが止まらない。バシャバシャと水をかいては音を立てた。
 「オレが先に見つけたネタだったのに何でこんなに人がいるんだよ!」
 川べりに突然現れた男に、キハラはウルを顎で水中に押し込んだ。自身も水面スレスレまで体を沈めた。
 どこかで聞いたことのある声だった。
 「くそ!どこで情報が漏れたんだ!」
 男は自棄になり、頭を掻きむしり周りの草木を蹴り倒した。
 「あなたが持ってるチラシは門所で配られていたんでしょう?それならみんなが知ってったって不思議じゃないわよ」
 女の声も聞いたことがある。男に比べて落ち着いている声だ。
 「それは違うね!オレは門所に着く前から知ってたけど、こいつらはオレより後に知ったんだ!!オレを真似てるんだ!!」
 「そうですか」
 男の興奮気味な物言いに対して、女のトーンは一定だ。呆れている。顔を見なくてもどんな様子かはわかる。
 この二人は、儀式を覗きに来たと言った男の家族か。騒ぎの元凶だ。村の厳戒態勢を知らずにまんまと現れた。
 このまま仕留めてしまえば万事オッケーなのでは?
 キハラは顔を上げようとすると、ウルが高速で首を振っているのが見えた。
 (心配性め)
 どこぞの誰かと似てるとキハラは辟易した顔になった。
 どちらにしても、このまま先に行かせるわけにはいかない。
 「だいたい何でママもいるの?子ども達はどうしたの?」
 「子ども達は門所で母さんと一緒にいるわ」
 「それならいいけど。でも、何でオレがここにいるってわかったの?」
 「ゲンが教えてくれたのよ。パパがまた祭に行くんだって」
 「あいつ口軽いなあ…」
 口止めしたのにと項垂れた。
 「ゲンも行きたいと言ったのに、パパは仕事で行くからダメだと断られたと言ってたわよ。何よ、仕事って」
 「あー、だから、それは、その」
 女の問いに男はしどろもどろだ。答えられるはずがない。森の主神の神事を盗み見しようとしているなんて。
 「今日は子ども達と遊んでくれる約束だったでしょ!」
 「こんな雨の日に外には遊びに行けないじゃん」
 「家の中で遊びなさいよ。遊びじゃなくたって勉強をみてくれたり、部屋を片付けてくれたっていいのよ」
 「いやあ…そういうのは、オレ得意じゃないし。ママがやってよ」
 「そうやって何でも投げ出して結局は全部私に押し付けるのね」
 「そういうわけじゃないよ!ほら、適正適所って言うじゃん!オレは外で仕事して、子ども達のことはママがやる。そのほうが効率も良いし、子ども達も楽しいよ。きれいな部屋とおいしい食事と優しいママ。最高じゃん!」
 「じゃあ、あなたは何もしないでただいるだけの最低なパパってことでいいのね」
 「なんだよその言い方。オレは仕事してるんだから、家のことはママがやるべきだろ!」
 「家のことはやるわ。料理も掃除も好きだもの。でも子ども達のことは、あなたにだってちゃんと見てもらいたいのよ。今日だって一緒に遊べるの楽しみにしてたのよ。タクはパパがいないって泣いてたわ」
 「…それは悪かったけど」
 「けど何よ」
 「こっちも一大事なんだよ。これを掴んだらきっと大チャンスになる!」
 「どういうこと?」
 「森の主神に出会えるチャンスツアー敢行だ!」
 どうやらこの男は、ツアー旅行の企画を狙っているようだった。
 キハラとウルは、二人の会話を聞き耳を立てていた。
 「どうでもいいわ…」
 くだらねえとキハラは呟いた。
 出るタイミングを完全に失ってしまった。夫婦喧嘩など他所でやれと言いたかった。しかもオチがアホすぎる。
 「ヌシさまはデちゃだめ!」
 ウルは短い前足でバツのジェスチャーを見せた。
 ということは、こいつら以外のニンゲン供の考えも同じだと思っていいはずだ。祭など関係ない。狙いはオレだ。
 だとするとこの数は厄介だな。夜の闇に紛れたとしても、ほんの少しでも綻びが出たら、回避するにも手間がかかる。あいつの負担にもなりかねない。
 ならやはり、夜を待ってる時間はない!
 キハラはウルに、キアを呼ぶように告げた。
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