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第2部 第1章
15 儀式
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二人で夜になるのを待った。
アンジェにはシダルばあさんとアーシャを連れて村に帰ってもらった。村に来た戻り客について簡単に説明をし、ナノハの手伝いも頼んだ。
門所の警備人には、儀式をはじめるにつき人払いを頼んだ。門所では森に入れない旅人達を泊めていた。とはいえ部屋が十分にあるわけではないので、その多くは外で野宿をしていた。
そのせいで、儀式を覗きに来ることがあった。見る分には構わないが、騒ぎ立てることは避けたかった。何しろキアは今日が初めてだ。野次馬達に邪魔をされたくない。
ナユタはちらっとキアを見た。隣に立っているだけで緊張感が流れ込んでくる。震えている?
昼間見た笑顔の裏で、シダルばあさんから謂れなき暴力を受けていたとアンジェから耳打ちされた。
双方に問いただしても、ばあさんは知らぬ存ぜぬで、キアは足が滑って転んだの一点張り。一人は保身に走り、一人は口を閉ざした。
何事もなかったように穏便に済ませたいのか?わからないわけではないが、どうにも「わかった」とは頷けなかった。
「キア、」
ばあさん相手は骨が折れるが、謂れなき暴力を受け止めることなどしなくていい。ナユタはキアの肩に手をかけた。瞬時に跳ね返る肩にこっちが驚いた。
「すすすみません!!」
月のない夜の森は本当に暗くて、ただ立っているだけでも不安にかられた。
木々の揺れや虫の羽音などかすかな物音にさえ、体を大きく震わせ過敏に反応してしまった。
「キア。大丈夫だから落ち着いて」
俺には見慣れている景色もキアにとっては何もかもが初めてでだ。
「はひ」
返事もままならない。昼間のやる気はどこに行ったのか。
「ほら、」
仕方ないなとナユタはキアの手を握った。両手の指を絡ませて優しく握る。緊張をほぐすおまじないだよと何度と指先に力を入れて握るもキアからの返しはなかった。
「心配いらないよ。暗闇の中でも次第に目が慣れて来るから物の形がわかるはずだよ。目を開けていてごらん」
ナユタはキアの手を引き、森の入口に立った。
「それにほら。星がきれいでしょ」
ナユタは空を仰ぎ見る。繋いだ手を高く上げられ、反動で離されてしまいそうになり焦ってキアはナユタの腕にしがみついた。
「ははは。大丈夫だって。怖がらないで空を見てみなさい」
不安なんて吹っ飛ぶからと促された。キアは半信半疑のまま、ゆっくりと空を見上げた。
森の中の暗闇から反転、宝石箱をひっくり返したようなまばゆい光が空を全体埋め尽くしていた。
あまりの美しさに声を飲んだ。
驚きのあまり感嘆符が出てこない。
「うっ…わぁ…」
これが精一杯。
「ね。大丈夫だって言っただろう」
いつのまにか手は離されていた。指のシルエットが見えた。輪郭も。木々の印影も。ナユタの姿も。
「落ち着いた?」
虫の声も。水の音も。
ナユタの声もよく聞こえた。
「…はい」
自分の手も。足も。洋服が肌の上を擦る感触も。
髪が風になびいて頬を叩く感覚も。全部。
「…わかります」
私自身、どこにいるのか。
踏みしめている地面の感覚を、握りしめた拳の指の感覚を、自分の所在を確認ができた。
暗闇の中でも目が慣れてきた。数メートル先は見えないけれど、足元や周りのことはわかる。
見えなくても焦りは禁物。どの場面にいても当たり前のことなのに、つい焦ってしまう。目を閉じて呼吸を整える。
「落ち着け。…落ち着け」
キアは胸に手を当て、落ち着けと自らを諭す。
声のトーンからして、だいぶ落ち着いてきたなとナユタも胸を撫で下ろした。
儀式と名がついていても決して難しい事ではないのだ。
要は気の持ちようだ。キハラの機嫌を直してくれればいいのだ。キアはキハラに慣れているから、初めてでも大丈夫だと思うが…
「…今日の儀式は最初は俺がやる。次からはキアがやるから流れをよく見ていてね」
「えっ、でも、」
「そう。今の番はキアなんだけど、儀式は初めてだろう?前の番が次の番に教えるのが習わしなんだ。だから最初は俺が教えてあげるよ」
「私がやると言っていたのに、キハラはわかってくれるでしょうか?」
「大丈夫だよ。心配いらない」
「そういう事でしたら。はい。よろしくお願いします。じゃあ、私も次の番の人に教えるんですね」
キアはナユタに頭を下げた。
「うん。それはまだまだ先だろうけどね」
ナユタはキアの頭にぽんと手を乗せた。
「さ、始めようか」
星の光に慣れた目がまた曇らぬ前に。
ナユタは静まり返った森の奥をじっと見つめた。
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