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第3章
3 花宵
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初夏。花の訪れに、陽気な音楽と人々の笑い声が生温い風に運ばれて来た。待ちわびてた花の芽吹きに、人々の笑顔が弾けた。
「さあさ、皆さま!ようこそいらっしゃいました!」
ムジの号令に、広場にいた大勢の人々からワッと歓声が上がった。
泊まりの客だけじゃなく、日帰りの観光客も多く村を訪れ、閑古鳥が鳴くばかりの水の宿のナユタ・ナノハ夫婦も大忙しだ。
ナユタ特製の料理が次々に皿の上を彩っていく。
若芽のフライ。フルーツやサラダ。和え物。肉のハーブ焼き。白身魚のフライ。パイ包みのシチューやデザート。焼いても焼いても、煮ても煮ても間に合わない。
「わ~!!お客がたくさん来てくれて嬉しい!!」
久々の忙しさにナユタもハイになっていた。嬉しい悲鳴とはこのことか。二人だけでは回せないため、ご近所さんにも応援を頼んで手伝いに来てもらった。
例外なくキアも動き回り、てんやわんやで目が回ってヘトヘトだった。最近の寝不足が足に来る。賑やかな雰囲気中で、疲れたとはなかなか口に出せなかった。
「むううぅ」
頭がクラクラする。人の多さにも酔った。息つく間もない。
「おねえさん。こっちにもお酒!」
「おかわりはまだ?」
「こっちもこっちも」
花より団子。客はナユタの料理に舌鼓を打ち、ご満悦だ。咲き誇る花々が霞んでしまうほど。
見かねたナノハが声をかけてくれるまで、キアは働きづくめだった。
「キハラのところにいっておいで」
ナノハは、キアの安息地をよく理解していた。どんなに体調が悪くとも、キハラの元に行けばたちまち生気を吹き返すのだ。
「でも、みんなも疲れているのに」
「あとで順番に行くから心配いらないよ」
ナノハは、元気になってから戻れば良いよと快く送り出してくれた。
キアは後ろ髪を引かれながらも、森に入る歩みは止められなかった。
しばらく歩くと人々の喧騒と熱気が体から離れるのを感じた。シンとした森の中で体の中の熱が一度ずつ下がっていった。
「…はあ」
ようやく呼吸が整った気がした。
「キハラ」
森の主が棲む湖にたどり着いた。キアの声に反応して湖面が揺らめいた。
「ひどい顔だな」
キアを見て第一声がこれだ。どんだけだ。
「…うん。あんまり眠れなくて。人が多くて忙しいし」
照りつく太陽は初夏のものとは言い難い。盛夏といってもいいぐらいだ。陽気に呑まれたか。ぐんぐんと気温は上昇していった。
今のキアには少々しんどい。
「私だけじゃなくてみんなも疲れてるから、しっかりしなきゃなのに」
陽気に輪をかけて、酒の勢いもかけて全体的に浮き足立っている。森の中を通る人の数にはキハラも辟易していた。
新月までまだ先だというのに、身体中足跡だらけでむず痒くイライラしていた。
「…世話のかかる」
水面からポコポコと小さな気泡が現れた。
「…なあに?」
しばらく経つと、思い切り振って栓を外した炭酸水のように、ぶわっと盛り上がりキアの頭上で弾けた。
「っあはあっ!?」
頭の上からずぶ濡れになった。パチパチと気泡が弾けた。スッと肌に浸透して潤いを感じた。
「な、すごい。天然のシャワー!気持ちいい~」
一瞬で肌がシャキッとした。目も覚めた。無味無臭だけどほんのり柑橘系の香りがした。
「イミュキュの花だ。ちょうど盛りだ」
キハラは顎をクイっと上げると、目線の先に黄色い花が見えた。背の高い木でなかなか花の型までは見えなかったが、小さな花が集まって丸い集合体になっていた。
「湖面に落ちてるだろ」
キアはキハラの目線を追うと、ゆらゆらと湖面を渡っていたイミュキュの花があった。
「かわいい!」
それは片手に収まるほどの大きさだった。一つ一つの花びらは五角形で中央は窪んでいた。
「星みたいだね」
ぱあっと明るくなった表情にキハラは安堵した。
「フン。安い女だな」
キハラは首を伸ばし、頭でイミュキュの木を揺さぶった。パラパラと落ちてくる花をキアに浴びせた。
「わっ!すごい!!星が降ってきたみたい」
星のシャワーだとキアは上機嫌になった。眩しさに目を細めながら、キハラを仰ぎ見る。
「ありがとう。キハラ」
「おう」
すっかり血色の良くなったキアを見て、キハラも安心したようだ。
キハラは自然にキアに体を寄せ、そっと肌に触れた。
「オレも疲れた」
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