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第2章
7 探し人
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中央都市 ザザ 総合案内所
[シャドウ・ルオーゴ]
依頼書に記入した後に、シャドウは、はたと手を止めた。この名を名乗るのは久しぶりだった。王族や貴族と違い、一般庶民は育った土地の名称や地名を名前に付けることが多い。この場合、ルオーゴ神殿で育ったシャドウという意味になる。
「お兄さん、神殿の人?」
シャドウは案内所の受付に依頼書を出した。受付にいた女性は、シャドウの顔と依頼書を交互に眺めた。
依頼内容は、人探しと世界情勢。神殿を出てから、あちこちを歩きまわったが、雪に関することは何もわからなかった。これといった情報が無かったため、専門部門に頼ることにした。
「ああ。昔、ずいぶんと世話になった」
王城にいた頃は、神殿に関わるようなことはしなかった。自ら名乗ることなど皆無だ。だが、あの一件以来、神殿を頼っていいとサリエに了解を得てからは、こう名乗るようにしていた。
「ふーん。あそこも最近は落ち着いているみたいだけど、少し前は異常気象で、大変だったみたいね。やっぱり、若い女の子が継ぐとなると、そううまくはいかないのかしら」
「何を言っているんだ!歳や性別は関係ないだろう!天冠の巫女様だぞ!神さまから与えられた奇跡だ!!」
女性の発言に男が割って出てきた。鼻息荒く、興奮気味だ。どうやらこの二人は夫婦のようだ。
「あなた!声がでかいわよ。ごめんなさいね。うるさくて。このひと、巫女様のファンなのよ」
静かにしてよと唇に人差し指を立てた。
「…いや。神殿の話は何か入っているか?その、巫女はどうしているかとか。砂漠はどうなったとか」
「…うーん。そうねぇ。さっきも言ったけど、異常気象が続いたのよね。神殿の周りだけずっと大雨で。砂漠が海になるんじゃないかって一時騒然としたわ」
受付担当のマヌエラは、シャドウをちらちらと見ながら答えた。神殿の関係者とはいえ、どんな人かと見定めているようだった。
最近は偽名を使って情報を聞き出してくる輩も少なくない。怪しい人には気をつけなければと役人にも注意されていたが、明け透けなくペラペラ喋ってしまうのはマヌエラの悪い癖だった。シャドウへの警戒心はすぐに解かれた。耳たぶに付いた大きな輪っかが、話すたびにゆらゆらと揺れた。
「天冠の巫女様とはいえ、まだお若いし、実績がないから軽く見られがちなのよね。神官や巫女が何人も出て行ってしまったと聞いたわ。新しい職場を探して欲しいと何件も依頼が来たもの」
「…巫女を支える者はいないのか?」
神殿には、サリエをはじめ、真面目な神官や巫女が数名いたと記憶していた。
「それが!聞いてよ!ここだけの話よ。他には内緒よ!どうやらクーデターがあったみたいなのよ!巫女様を下ろして、ある神官が神殿を乗っ取ったって噂があるのよ!」
マヌエラも興奮していた。不穏な内容には、そぐわない態度だ。
「…ある神官?名前は?」
シャドウは身を乗り出した。まさか…
「そこまでは知らないわ」
マヌエラの返事にシャドウは肩を落とした。
「仕事を紹介して欲しいと来た巫女が話してたわ。尊敬していた方だから、ちょっと驚いたって。わりと前からいた人だっていうけど、名前まではわからない」
シャドウは頭を捻った。該当者は誰かと記憶を巡らせた。自分が修行をしていた頃に、上官だった神官か?
