大人のためのファンタジア

深水 酉

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第2章

17 合永絵麻(6)記憶の記録

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 「…というのはコイツの作り話だ」
 「作ってないし!ひどいよ魔女さん!」
 「どういうことだ?男はどこ行った?」
 長い話のオチにシャドウは困惑した。
 「だから、この大陸記に今のようなことが書いてある。この大陸を造った創造主が異界の者から傘という道具を貰って、太陽光を遮る日除けやら雨除けやらができるとこの大陸に伝えたという。この話が本当なら、コイツは創造主に会っていることになる。一体いくつだって話になるだろうが!」
 夢でも見たんだろうと魔女は吐き捨てた。
 「13歳です~」
 「嘘つけ!この大陸が出来てから何百年経ってると思ってるんだい!」
 「だって、私は13歳の姿で止まっちゃっているから、今は何歳かなんてわからないもん」
 「時が止まる?」
 シャドウはピクリと眉を動かした。
 「時が止まるというか、合永絵麻であった時間が止まっているという感じです。元の場所にいる合永絵麻は、そのまま生きているんじゃないかな。今の私は、鏡に映った半身。映った側という感じかな。今の私はただのエマで、ここで魔女さんと住んでるただの女の子です」
 エマの答えがすとんとシャドウの中に落ちた。
 「元の場所に帰りたいとは思わないのか?俺の知っているヤツは、帰りたいとよく嘆いていた」
 「うーん…。今は特に。でも、全くないわけじゃない」
 エマは神妙な顔つきになって小首を傾げた。
 「…あの時の感情は、いま思い直しても同じだと思う。言い方はすごく悪かったと思うけど、気持ちは変わらないかな」
 「悲しくはないのか」
 元の世界に戻れないまま。母親に会えないまま。
 「だから、全く…ってわけじゃないよ」
 シャドウの問いにエマは言葉に詰まった。
 「お母さんにはちゃんと謝りたかった。本心だとはいえ、お母さんの気持ちを蔑ろにして感情的に吐き出してしまったことは、…今でも反省している」
 エマは心苦しさで顔をしかめた。
 「…でも」
 「でも?」
 「元の世界に戻れて、今までと同じ生活を送ることになるなら、ちょっと、きついなぁって思う。これも本心」
 母とのアンバランスな生活を延々と送っていかなくてはならないのは苦痛だ。私がもう少し大人になればいいのかな。年齢的にも、精神的にも。そうしたらもう少し余裕が持てるかもしれない。
 「いきなりこんな知らない場所に移動させられて、すごい焦った。だだっ広い荒野に一人でどうしろって言うんだろう。世界の果てってこんなところなのかなあって。焦るあまり、でもどこか冷静になってた。私の心象風景ってこんな感じなのかって。カラカラで笑えた」
 見知らぬ土地でただ一人。しかも別の世界だ。大人とて戸惑ってしまうだろう。それをたった13歳の少女が向き合わなければならないのは、なんて酷なことだろうか。
 「…どこぞの荒野から、ここまでどうやって来たんだ」
 シャドウはエマに尋ねた。創造主とのやり取りを信じたわけではないが、そこから話を始めた方がいいと思った。
 「そこはあんまりよく覚えてないの。唯一話していたあの人はすぐにいなくなっちゃったし。で、気がついたら、森の中にいた」
 「森?」
 「私みたいな人が集められる場所だとそこの人が言ってた」
 「お前みたいな…」
 今までの影付きたち…か?
 「何かされたか?記憶を奪われたとか」
 「そんな怖いことされてないよ!だって、お母さんのこと覚えているもん。もっと前の、お父さんと暮らしていた記憶だってあるよ」
 学校のことも。友人のことも。操作されて消されたようなことはない。
 「…そうか」
 連れて行かれても、生き残り、記憶を奪われない。
 影付きが現れた場所によって扱い方が違う。
 シャドウは困惑気味だ。
 あいつがもし王都ではなく、違う場所に現れていたら、あんなむごい目には合わなかったかもしれない。
 今となっては、もうどうにもならないことだとわかってはいるが、後悔が尽きない。
 ただ、別の場所に現れていたら俺たちは出会うことはなかった。それが幸か不幸か。あいつはどう思うだろうか。
 シャドウは垂れ下がった長い髪の毛をぐしゃぐしゃに掻きむしった。
 「その森は、すごく空気が澄んでた。木々の中に日差しが差し込まれていて木漏れ日がとてもきれいだった。荒野にいた頃の気持ちがフッと消えて、肩の力が抜けてホッとした。緑が濃くて、水の匂いもした。どこかの国と国の境で、門みたいな石造りの建物があった。そうそう、魔女さんともそこで会ったんだよね」
 窓辺にいた小トカゲがバサバサと翼を広げ、ふわあと大きなあくびをした。
 「そうだったか」
 覚えてないなと興味なさげにぼやいた。お前の話は長すぎると偏屈を言い、牙と舌を出して翼の毛繕いを始めた。
 「そうだよ!もう、すぐ忘れるんだから」
 エマは口をへの字に曲げた。
 「あんたも影付きなのか」
 シャドウは魔女を見た。
 「さあね。どうだったかな。だいたい昨日今日会ったばかりのヤツに、自分の過去をベラベラと答える趣味はないよ。それに影付きなんてのは、王都の馬鹿どもが勝手に付けた名だろう」
 シャドウの問いにも魔女は偏屈な態度を見せた。
 「そうなの?何か意味があるのかと思った」
 「だいたい別の世界から人が移動して来ることなど、さして珍しいことではない。いちいち区別していたらラボがパンクするわ」
 「ラボ」
 聞き慣れない言葉にシャドウは固まった。
 「私が連れてかれたところ。私たちみたいな他の世界から移動して来た人を研究しているんだって。そこで、名前とか住所とか、住んでいた国の話を聞かれた。人口とか風土の特徴や特産の農作物とか」
 「そんなこと聞いてどうするんだ」
 「記録のためとか言ってたけど」
 「…記憶の記録」
 無理矢理に奪うわけでもなく、そうやって記録に残しているというわけか。
 「…まてよ」
 そういえば、サリエがそんなことを言ってなかったか?影付きについて調べている機関があると…
 「そこに行けば何かわかるかもしれんな」
 シャドウは、旅の目的の終着地を見つけた気がした。
 「そのラボというのはどこにあるか教えてくれ!」
 
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