地下に幽閉された、かつての親友を思い浮かべるも、すぐに打ち消した。恨みを持っていたにしても、それは父親でもある大神官にだ。巫女を退けさせることは望んでない筈だ。神殿の再興こそが、彼の希望だった。
そうなると誰だということになる。
「誰だ…」
シャドウは低く唸った。
「未成年の巫女様には後継人がつくでしょう?悪い大人がついてしまったのね。幼い巫女様の話など聞かずに神官が暴走したらしいの。だからか、いつも神殿を囲むように雷が鳴り響いているわ。神様がお怒りで、もう大変だったんだから!」
マヌエラの手の動きが激しくなった。テーブルの上をバシバシと叩いた。
「あちこちに雷が落ちて、火事になりそうになってたわ。あわや神殿にも燃え移りそうになって大惨事になりかねなかったみたいよ。怖いわねぇ」
マヌエラはどこか楽しそうに答えた。根っからの噂好きのようだ。
「それで神殿は、巫女はどうなった?」
「名乗りを上げた神官は、雷に当たって大やけど!神の鉄槌を食らったんだもの。当然っちゃ当然よね。でも傷は浅かったみたい。巫女様が嘆願したと聞いたわ。自分がきちんとお役目を果たすから許してやってくれって。神官が暴走したのは、自分にも責があると。迷いがあるから思うように仕事が出来なかったって。偉いわよね。迷いがあって当然よ!だってまだ十代でしょう?責任が重すぎるわよ」
マヌエラは興奮気味に、巫女は素晴らしいと誠実だと心を寄せた。
「うちにも同じくらいの歳の子どもがいるけど、巫女様とは雲泥の差。何かにつけて反抗期で嫌になる」と愚痴をこぼしてきた。
暴走した神官。まとまらない神殿。
またシャドウの脳裏に不安がよぎった。
マリーは、天冠を得たと言っても、まだ未熟。子どもだ。元の姿に戻ったばかりで覚えることもたくさんあっただろうに。
幼い者に苦労と心労を与えたくなかった。自らに課した運命でさえ、過酷なものだというのに。
シャドウはマリーの姿を思い浮かべながら、すまないと心の中で頭を下げた。すぐに戻ると言えずにいる自分に歯痒さが残った。
自分には、やるべきことが、まだあるのだ。
「あとは?聞きたいことは何かしら」
「…人を探している」
「人探しは夫の仕事よ。あなた~」
役割分担があるようだ。妻は世間話と噂話。夫は人探し。
「はいはい。お待たせしました。カミさんの話は長くてあんたも大変だったろう。探し人はどんな人だい?」
マヌエラの夫のドエドは、入れ替わりに入って来た。頑強な体つきは浅黒く焼けていて、港町で働いている男だと見てとれる。
「二人いるんだ。いや、三人…」
ここにくる間に、王と城と獣人の騒動など生臭い話ばかり聞こえて来た。城にいるレアシスや、神殿で別れたディル。今どうしているか気にならないわけがない。
「順番に聞こうか。…まずは、ユキ・イズハラ?どんな人なんだい?」
「二十二、三歳の女性だ。背はこの辺りで、髪は肩ほど。黒、いや茶色がかっていたかな」
シャドウは身振り手振りで説明をした。
「背は自分の胸元あたり。服装は…」
最後に見た姿は、
言葉に詰まった。花の中に消えていく雪の姿を嫌でも思い出してしまう。だが、
「…男物の上着を着ていた」
いつまでも目を逸らすわけにはいかない。シャドウは胸の疼きを飲み込んで前を向いた。
「ふんふんなるほど。あと職業とか、趣味とかは?」
「…職は、ない。(影付きだとは言えんな。)…俺と、もう一人と旅をしていた」
「ふうん。あとは?情報がこれだけじゃ探しようがないよ」
ドエドはペン先で生え際をつついた。
「…歌がうまかった」
「は?歌い手さん?もうちょっとないの?こう、食べることに余念がなくて、いつも完食で、大酒飲みで猫好きって…ああ、そりゃうちのカミさんだ!」
ガハハとドエドは高らかに笑った。受け取り方によっては、馬鹿にしているように聞こえるが、大好きだと公言しているようにも取れる。
「仲が良いんだな」
シャドウにも笑みがこぼれた。
「まあね。付き合い長いからな。兄さんとこは?」
「俺たちは…まだ、」
歴史などない。お互いのことを何も知らなすぎだ。好きな食べ物も好きな色も、趣味も特技も。何も知らない。出会ってすぐに旅立って、己れの素性を知るのも他人任せに、入ってきた情報しか知り得なかった。
罪人と影付き。お互い王家に預けられた身分だが、立場が違いすぎた。知ろうと思ったのは、離れ離れになった後だ。
「…深い付き合いもないが大事な人なんだ。是が非でも見つけ出したい」
「おおう。なんだか照れるな。兄さんの眼差しにドキドキしちまった」
ドエドは胸を抑える素振りをした。マヌエラは呆れ顔だ。
「あなたが照れてどうするのよ。バカねぇ」
シャドウの真摯な姿勢にドエドは頬を赤らめさせた。
「わかった!もう少し情報が欲しいところだけど、これで書類を作成してみるよ」
行方不明者の書類は、近隣の村や詰所などにも情報が共有される。
「…頼む。あと二人は、」
ディル・ニルクーバとレアシス・テレサ。共に獣人だ。
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